第182話 彼女はボクにとっての女神様。

 この夏祭りは海岸で行われるということもあって、花火は海上から打ち上げられる。

 つまり、海岸沿いを歩けばどこだって絶景の花火スポットとなる。

 今年も多くのお客さんがいて、花火を今か今かと待ち望んでいる。


「遊里は、ここの花火って見たことはあるの?」

「うふふ…。実は一度だけあるんだよ」

「へぇ~そうなんだ」


 ボクは今、彼女を連れてボクのみが知るスポットに移動中だ。

 海岸からは少し離れてしまうのだけれど、二人きりで見るにはここが一番いいともボク自身も思っていたところだったから。


「実は、私、隼が引っ越ししてから少し元気がなかったのよ。その時に父が連れてきてくれたわ」

「そうなんだ…」

「あ、気にしないでね。確かにあの時は辛かったんだけれど、こうやって今は隼と一緒に出会うことも出来たし、この手をずっと離さないという気持ちは変わらないから」


 そう言いながら、ボクの手を少しギュッと強めに握ってくる。

 何だか、可愛い。


「その時以来かもしれないなぁ…」

「そうなんだね…。あれ? でも、ボクもそのとき、この会場で花火を見ていたなぁ…。ボクもお父さんに連れられてきてもらったけど」

「じゃあ、もしかしたら私たちニアミスしてるかもしれないね」

「本当だね。どうして神様はそのときにちゃんと再会させてくれなかったんだろう」

「きっと私たちの恋の神様は意地悪なんだよ。だから、きっと、少し会えない期間を与えてからにしてやろうって」

「それだったら、本当に意地悪な神様だね。付き合った日からあんな目に遭わされたんだから」

「うふふ…本当よね。私は付き合い始めたときは本当に不自由だったけれど、その不自由を楽しんでいたかもしれないかな…。だって、あの頃、いろんな場所にデートをしに行くことはできなかったけど、図書館だったり隼の自宅だったりで、ずっと近くにいることができたから…。どこかに行くとどうしても人目を気にしないといけないから…。だから、私にとっては、あれはあれで実は付き合い始めたときの甘々を味わえたかなって」


 思い出しながら「あはは」と笑う彼女の横顔がすごく可愛い。

 思わずスマホで撮ってしまった。


「もう! 急に撮らないでよ!」

「ご、ごめん。その笑顔が可愛かったから…」

「女の子には写真を撮るときには準備が必要なんだよ! ちゃんと後で撮っていいから」


 少しムッとした表情も何だか可愛い。

 これ、最初のときの…付き合い始めたころの気持ちに似てる。

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 花火が打ちあがり始める。


「あ、始まったね!」

「本当だ! もうすぐだからね!」


 懐中電灯を頼りに、木々が折り重なる場所を抜けると、そこには小さな海岸が開ける。

 小さなプレハブ小屋があり、それ以外は何もないような場所だ。


「ここって?」

「ここは海女さんが素潜りに使ったりする小屋だよ。この時間は誰も使っていないし、別にプレハブ小屋に入るわけじゃないから」


 ボクはそう言うと、近くにあったベンチにレジャーシートを敷く。


「そんなの持ってきてたんだ」

「うん。ここじゃなくても、海岸だったら、必要でしょ?」

「さすが準備がいいわね」


 ボクの横に遊里さんが腰を下ろす。

 花火は開かれた小さな海岸の真正面に打ちあがる。

 木々のおかげで夜の灯りが閉ざされ、辺りは真っ暗だ。

 当然、花火の灯りしかそこを照らすものはない。

 ドーーーーーン!!


「綺麗…」


 赤や黄、青といった色が真っ黒な夜空に弾け飛び、光の芸術を作り上げる。

 その数分間の芸術にボク達は無言で見入ってしまった。

 そっと遊里さんはボクの手を握ってきて、ボクもそれを握り返した。

 彼女は、ボクの耳元で囁く。


「花火をバックに写真を撮らない?」


 そう、これからがラストの花火。

 盛大に連続花火が打ちあがる。

 それをバックに撮れたら確かに綺麗だ。

 ボクがスマホで構えると、


「隼も一緒だよ」


 ベンチにスマホを立てかけ、ボク達は砂浜に座る。

 花火が始まる。

 ボクはセルフタイマーモードにして、彼女の横に座る。

 5・4・3・2・1――。

 その瞬間、彼女はボクの頬にキスをしてくる。

 ボクは呆気にとられた表情のまま、フラッシュが光った。

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドドドンッ!!!


「付き合い始めたころの男女ってこんな感じで彼氏を騙して写真を撮ったりするんだよね?」


 それってなかなか大胆な陽キャ彼女…。

 あ、そうか。

 ボクの彼女は陽キャな彼女じゃないか。そういう行動は積極的にしてくるんだった。


「もう! 急すぎて吃驚しちゃったじゃないか」

「でも、ほら。可愛い顔で撮れてるよ」


 遊里さんはボクのスマホを手に取ると、撮れている画像を見せてくる。

 自分たちの頭上に盛大な花火が写っていて、その下には目を大きく開いた驚いた表情をするボクと満足げにボクの頬にキスをする彼女。

 た、たしかに何だか初々しさが出てる。

 姉さん系彼女に従わされているボクって感じの写真だけど。


「私のLINEにも送っておこうっと。あと、楓ちゃんと茜にも嫌がらせとして送っておこう…へへへ」


 いや、それはまた茜ちゃんからお怒りの言葉が飛んでくるのでは?

 節操がないとか…。

 ボクの心配を他所に、彼女はボクにスマホを返して、満足げに微笑み、


「最高の夏祭りをありがとう。付き合い始めたころのこと思い出しちゃった」


 まだ付き合い始めて4か月しか経っていない。

 でも、その4か月の間に色々とあった。

 恋も勉強も…。どれもを初めてのボクらは一生懸命頑張ったと思う。

 ボクらの恋の神様、もう、意地悪はしないでください。

 ボクにとって遊里は、本当の女神なんだから―――。




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