第176話 茜ちゃんの片思いの相手
駅で色々とイチャイチャしすぎて周囲の「おひとりさま」たちから殺意の籠った視線を注ぎこまれたボクたちはシャトルバス乗り場でバスを待つことになった。
まだ、楓は瑞希くんにベッタリだ。
きっと瑞希くんが楓に対して、グッサリと心に刺さるような一言を言ったのかなぁ…。
それにしてもあんな楓は初めて見たな…。
これまでも一緒に住んでいて、楓はボクに甘えてくるときもあったけど、あそこまで蕩けながら甘えることはなかった。
いや、別に嫉妬しているわけではなくて、本当に素直に驚いているだけだ。
もしかしたら、学校ではああなのかもしれない。
「ねえねえ、茜ちゃん。学校での楓ってあんな感じ?」
「え? 先輩がですか? うーん。部活の時は全然違いますけれど、瑞希先輩と一緒にいるときはどちらかというとあんな感じに近いかと思いますよ。もう少し、落ち着いてはいますけれど…。まあ、生徒会長と副会長という立場だから、少しは抑えているのかもしれませんが、周りから見れば、もう甘々のイチャイチャのラブラブですよ…。私が生徒会長室で見てしまったあれ以来、お二人ともさらに近づいているような気がしますよ。まあ、でも、誰も文句は言わないっていうか言えないですよ。生徒会長と副会長という役職で、成績も1位と2位だし、現を抜かしてるなんて誰も言えるわけないじゃないですか。だから、学校の先生も見て見ぬふりというか、そんな感じです」
ああ、あの「事件」ね。
この二人は初めてが学校の生徒会室という稀有なことをした。
もちろん、学校にも先生にバレていないが、運良く(悪く?)居合わせた茜ちゃんにのぞき見をされてしまったことから、ボクらの耳に入ることになった。
楓もさすがに流され過ぎたとその時は自己嫌悪に陥ったけれど、そのあとすぐに瑞希くんの家でお泊まりをして、夜もともに愛し合っていたみたいだし、まあ順調ということなのだろう…。
「ところで…茜も片思いの人がいるみたいなこといってたけど…それって誰なの?」
思い出したかのようにサラッと訊くね…遊里さん。
ボクも確かに気にはなっていた。
学園で有名人で変な噂が絶えない体育会系の部活の先輩――。
うーん。どこかにいたよね…そんな人。
ボクと遊里さんが顔を見合わせて、「もしかして…?」と曖昧な答え合わせをし始める。
本当ならば、ちょっとその恋は難しいような気がしてならないんだけれど…。
「あ、先輩……」
茜ちゃんはポツリと呟く。
ボクらは彼女の視線の方を見てみる。そこにはすらっとした長身の部活の外練で良い感じで日焼けした男がいる。
「「あーっ! 伊藤!?」」
「げっ!? バカップル!?」
誰がバカップルだ、誰が!
「そ、そんな褒めないでよ!」
絶対に褒めてないから! 遊里さん、そこ勘違いします!?
て、今そこ突っ込んでいると面倒くさいから話を進めますよ。
そこそこ混んでいたバスでかなり近い距離でボクらと伊藤が対峙する。
伊藤俊輔は聖マリオストロ学園高等部のエースストライカーだ。
以前は自称遊里さんの彼氏を名乗っていたようだが、今となってはそれも昔の話。
ウザ絡みをしてきたので、ボクが排除したという経験もある。
確かに甘いマスクで運動神経も抜群ということもあって、ファンも多いみたいだけれど、その分、変な噂が絶えない。まあ、所謂プレイボーイとして名前が通ってしまっているといった感じだ。
「何だ、お前らも祭りに行く…よな。バカップルだし」
「いやん♡」
だから、褒めてないって。むしろ、ちょっとバカにされてると思う。
遊里さんは最近、バカップルであることを自覚してるの!?
て、あれ、最初の頃からバカップルって「タイトル」にも出てる…。うーん。ボクとしては否定しづらい…。
「あ、あの…伊藤先輩」
「あ……茜…ちゃん……」
あれ、茜ちゃんが伊藤を呼んだだけで、何であんなにたじろいでるんだろう…。
「ねえねえ、茜…。もしかして、茜が言ってた脈ありそうな人って、コイツのこと?」
「え、ええ…そうですよ」
「うーん。悪いこと言わないから、コイツは止めておいた方が良いような気が…」
「ちょ、ちょっと…! お姉ちゃん、伊藤先輩のことを悪く言うのは止めて欲しいんですけど…! さすがの私でも怒りますよ」
「いや、だって、コイツ、私も自分のモノにしようとしたふしだらな男だよ?」
「お姉ちゃん、それ、昔の話だよ? 今の先輩は本当に素敵な先輩なんだって」
遊里お姉ちゃんの説得はどうやら通じないみたい。
茜ちゃんの説得を諦めた遊里さんは俊輔の方に向き直り、
「あんた、茜に近づいて、私のこと寝取ろうとしてるんじゃないでしょうね?」
「お前は自意識過剰かよ…。お前は隼のことが好きなんだろ? さすがにあそこまで言い切られてお前を寝取ろうなんて気はねーよ。ま、お前がそういうプレイが好きなんだったら…」
「ダメです! 先輩…、どうしてお姉ちゃんとそんなに話をするんですか? お姉ちゃんよりも私のことを見てくださいよ…」
え、何これ、修羅場?
俊輔は少し冷や汗を垂らしつつ、
「あ、ああ、ゴメン…。ほら、俺の潔白を証明しないと、その、茜ちゃんにも悪いというか…」
本当にコイツは俊輔なのか?
明らかにボクらが知っている俊輔とは違うんだけれど…。
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