第173話 妹思いのお姉さん。
夏休みの最終週は、街を挙げての夏祭りが行われる。
会場は海に面する海浜公園。
ウチの家からも歩いて、30分ほどかかるが、今日は定期的にバスが往復しており、それに乗ることで、半分の時間で会場に行くことが出来る。
遊里さんは朝から仕事で昼には、周りの人たちが空気を読んで、繫忙の昼間を越したら、14時には帰宅を許され、すでに家に戻ってきている。
ボクの家には、妹の楓もいるし、茜ちゃんもいる。
明らかに女子率が高すぎて、ボクには息することも許されないような気持ちになってしまう。
「今年はそこそこいい浴衣が安く売ってたんだぁ~」
と、言いつつ、遊里さんはいつもの好きなブランドの紙袋から浴衣を取り出す。
てか、あのブランドって浴衣も売ってんの!?
もう、生き残りかけて必死過ぎるでしょ。
「ああ! それいいですねぇ…。実は私もそこのブランドが好きなんですよぉ~」
「んふふ~♪ そう言うと思ってさ、去年のお下がりでよければあげるけど、どう?」
「ええ!? 本当にいいんですか!? やっぱり遊里さんはいつも素敵ですねぇ~。お兄ちゃんをいつも好きにしてるだけじゃないんですね」
「ん~。何か引っかかるところがあるけれど、まあ、いいわ。確か、これこれ…。この袋の中のが去年の。はい、あげる~」
そんなに服をサクッと上げれるというのも凄い…。
それにしても女の子は色々と服を持っていて着こなすんだなぁ…。
男であるボクにとっては、そんなものはほとんどいらない。
必要があるのは、インナーなどではなく、何にでも合うアウターが欲しいだけだ。
それでも、ユニクロなどではなく一応、アミュンザの中に入っているアパレルのお店で買うけれども、合わせ方が難しいと感じることがある。
楓は袋から取り出し、黄色の生地に夏の花などが描かれた浴衣に感動している。
本当に好きなんだな…。あのブランド。
好きなのはわかっていても、買ってあげられない…。
遊里さんはいつも何かしらの「イベント」が発生する代わりに服を安く購入することが出来ているが、楓はいたって普通な中学生だ。
そんなにお小遣いを与えているわけではないから、価格帯でまずはじかれてしまうのがオチだった。
結構高いんだよね…あのブランド。
さっき手渡していた浴衣も1万円くらいはしている。
「お姉ちゃんは、本当にそうやってものをすぐにあげちゃうんですから…」
「だって、楓ちゃんは将来の義理の妹だよ! 今から優しくしておかないと! きっと、優しくしておいた分、私に対しても優しくしてくれるはずよ!」
それって、嫁姑の問題!?
それに、やってることが明らかに買収行為で、それはそれでどうかと思いますけれどね…。
そんなことはお構いなく、楓は早速、長鏡の前で自身が着た時のことを想像して、キャーキャーと喚いている。
もう、脳内では瑞希くんからお褒めの言葉を掛けられて、堕ちてるんだろうな…。
茜ちゃんは、それを見ながら不服そうにしている。
「お姉ちゃんはいつもそうなんですよ。楓先輩には優しくし過ぎなんです。血の繋がった妹にはあまり優しくされたことなんてありません」
「そうなんだ…。やっぱり不服だよね」
「え…ええ、まあ、そうですね。不服と言えば不服かもしれません」
「お姉ちゃんをギャフンと言わせる方法はあるにはあります」
「ああ、そうなんだ…。でも、やらないんでしょ?」
「やってもいいですけれど…。その、私にも勇気がなくて…」
「まだ、初心だから、それはそれでいいんじゃないかな…」
ボクが優しく同調してあげればあげるほど、茜ちゃんは顔を赤くしながら、俯いて行ってしまう。
勇気が必要なほどのことってどんなことなのかは敢えて聞かないけれど…。
「な、何をするか聞きたいですか?」
「うーん…。何だか怖いなぁ…」
「簡単なんですけれど、私にも勇気がいるんです…。まあ、言っちゃえば寝取ればいいんです」
いや、普通にアカンでしょ。
簡単とかそういう問題じゃないような気がする。
ボクの周りの女の子たちって倫理観どうなってんの?
「それは良くないねぇ…」
「やっぱりダメですかね?」
「うん…。ボクは別に遊里と茜ちゃんの仲が悪くなることは望んでないからねぇ…。むしろ、何かしら平和な方法で解決できればと思うし…。それに遊里は茜ちゃんのことを何とも思ってないと思うんだけどなぁ」
「そう…ですかね…?」
浴衣の話で、遊里さんと楓は盛り上がっている。
遊里さんのそっくりな顔に黒髪の美少女は「ふぅ…」とため息をついて、リビングから出て行こうとする。
遊里さんと楓のやり取りを見るのも飽きてきたのかもしれない。
「あ! 茜、ちょっと待って!」
「何ですか? 私も自宅に戻って浴衣の準備をしに行くんですけれど…」
「あ~、あの浴衣ね…。あれ、絶対にサイズが合ってないと思うよ」
「そうですか? 私はそこまで大きくなったような気はしてないんですけれど…」
「いやいや、絶対に大きくなってるって…。だから、はい! これを着てよ」
遊里さんはそう言って、紙袋を茜ちゃんに渡す。
茜ちゃんは、「え…」と言葉を漏らして、立ち尽くしてしまう。
ほらね…。遊里さんは茜ちゃんのことを何も意識していないわけじゃないから…。
むしろ、意識してると思うけどね。
「それはねぇ…今年の新作なんだって!」
「ええ!? 新作はいつもお姉ちゃんが着たりしてるじゃないですか…」
「うん、そうなんだけどね…。今年のデザインは明らかに私じゃなくて、茜にぴったりな気がしたから、買ってきちゃった」
「あ…、ありがとう…。お姉ちゃん」
茜ちゃんは恥ずかしさと後ろめたさから、顔を赤らめつつ、遊里さんにお礼を言う。
遊里さんは満足げに茜ちゃんの頭を撫で撫でしていた。
そりゃ、大事な妹だもん。心優しい遊里さんが放っておくわけないって。
少しは安心したかな…茜ちゃん。
だから、寝取りだけは止めようね…。
絶対に、遊里さんがマジ切れして世界が終わると思うから…。
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