第165話 アルバイトを頑張る彼女

 なぜか妹の楓にそそのかされるように連れてこられた駅前商業施設アミュンザのフードエリアは今日も大賑わいだった。

 夏休みということもあり、平日にもかかわらず、多くの人が食欲を満たすがために列をなしていた。

 結構前に妹に連れて行ってもらったイタリアン料理屋も行列。

 お昼からしゃぶしゃぶな人も多いのか、こちらも行列。

 やっぱり暑さにはステーキしか勝たん!って人たちの行列。

 そんなどこもかしこも行列のなかのひとつに遊里さんが働いているという天丼屋さんがあった。

 こちらも行列で大賑わいであった。

 アミュンザのフードエリアはランチの時間帯とディナーの時間帯で価格帯の違う商品を提供している節がある。

 そのため、昼間でもランチの価格でそこそこもメニューが食べられるというコスパの良さも売りであった。

 ボクと楓は、順番待ちの名簿に名前を書き、列の最後尾に並び、呼ばれるのを待つ。

 ランチの時間帯ということもあり、客の回転率がよく、順番はすぐに回ってきた。


「清水さま~。2名でお待ちの清水さま~」

「あ、はい。ボクらです」

「こちらへどうぞ」


 ホールスタッフに店内に案内される。

 ホールスタッフは皆、天丼屋ということもあるのだろう衣装は和装で、他の店とは若干雰囲気が違っていた。


「へぇ~、スタッフさんの衣装も凝ってるねぇ…。普通、何でもありかと思ったけど、こういうこだわりもあるんだぁ…」


 楓も感心していたようで、店内を慌ただしく、しかし落ち着いた様子で商品を届けるスタッフの動きを見ていた。

 こら、そんなに見るもんじゃない…。

 まるで田舎者だ…。

 ボクはメニューを広げて、楓に見せる。


「さ、何にする? 久々だし、奢ってあげるよ」

「やったね~。たまには家に帰るもんだね!」


 いや、夏休みの間だけでしょ。

 あなたたちはそもそも健全な高校生。

 しかも、聖マリオストロ学園中等部の生徒副会長なんだから、生徒の模範であるべきなんだから、生徒会長の家にお泊まりでイチャイチャラブラブとか普通にアウトですよ…。

 ボクはそんなことを思いつつ、


「夏休みが終われば、また元通りだよ。ボクと楓の二人暮らしさ」

「ま、週末妻が来ますけどね」

「週末妻言うな。」

「まあ、お兄ちゃんも高校2年生なんだから、節度あるお付き合いを。妊娠なんかさせたら、大問題なんだからね」


 ぶばっ!

 飲みかけていた水を吹き出しそうになってしまう。

 それは最近は気にしている。

 一時期はノーキャップでしてたけれど、今はきちんとキャップ付きだ。

 一人だけ遊里さんの妊娠を心待ちにしている人がいますけどね…。


「さ、早く注文しないと…。昼間はランチのお客さんで忙しいみたいだからね」

「あ、もう! 都合が悪くなったらすぐに流そうとする…」


 楓はぷぅー!と口を尖らせる。

 メニューをじっくり見直すと、


「結構、昼なのに凝ってるの多いなぁ~。じゃあ、私、これにしよっと」

「じゃあ、店員さんを呼ぶよ」


 呼び鈴を押すと、「は~い、すぐに参りま~す」という声が聞こえ、ホールスタッフがやってくる。


「ご注文をお伺いいたしま…って隼じゃない! ついでに楓ちゃんも」

「うあ! 私の扱い悪っ!」

「わざわざ見に来たの?」

「しかも、流します!? 本当に義理の姉になろうとしている人の性格が出てる…」


 てか、目の前の人、ちょっと黙ってくれないかな…。

 ボクは和装姿の遊里さんを見つめる。

 うん。これも可愛い。

 金髪のロングヘアーは頭で結ってあって、うなじがチロリと見えている。

 軽めのメイクと小豆色の和装がマッチしていて可愛らしく見える。


「あ~、お客様…。そんなに私のことをジロジロと見つめないで頂けますか?」


 いや、顔笑ってるよ。

 本当に小悪魔だなぁ…、遊里って。

 相手にしてもらえなかった楓は、少し拗ねているけど。


「あはは。うそうそ。楓ちゃんも来てくれたんだね? 冗談でもお兄ちゃんを誘惑しちゃダメだぞ~」

「遊里先輩は私のことを何だと思ってるんですか…。私にもちゃんと彼氏がいるんですから、兄は襲う対象ではなく、単に家族として甘える対象です」


 あれ、遊里さんがプルプルと震えている。

 ああ、甘えられているのを想像しちゃったんだね…。

 それでイライラが起こってきて、勤務中にボクに触れることができない禁断症状のようなものが出てきていると…。


「ま、いいわ。帰れば、いくらでも隼に甘えられるんだし…」

「で、、注文いいですかね?」


 ボクは彼女を仕事に戻す機会を作ってあげる。

 彼女はボク達の注文を手早くメモに取り、メニューとともに厨房に小走りで去っていった。

 ボクが遊里さんの和装姿を見ながら、ほっこりと心を和ませていると、楓がそれを見ながら、


「何だか、ちょっと会わない間にお兄ちゃんと遊里先輩の距離がさらに引き寄せられた感じ…。というよりももうすぐ結婚しちゃうのかなってそんな雰囲気すら感じる」

「うーん。それは考えすぎだよ。ボクらの結婚は早くても大学を卒業してからだよ…。大学を卒業してきちんと自分たちで生活できるようになってからって決めてるからね」

「ふ~ん、結構先までの人生設計聞けるの助かる」

「茶化すんじゃないって」

「茶化してなんかないよ。だって、私の高校生活にも影響出て来るしね」


 まあ、確かにそうだ。

 ボクと遊里さんは、現在の志望校として今の場所からでも通える「国立なみはや大学」を挙げている。

 遊里さんは空き時間があれば勉強するという努力もあって、夏休み前の模試ではあともう少しでB判定ということろまで来た。

 それは紛れもない努力の賜物だし、彼女にとっては目標が近づいてきていることが見えるのは嬉しいことだと思う。


「まあ、お兄ちゃんが教えてるんだから、きちんと合格できるんじゃないの?」

「そうなると嬉しいんだけれどね…」


 そんな他愛もない会話をしていると、遊里さんが天丼と味噌汁を台車に載せて持ってくるのが見えた。

 さあ、いよいよ減ったお腹を満たしてくれる食事のご登場だ。




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