第161話 可愛い彼女は父親の背中を見つめている。
ボクと遊里さんは、海の家で買った(正しく言えば、作り直してもらった)それぞれのドリンクを飲んでいた。
隣でハワイアンブルーソーダを飲んでいる彼女の横顔はさらに可愛い。
いつ見ても、どこから見ても彼女はボクにとっての女神のような可愛らしさがあった。
彼女は、ボクの方に振り向くと、
「どうしたの? そんなに私の顔ばかり見て、何か顔についてる?」
「え、いや…、何もついてないよ…」
「じゃあ、どうしたの?」
「ゴメン、惚れてた…」
「そんなにストレートに言われると、私の方が恥ずかしくなるって…」
遊里さんは頬を赤らめて、視線を戻して、ソーダを飲んだ。
彼女はもう一度こちらを見てくる。
「でも、さっきは隼、カッコ良かったよ…いつも以上に」
「あ、ありがとう…。もう少し早く気づけていれば、あんな男に遊里さんを触れさせずに済んだんだけどね…」
「まあ、仕方ないよ。そういうときもあるって。でも、私が危うい時っていつも隼に助けられちゃってるなぁ…」
「そうだっけ…?」
「うん。もしかして、隼にとってはそれほど大きな問題ではないのかもしれないけれど、私にとって、心も体も辛い時って絶対に隼がいるもんね…。この半年で私、隼に完全に支えれもらってる」
ボクは彼女の頭を撫でる。
きっと、彼女にとっては辛い時は幼少のころからあったと思う。
その時を支えてくれたのは、父親ではなく母親だった。
親であればどちらでも一緒?
それは違うとボクは思う。
女の子は将来結婚する男性のタイプは自身の父親に何となく似るという。
彼女にとって、その父親はあの事件以来、疎遠というか父親が距離を置いている。
だからこそ、お父さんの愛情に触れたいという気持ちが心の奥底にあるのは当然だ。
彼女との話をしていると、もう父親に対して持っていた怒りなどは消えていて、むしろ今は、こうやって頭を撫でて欲しいのだと思う。
どのタイミングで仲直りするかは分からない。
ただ、もしかすると、ボクらが結婚するときに結婚式でお父さんにウェディングドレス姿で抱きしめてもらい、そして頭を撫でてもらえるなんていう流れがあるかもしれない。
彼女にとっては、早くお父さんに会いたいのだと思う。
でも、父親としては、子どもの心を…ガラスのような心を打ち砕くような一言を言ったのだ…。
『お前なんかいなければ、お前らさえ死ねば…』
父親が子どもに言ってはならない…。世の中で一番最低の言葉だと思う。
酒の勢いとは言え、遊里さんや他の家族に禍根を残したことになる。
遊里さんのお父さんがどんな人かは知らないが、責任感の強い人なのかもしれない。
だから、彼女らに言った言葉に対する報いが、謝罪だけでは到底足りないとそのまま自身の心の奥底を塞ぎこんでいるのかもしれない。
もちろん、このことでボクが出来ることは何もない。
いや、遊里さんの家族の問題にボクが出て行くのはおかしい。
協力することはできても、ボクから出て行くことはお門違いだ。
「遊里は甘えん坊なんだね…」
ボクがふと漏らした言葉に彼女は目を見開く。
また、ボクは何かしでかしてしまったのだろうか…。
「隼は本当にお父さんの優しさと一緒だな…。それだけで十分ズルいな…」
そう言いながら、ボクの肩に頭をもたれてくる。
肩から彼女の温もりを感じる。
「お父さんにもこうやって撫でてもらうといつも同じ言葉をかけてもらえた…」
「お父さんは本当に優しい人なんだね」
「うん。あの時だけ、おかしかったの。私は早くお父さんを許してあげたい…。単身赴任なんて言ってるけれど、あれは逃げてるだけだもん…」
遊里さんは唇を尖らせて、
「だって、お父さんの会社は家族がいる場合、単身赴任とかの異動を減らすことが出来るはずなんだもん。自ら進んで異動を申し出てるのよ。私に会わせる顔がないから」
ちょっと考え過ぎのような気がしなくもないが、もしかするとそれは本当のことかもしれない。
それだけ遊里さんのお父さんは彼女のことを愛してやまなかったのだろう。
だからこそ、言ってしまった言葉の重みに耐えきれなかった。
「さ~て! 辛気臭い話になっちゃったね! もうちょっと泳ごうよ!」
「うん! そうだね!」
ボクと遊里さんは飲み物を飲み干し、ラッシュガードを脱ぎ捨てて、海に走る。
ジリジリと肌を焼き付ける日差しの暑さと程よい海の水温が気持ちいい。
彼女にとってボクは、やはり彼女のお父さんに似ているのだろうか…。
ボクにとってはそれはどちらでもいいのだが、彼女にとってボクが居心地のいい場所であってほしい。
ボクはそう思った。
一緒に海で泳いでいるときの遊里さんの笑顔は本当に素敵だった。
彼女が可愛く見えるのは当たり前だ。
だって、彼女はボクにとってのお姫様なんだから。
じゃあ、ボクは彼女の王子さまになれているのかな…。
こんな陰キャなボクだけど、彼女にもっと愛される男でありたい。
ボクは彼女の笑顔を見ながら、そう思った。
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