第160話 彼氏は男らしさを見せつけたい。

 ボクたちは波打ち際ではしゃいだ後、少し海に入って泳いでみた。

 前のプールよりも少し浮力を感じる海で、おだやかな波のため泳ぎやすかった。


「あ~、楽しい~~~」


 遊里さんは浮き輪を持ちながら、陸に上がる。

 ボクはそれのお供のようについていく。


「本当。今日は波が穏やかでよかったよ。これで波が高かったら、ボクは一貫の終わりだね」

「ええ! そこまで言う? なかなかオーバーな気がしないでもないけれど…」


 いや、本当にオーバーじゃないんだって…。

 ボクはそれくらい泳げない人なんだから…。何だったら、君が付けてる浮き輪をボクが付けたいくらいだ。


「でも、浮き輪にくっ付いて結構バタ足の練習してたじゃない」

「うん。そうだけどね」

「あれで私も前に進めたから、かなり上達してると思うよ」

「ホント?」

「うん。それは間違いないと思う。あとは浮き輪なしで泳げるようにすれば、もう完璧よ」


 いや、初級から上級に向かう行程、早いだろ!

 そんな単純なものではないことは自分でもわかるが、彼女なりにボクに気を使ってくれているのだろう。

 逆にボクが申し訳ない気持ちになってしまう。

 再び、ビーチパラソルの場所まで戻ってくると、レジャーシートに遊里さんは腰を下ろす。


「まあ、でも、少し休憩したほうが良いよね♪ ずっと泳いでいたら、本当に体が動かなくなっちゃうもんね」

「うん。それは避けたいね。ボク、何か飲み物買ってくるよ。何がいい?」

「うーん、サイダーがいいかなぁ~。シュワシュワ~ってしたい気分だし」

「じゃあ、買ってくるね」


 ボクらのパラソルの場所から1分くらいのところに海の家が設置されていて、そこではイートインとテイクアウトの両方がやっていた。

 ボクはそこで遊里さん用にハワイアンサイダー、ボク用にコーラを購入する。

 少し並ばなくてはならなくて、購入まで10分ほど待たされた。

 まあ、沢山の人が海水浴に来てるんだから仕方ない話だ。

 ボクはジュースをこぼさないようにしつつも極力急ぎ気味でパラソルまで戻る。

 すると、すでにそこにはナンパをしている人がいてた。

 うーん、油断も隙も無いな…。


「なあなあ、暇なんだろ? 一緒に遊ぼうぜ」

「あ~、残念ながら、彼がもうすぐ帰ってくるから、ご遠慮しときまーす」

「帰ってくるまでの時間がもったいないだろ? その間にサクッとヤっちまおうよ」

「いやいや、それしか頭にないんですか?」

「だって、君みたいに可愛い子いたら、そんな気分になるだろうよ?」

「あ~、褒めていただけてるのは嬉しいんだけれど、残念ながら、彼氏ので間に合ってるので、本当にいらない」

「ったく、ああいえばこういうタイプだなぁ…。手こずらせるんじゃねーよ! ほら、来いよ!」


 そういって、男は遊里さんの華奢な腕を引っ張る。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! もう! 何するのよ!?」

「うるせー!」

「いや、お前の方がうるさい…」


 ボクは男の腕を握る。


「あ、隼!」

「お前がコイツの言う彼氏かよ…。ショボそうだぞ…? お前、こんなのが好きなのか!?」

「何よ! 隼はすっごい素敵だもん!」

「いいから、早く、この手を離せよ…」


 そろそろボクも本気で怒っていいかな…。

 ちょっとコイツ、ムカついてきたんだけれど…。

 

「ヤダね…。こんな可愛いやつ、そういねぇからお前から奪い取るわ。所謂、ネトラレで堕としてやるわ…。お前の粗チンなんかより良いってことを味合わせてやる…」


 はぁ…。本当に気持ち悪い…。

 もう、本気出すね…。


「もういいよ…。お兄さん、腕の骨がちょっと軋むけど我慢してね?」

「は? お前みたいなやつに…!?!?」


 ナンパしていた男はちょっと自身の腕に起こっている異変に気付いた。

 握られていた手がさらに力を籠め始められていることに。


「はい、じゃあ、ギュッってするね。ギュッ!」


 と力を籠めると、腕がミシミシと言い始める。

 うーん、早くを上げてくれないかな…。


「いででででででっ!!!」


 遊里さんを握っていた手が解かれる。

 遊里さんは数歩下がり、様子を見ている。

 手をさすっている様子から言うと、そこそこの力で引っ張られたのだろう。


「わ、わかった…すまない。離してくれ…」

「ヤダって言ったらどうする? だって、ボクの彼女、かなり嫌がっていたじゃない」

「いや、あれは俺も無茶をし過ぎたと思う」

「じゃあ、ボクも少しくらいなら無茶をしてもいいよね?」


 ボクはニコッとお兄さんの方を見ながら笑う。

 きっと、お兄さんにはボクの微笑みはサイコパスなものにしか見えなかっただろうな…。


「も、もう許してくれー!」

「せーの、ギュッ!!!!」

「はふひ……」


 ナンパ男は奇声を上げながら、その場に気絶して倒れ込んだ。

 まあ、ボクは大きな声を出したけれど、もともとから握る気はなかった。

 単なる脅しにナンパ男が驚いて、卒倒してしまったのだ。


「ごめん、遊里…。遅くなっちゃった…」

「あ、ありがとう…隼…」


 遊里さんも目の前で何が起こったのかあまり分かっていないようだった。


「えっと…何やったの?」

「何もやってない」

「いや、腕を凄い力で握ってたじゃない!」

「ああ、ごめんごめん…。子どものころから中学まで剣道をやってて、その影響らしいんだけど、握力が50以上あるんだよね…。だから、本当に握っただけ…」

「へぇ~、すごい! 隼、カッコよすぎるんだけど!」

「あはは…ありがとう」


 騒ぎを見ていた人が警察官を呼んでくれたみたいで、ナンパ男は連れていかれた。

 ひとまず、これで落ち着ければ良かったのだが…、


「あ! ジュース!」


 ボクは突然声を上げる。

 そうだ、助けることばかり考えて、ジュースを落としちゃったんだ…。

 砂浜には無残にもジュースの入っていたプラ容器とその周囲にはジュースの色だけが残っていた。


「ごめん、もう一回買ってくるよ」

「あはは、気にしない気にしない! 今度は私も一緒に買いに行くね♪」


 遊里さんと一緒に手を繋いで海の家まで歩いた。

 海の家の店員さんも騒ぎの様子を見ていたようで、事情を話していたところ、さっき買ったジュースと同じものをもう一度作ってくれた。

 本当に感謝しかない。


「でも、隼が剣道してたなんて意外! 武道ができるなんて今まで聞いてなかったから、さらに惚れちゃったかも!」

「あはは…。まあ、ボクもちゃんと遊里を守ってあげたいからね」

「本当にありがとう。カッコよかったよ♡」


 彼女はそういうと自分の髪をかき分け、ボクの頬にキスをしてきた。

 ボクは恥ずかしさのあまり赤面してしまう。

 だ、だって、周囲には人がたくさんいるんだから…。

 周囲からは冷やかしの口笛や声が上がった。

 それを聞いて、ボクはさらに恥ずかしくなり、遊里さんも少し恥ずかしそうにハワイアンサイダーを飲んでいた。

 男らしいところ、見せれたかな…ボク。




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