第156話 あの時の少女(2)

 黒髪の女の子と公園で出会ってから1か月が経とうとしていた。

 今日は一緒にどんぐりを拾っていた。

 何に使うかは分からない。

 コマとか顔を書いてみたりとか色々とできるのがどんぐりの良さだから。

 


「そういえば、ボク、まだ名前を教えてなかったね…」

「うーん。そういえば、そうだったね。あんまり気にしてなかった…」


 いや、そこは気にしようよ。

 てか、よく気にならずにそのまま遊ぶことが出来るなぁ…。


「ほら、もしかしたら色々あって話しちゃいけないってこともあるじゃない?」


 そういうもんなのかな…。

 何だか気の使い方が凄いっていうか…。

そういうところを気に掛けるんだって、ちょっと驚いた。


「私はゆり! よろしくね!」

「え!? あ…ボクは隼!」


 ゆりちゃんは突然、ボクに右手を差し出す。

 ボクは恐る恐るその手を握り返す。

 どうやら、この子は世の中的にいう陽キャとよばれる子なんだろう…。

 ボクのペースがいつも彼女に流されてしまうところから言うと、ボクは陰キャなのかな…。


「ぷふっ!」


 彼女は急に笑い出す。

 ボクは疑問の表情を向けると、


「いえ、何だか名前ひとつ言い合うのに1か月もかかったってのが、何だかバカバカしくてね」

「そ、そう?」

「うん! 何度かきっかけがあったんだけれど、隼くんから名乗ることはないし、別にいっか! って思っていたんだけれど、君、なんだね」


 うっ!?

 何だか、陰キャ確定されたような気分だ…。

 ボクは、さすがに困った表情を浮かべる。


「ゴメンゴメン! これからも一緒に遊ぼうね!」


 そう言って、彼女は笑顔と一緒にボクに可愛らしいウィンクをひとつくれた。

 何だか可愛いし、遊んでいて苦に思えない…。

 いや、それどころかもっと一緒にいたい…。

 そんな感情にさせてしまう彼女をボクは一種の憧れのような羨望の眼差しで見つめていた。

 でも、そんな楽しい時間が長く続くことはなかった…。



 ボクはまたタイミングを伺っていた。

 いつ言い出そうか、と。

 重大なことを伝えなきゃいけなかった…。ゆりちゃんに…。


「ほら、お父さん! ご飯を食べる手が止まってますよ!」


 今日は「ままごと」だった。

 彼女からの提案で始めたままごとは何日かに1回はするようになっていて、まるで何話か進んだドラマのようにすでにキャラも定着しつつあった。


「え…。ああ、ゴメン…」

「もう、そうやって謝ってばかりですね。お父さんは…。まあ、それが優しいところなんですけれど」


 どこでこんなやり取りを覚えたのだろうかと、ちょっと感じるようなゆりちゃんの反応にボクはまたボーッと見入ってしまう。

 その視線に気づき、顔を赤らめるゆりちゃん。


「ど、どうしたの!? わ、私のことをそんなに見つめて!」

「あ、いや…。その…伝えないといけないことがあって…」

「え………?」


 ゆりちゃんは手を止める。

 そして、ボクの方に向きなおす。

 これはままごと? それともリアル?

 そんな悩みを表情に出す。


「これはままごとじゃなくて、本当のことなんだけど…」

「え……、な、なに……?」

「ボク…近々、引っ越しをすることになったんだ……」

「え…ウソ……」


 ボクは彼女のその表情を正面から見ることはできなかった。

 すごく悲しい表情。

 落ち込んだ表情。

 見ると胸がぎゅっと締め付けられてしまう。


「今週いっぱいで隣町に引っ越しすることになったんだ…」

「そ、そうなんだ…」

「ゴメン…。妹の病院を別の場所に変わることになって、通院とか何度もあるみたいだから、引っ越しすることになったんだ…」

「………………」


 ゆりちゃんは複雑な表情をしている。

 驚き、悲しみ、怒り……。

 色々な感情が混じり合った顔をしていた。

 でも、これは事実だから、伝えなきゃいけない。

 だから、早めに伝えたかった。

 ボクも昨日知ったばかりだから…。

 それに対する彼女の反応は変わってた…。


「じ、じゃあ、お父さんは当分出張ね! わ、私はきっと隼くんのこと忘れないわ! だって、夫婦なんですもの!」


 彼女は満面の笑みを作ってくれていた。

 目尻に大きな涙を浮かべながら。



 その翌日もボクは公園で遊んでいた。

 親はボクが家にいても引っ越しの準備の邪魔になるから、公園で遊んでおいでと言ってくれた。

 でも、そこには昨日まであった彼女の姿はなかった。

 怒ってしまったのだろうか…。

 ボクは一人ブランコを漕いだ。



 引っ越し当日。

 ボクらの荷物を積んだトラックは一足先に旅立っていった。

 ボクはお父さんとお母さんに連れられながら、次の住まいへと向かい始める。

 ボクの心に引っかかった何かに引き寄せられるように公園をチラリと覗いた。

 そこにはゆりちゃんの姿があった。


「ゆりちゃん!」


 ゆりちゃんは無言でボクの方をみる。

 ゆりちゃんの手にはクローバーの絵が描かれた封筒が握りしめられている。


「ふんっ!」


 彼女はボクの目の前にそれを突き出した。

 一方的に押し付けられるようにその封筒をボクは受け取った。


「あっちに行ってから読んでね」

「う、うん。分かった…。ありがとう…。それと、ゴメン…」

「ほら、またそうやって謝る! お父さんは謝り過ぎよ! これはなんだから!」

「うん…」

「たんしんふにん、って言うんだっけ? あれよ! 帰ってこないなら、私が会いに行くんだから! ほら、いってらっしゃい! あなた!」


 ボクはどんと背中を突かれた。

 少しよろけて振り返ると、すでにそこには走り去るゆりちゃんの姿があった。

 ボクは自然と涙があふれてきた。

 とめどなく止まらない涙が。

 お父さんに声を掛けられて、タクシーに乗る。

 扉が閉まり、動き出したタクシーの流れ出した景色を見ながら、すでにいない彼女の背中を追った。

 次の住まいに到着し、荷解きをしている片隅でボクは、彼女からもらった封筒を開けた。

 そこには綺麗な字で書かれた手紙が入っていた。彼女のお母さんの文字だろうか。

 だけれど、読めない字がたくさん過ぎたからお母さんに読んでもらうことにした。


『この手紙を読んでくれてるってことは、もう私から離れたところに行ってしまったんだろうな…。

 たった一か月という短い間だったけれど、一緒に遊べたことはとても楽しかったです。まだまだ遊び足らなかったし、もっと遊びたいって気持ちがいっぱいで、隼くんから引っ越しのことを聞いた時にはすごくショックでした。

 そのあと何も言わずに公園に行かなくてごめん。

 私ってこんな性格だから、グイグイとお話しちゃったりしてもしかしたら、迷惑かなって気持ちも少しはあったんだけれど、それ以上に色々と話を聞いてくれる隼くんと一緒にいれるとあったかい気持ちになれたので嬉しくって、さらにお話ししちゃった。

 もっと会いたいけれど、ウチも引っ越しが多いから、もう会えないね…。

 会えたら奇跡だね。でも、私、その奇跡を信じたいと思うの!

 だから、お別れの言葉は言わない。言っちゃうともう会えないような気がしちゃうから。

 奇跡的に会えたら、ままごとの続きをしようね、お父さん!』


 ボクはその手紙を読んでもらった後、また泣いてしまった…。

 最後の最後に「また会おうね!」って言いたかった後悔の念で…。



 12年後――――。

 ボクが目を覚ますと、目の前には遊里さんがボクの腕を離さないように抱きしめていた。

 その目尻からは一筋の涙が流れていた。


「…隼…くん…一人に…しないで……」


 ボクはそっと涙を手の甲で彼女の涙を拭ってあげる。

 その時、ハッとさせられる。

 遊里さんの昨日の言葉が頭の中で何度も反芻はんすうされる。


『あ、あの…ね? 隼って奇跡って信じる?』

『私はね、実は奇跡って信じてるんだ! 隼と出会えたのは、奇跡なんだもん!』

『ご、ごめん! 今は分からなくていいから…! でも、これだけは知っておいて。私が隼と出会えたのは、奇跡に違いないから!』

『もう! 離さないんだから! 絶対に遠くに行かせたくないんだから!!』


 ボクは涙を拭っていた手が震えていた。

 そうだ。

 もしかして、そのまさかだ…。

 ボクが衝撃の真実にぶつかったとき、遊里さんが目を覚ました。


「あれ? 隼…、かなり朝早いね…」


 確かに部屋の外からは障子を通して、柔らかい光が部屋を照らし始めていた。

 ボクの顔を見ると、遊里さんはそっとボクの頭を撫でてくる。


「その顔だと、私のこと気づいてくれたみたいね…」


 ボクはコクリと無言で頷く。

 いつの間にか溢れ出る涙を止めることはできなかった。


「……かな?」


 ボクがそういうと、遊里さんはニコリと微笑み、ボクをそっと抱きしめると、


「お帰り、……」


 そういって、唇を重ねてきた。

 ボクは彼女の柔らかい唇を感じながら、舌を絡ませた。


「おままごとの続きじゃないよ…。本当の夫婦になろうね」


 遊里さんはそういうと、さらにボクと舌を絡ませた。

 これは運命かもしれない…。

 いや、でも彼女の言う通り、奇跡という言葉が本当にぴったりと合う。

 そんなことをボクは思いながら、清々しい朝を最愛の彼女と一緒に迎えたのだった。





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作品をお読みいただきありがとうございます!

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