第154話 ボクは彼女を離さない。

 夜の浜辺はあまり人はおらず、自分たちで買い込んだであろう花火をしている若者たちが散見される程度だった。

 夕食は贅沢の限りを尽くしたという感じだったし、ボリュームも多く、少し胃を落ち着かせたい。そんな気もあった。

 ボクと遊里さんは手を繋ぎ、ホテルから懐中電灯を借りて、歩いていた。

 昼とは打って変わって夜の風は海と陸が逆に感じることができた。

 火照った体を落ち着かせるのにも夜風は良いと思う。

 優斗くんのお母さんがボクの耳元で囁いていた言葉が遊里さんの耳元まで届いていたかどうかは分からない。

 ただ、夕食以来、遊里さんは「えぇ…」とか「うん…」とか少し心ここにあらずといった感じの返事ばかりだった。

 まあ、怒ってるわけじゃなくて、どちらかというと心の中が今はグチャグチャになってしまっているので、それを整理しているって感じだろう。

 人間、誰しもオーバーフローすることはある。

 砂浜と街を分断する壁から砂浜に続く階段にボクらは腰を下ろす。

 遊里さんの手は心地よい風とは裏腹に、さらに体温を帯びたように思えるほど熱くなっていた。


「どうかしたの?」


 雲がなく、月明かりが煌々と照らす海岸で、ボクはそっと彼女に問うた。

 彼女はピクリと動き、ボクの方に顔を向ける。

 月明りに照らされた彼女の表情は、何だか答えの出ない問題を解いてフリーズしてしまったようだった。


「何だか、悩んじゃってるだろう? 遊里の悪い癖だよ…。ボクと一緒の問題ならば、訊けばいいのに」

「あ、あの…ね? 隼って奇跡って信じる?」


 突然のことにボクは少しばかり無言になってしまう。

 奇跡か……。


「奇跡っていう言葉はラッキーの要素が強いから、信じる信じないの判別は難しいけど、運命ってのは信じるかな…」

「運命?」

「うん。ボクらがこうやって出会って、付き合って、将来のことまで考えるようになった。ボクはこれを運命なんじゃないかなって思っているから」

「そっかぁ~。私はね、実は奇跡って信じてるんだ! 隼と出会えたのは、奇跡なんだもん!」

「うーん。運命と何か差がありそうでなさそう…。何だか難しいなぁ…」


 ボクが腕を組んで、悩みだすと、遊里さんは少し寂しそうな顔をする。

 どうしてだろう?

 どうして、この話で寂しそうな顔をするんだろう。


「どうかしたの?」


 ボクが遊里さんの肩を抱き寄せる。

 唇が触れ合いそうなところまで彼女の顔が近づく。

 うっすらと遊里さんの瞳が潤んでいる。

 なぜ、泣いているの!?

 ボクはその答えが分からない。


「ご、ごめん! 今は分からなくていいから…! でも、これだけは知っておいて。私が隼と出会えたのは、奇跡に違いないから!」


 そう言い切ると、彼女はそのままボクの唇を奪うように重ねる。

 そして、そのままボクを押し倒すような勢いで、抱きしめてくる。


「もう! 離さないんだから! 絶対に遠くに行かせたくないんだから!!」


 遊里さんの言葉の意味がボクには分からなかった。

 どうして、そんなことを言うんだろう。

 何か悪い夢でも見たんだろうか…。

 いや、ボクが悪い夢を見ているんだろうか…。

 若者たちの花火が終わろうとしている。

 きっと彼らはこの階段を使ってホテルへと帰っていくだろう。

 ボクは遊里を抱き起こし、しっかりと手を握り、若者たちよりも少し早めにホテルへと戻った。



 ボクらの部屋に戻ると、すでに和室には布団が2つ敷かれていた。

 夜風に当たっていた部分もあり、汗をかいたわけではなかったので、もうひと風呂という必要もなかった。

 遊里さんは、ボクを抱きしめたまま、布団に横になる。

 ボクの首に腕を絡ませ、そのまま唇を重ねてくる。

 潤んだ瞳にほんのりと火照った顔、そして、蕩けきった表情。


「お願い…。今日はいつも以上に隼の愛を感じたいの…」


 ボクはその言葉に唾を飲み込み、そのまま舌を絡めたキスをする。


「ごめんね…。何だか重すぎるよね…。私の隼への愛って…」

「ボクは…、そんな遊里の重さが嬉しい…。それだけ本気で、こんなボクのことを愛してくれている遊里の気持ちが嬉しい」


 ボクは再び、唇を重ね、そのまま右手を彼女の浴衣の裾からすべりこませる。

 彼女の身体がピクンと反応する。

 ボクの興奮した気持ちは治まろうとしない。

 彼女の性感帯は付き合いだして何カ月も何度も一緒に抱き合っていれば、自ずと理解してくる。

 唾液のようなねっとりとした感触が右手から伝わってくる。

 でも、ボクは止めない。止めたくない!

 いつしか、ボクの唇は遊里さんの豊満な胸を愛撫していた。


「隼~♡ あぅん…!」


 甘い吐息とともに洩れる遊里さんの喘ぎ声にボクの下半身も熱くなってしまう。

 もう、止められない。

 開いた左手で近くにあったボクの鞄から避妊具コンドームを取り出す。

 遊里さんはそれを目にすると、さっと箱から取り出し、ボクに付けてくれる。


「大好き、隼……」


 ボクが彼女の体温を感じながら、ギュッと抱きしめると、彼女もボクを抱きしめてくる。


「離さないで…。私のことを」


 ボクは無言でうなずくと、彼女に攻め立てた。

 前、後ろ、上…色々な体位で、彼女は絶頂を迎え、そのたびに身体を仰け反らせた。

 いつしか、遊里さんの白い肌が紅潮し、息も弾んできている。

 ボクらの周囲には、使用済みの避妊具がいくつも転がっていた。

 自分でも驚いた…。

 今日は何度でも遊里さんを絶頂させられそうなそんな気持ちだった。

 何度目か分からなくなった遊里さんの絶頂で、ボクに覆いかぶさるように倒れ込んできた。

 ボクらはハァハァ…と粗ぶった呼吸をしていた。

 お互いが頬を手で包むように添え、そのままキスをする。

 余韻を楽しむような舌を絡めたキスをした。


「ボクは、遊里さんを絶対に一人にさせない。離さない!」

「あは…嬉しい…。ありがとう、隼…」


 ボクらはそのまま絡み合うようなまま睡魔に耐え切れず、眠ってしまった。





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