第148話 とっても欲しかったペアリング。
明日の午前中は海水浴を楽しむ予定にしているので、今日は敢えて砂浜に行くことはやめておいた。
ただ、海岸通りを通ると、海には子ども連れの家族や波を求めてサーファーの人たちがたくさんいた。
波打ち際で子どもと一緒に遊ぶ姿を見ていると、何だか微笑ましくなってきて、ボクもほっこりとしてしまう。
「何だか、ああいう家族で一緒に遊ぶ姿っていいね!」
はにかんだ笑顔でボクに彼女は言う。
全く同じ気持ちだった。
「ボクも同じことを考えていた」
「ホントに!? もう、気持ち通じ合いすぎ! やっぱり私にとって隼しかいないわ~」
胸の真ん中あたりに両手を添えるようにして、シミジミと耽る遊里さん。
ボクも同じ気持ちで、彼女が近くにいることが幸せだし、何だか当たり前のような気持ちにもなってきていた。
「何だか今更ながらかもしれないけれど、嬉しいな、隼と一緒だと」
「ボクもです。手を繋いで感じるこの温もりも、一緒に気持ちを分かち合えることもすべて喜びのひとつです」
「あはは! 何だかそう言われる恥ずかしいなぁ~」
「そうですかね…。うーん、そうですね。ボクも今思うと少し恥ずかしいことを言ったかもしれません。でも、気持ちは変わりませんから」
「うん。隼の気持ちはいつでも感じてるよ、私」
ボクたちはそのあとも雑談をしながら歩き、メインストリートへと着いた。
メインストリートには観光地ならではの土産物店やその地域のカジュアルなアイテムや服が扱われているお店がひしめき合っていた。
「すごいねぇ…。やっぱり観光地って感じ。人通りも多いね」
遊里さんが感嘆するだけあって、確かに人通りは多かった。
特にメインストリートは歩行者のみが通行可能となっていて、二輪・四輪といった類のものは許可された郵便か宅配便くらいしか通れない状態になっていた。
ちょうど、お昼の1時すぎということもあって、昼食を終えた人たちが数あるお店に各々のテイストで訪れていた。
ボクたちはその中の1つの宝飾品を扱っているお店に入った。
何となく、彼女がふらふらっとお店のウィンドウに飾られているものに吸い寄せられるように近づいていったからだ。
そこには、この海水浴場のメインストリートにはあまり似つかわしくないと感じるであろうウェディングドレスが飾られていた。
純白のウェディングドレスは、女性ならば誰でも憧れのひとつだ。
物言わぬ人形は、純白のウェディングドレス、頭にはティアラを付け、首からは煌めくダイヤモンドのネックレス、そして左手の手袋は外され、そこには結婚指輪が付けられていた。
遊里さんは呆けたようにその花嫁衣裳に見入っていた。
以前、彼女が早苗さんに媚薬を仕込まれたときに、子どもを作ることを必死に懇願したことがあった。
あの時は寸でのところでボクが理性を保ちつつ、彼女をなだめることで事なきを経た。
とはいえ、遊里さんも恋する乙女———。
結婚願望があるので、こういった衣装を着たいという気持ちになるのは理解できないわけではない。
でも、まだ時期尚早。
「綺麗だね…」
「うん…。いつか着せてほしいなぁ…」
「もちろんだよ!」
「嬉しい…」
遊里さんはボクを握る手がいつしか熱くなっているように思えた。
緊張? 期待?
表情からは読めなかったけれど、ウェディングドレスを見る目は純粋なそれであった。
ウェディングドレスの横にある台座に飾られている指輪やネックレスといった類のところに「ペアリングはいかがですか」とPOPが付けられていた。
ペアリングかぁ…。
でも、こういうのってどこで買うのが正しいんだろう…。
先日もインターネットで宝飾品を扱うサイトでオンラインショップがあった。
お互いのサイズを入力すれば、見ているデザインの指輪を送ってくれるという流れだ。そのサイトでは、内側に文字の刻印すらもしてもらえるというサービスまであるくらいだ。
「ねえ、何かの機会だから、ペアリング見よっか?」
今日はどうしたんだろう。
ボクの思ったことを遊里さんが積極的に言ってきてくれる。
ボクは「うん」と笑顔で頷くと、彼女と一緒にお店に入る。
お店はかなり本格的な宝飾品店で地元の結婚式場とも提携して指輪を提供しているようであった。
「いらっしゃいませ~」
笑顔が素敵な若めの店員さんが声を掛けてくれた。
「ごゆっくりと見ていってくださいね。ご不明な点がありましたら、お伺いいたしますので…」
店員さんはボクらのような若いカップルでも邪険にせず、丁寧に対応をしてくれる。
カウンターの商品を丁寧に確認しつつ、ホコリを拭き取りながらボクたちの方を見てくれていた。
こういった宝飾品店って何だか、まだまだ敷居が高いように感じて、なかなかどうすればいいのか分からない。
ボクは勇気を出して、店員さんに声を掛ける。
「あ、あの!」
「はい。どうかなさいましたか?」
カウンター周りの清掃の手を止め、店員さんがこちらに来る。
「ペアリングを見せてほしいんですが」
「ペアリングですね。構いませんよ。どうぞ、こちらへ」
ボクと遊里さんは案内されたのは、ウェディング用の指輪とは異なるカウンターであった。
そこのショーケースには様々な種類の指輪が陳列されていた。
「こちらでしたら、指輪の内側に刻印を入れて、即日でお渡しすることも可能です。ほかのデザインを、ということでありましたら、後日のお渡しとなります」
さすがに旅行で来ているんだから、後日お渡しはちょっと困る。
ボクはどうする? という表情で遊里さんを見る。
遊里さんは並べられているペアリングのデザインに興味津々で、「あれ、いいなぁ…このデザインもいいかも…」と思案を巡らせている様子であった。
「どうする?」
「すごく悩んじゃうんだけど、ファーストインプレッションを大事にするならば、これかな…」
と、遊里さんはショーケースの端に並んでいたペアリングを指す。
それはピンクシルバーとホワイトシルバーのペアになっている。
湾曲を描くようなデザインの天の部分にピンクシルバーにはホワイトダイヤモンド、ホワイトシルバーにはブラックダイヤモンドが添え付けられた指輪だった。
デザインはボクも好みだった。
「では、これをお願いできますか?」
「ええっ!? 本当に買ってくれるの?」
「え? 買うために見に入ったんじゃないの?」
「いや、そうなんだけど…。隼って時々、決断力があり過ぎて驚かされちゃうことがあるから…」
そんなにボクって普段、優柔不断なのかな…。
店員さんはそんなボクのやり取りを見ていて、ふふっと微笑んで、
「何だかお似合いですね。結婚はもう少し先なのかしら?」
「あ、はい…。ボクらはまだ高校生ですから」
ボクが伝えると、店員さんは驚くことなく、
「そうかな~って思っていたけど、本当にそうだなんてね。ウチの娘にもこんな優しい彼氏ができたらいいんだけど…」
「あはは…」
褒められると嬉しいけれど、何だか恥ずかしさも込み上げてきた。
そのあと、ボクと遊里さんの指のサイズを測ってもらい、ピンクシルバーとホワイトシルバーの指輪を加工してもらう。
代金を支払い、さっそくお互いの右手の薬指にはめる。
遊里さんは指輪をあらゆる角度から見て、声にならないような喜びを爆発させている。
「彼女さん、凄くお似合いですよ。近い未来でちゃんと彼氏さんから左手に指輪を付けてもらってくださいね」
店員さんが微笑みながらそう言うと、遊里さんは幸せそうな笑顔をしつつ、
「はい。そうしてもらいます! ありがとうございます」
そう答えると再び、自分の指に輝くピンクシルバーを彼女は愛おしく見つめたのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
作品をお読みいただきありがとうございます!
少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。
評価もお待ちしております。
コメントやレビューを書いていただくと作者、泣いて喜びます!
―――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます