第147話 ラーメン好きな「彼女」。
ホテルに着いたのはお昼前くらいだった。
潮騒の微かに聞こえるホテルは、どのホテルの部屋も最高のオーシャンビューが楽しめるような場所に建っており、そこそこの客が来ていることは止まっている車などを見て分かった。
チェックインは15時以降ということもあり、ボクらはフロントで荷物を預けれないか聞いたところ、フロントの方は愛想の良い笑顔で快諾してくださり、預かってもらった。
貴重品などを持つくらいにして、ボクと遊里さんはホテルを出た。
ちょうどお昼前ということもあり、少しばかりお腹が減ってきていた。
特急列車の中では、遊里さんがいつの間にカバンに入れたのか分からなかったが、お菓子をいくつかもらい、車窓を眺めたり話をしたりして休暇を満喫しているといった感じであった。
とはいえ、朝食も若干早かったことから、お腹が空くのも早い。
ホテルのエントランスを出て、
「まずはお昼ご飯にする?」
「うん、賛成―っ!」
白のワンピースに貴重品を入れたポーチを肩から下げた遊里さんが笑顔で頷く。
さっき、ホテルのフロントで頂戴したガイドマップを見てみると、ランチをやっているお店がそこそこ多く、それらのお店は夜には居酒屋として営業しているらしかった。
「せっかく海の近くに来たんだから海の幸がいいのかなぁ…」
「でも、それって今日の夕食に出るんじゃないの?」
そう言われるとそうだった。
夕食はホテルで取ることになっていた。
船盛が出るということを案内で見ていたのをすっかりと忘れていた。
「ごめん、すっかり忘れてたよ…。じゃあ、どの店にしようかなぁ…」
「私的には別にオシャレじゃなくてもいいよ。牛丼でもいける女だから」
「それは嬉しいけれど、せっかく来たんだから、チェーン店の味よりも、ご当地の何かを食べたくない?」
「まあ、そういわれればそうかも…。じゃあ、ラーメンとか?」
「なるほど! ご当地ラーメンか。それはありだね。夕食は海鮮系を中心とした食事になるだろうから、お昼はラーメンもありだね」
「じゃあ、この辺にあるご当地ラーメンのお店を探そっ!」
さっき見ていたガイドマップを見てみると、ラーメン店もいくつかあり、ボクたちはその一つに向かうことにした。
熱い時期にも関わらずお店の前では入店待ちの客が何人かいた。
少し待ってお店に入ると、ラーメン店特有の出汁の香りがする。
とはいえ、ここの店はちょっと変わっていて、イタリアン出身の店主がラーメンを作るというお店。
当然、ボクらの住んでいるところにはこういうお店はない。
ボクは醤油を、遊里さんは塩を頼むことにした。
出されたラーメンを見て、ボクらは唾液が込み上げてくる。
出汁の香りに胃が刺激されてきたようだ。
具材はチャーシュー、煮卵、メンマにネギとシンプル・イズ・ベストなもの。
ボクの方はふんわりと醤油が香るスープが美味しい。あっさりしているように見えつつもそこそこ攻めてくる感じの出汁がさらに食欲を湧かせてくれる。
遊里さんは塩のスープを飲んでみる。
そもそもこの塩味のラーメン。スープが黄色くて表面には鶏の脂がふわりと浮いている。
ちょっとしつこいのかもと、不安がっていたけれど、スープを飲んでそれは杞憂であったことに気づく。
「あっさりしてて美味しい!」
遊里さんは驚きの表情とともに麺を食べ始める。
ボクも横から少しスープをいただく。
出汁は鶏が中心の味になっている。鶏の脂が多く浮いているけれども、油っぽさはそれほど感じられず、鶏から滲み出た旨味が塩とうまくマッチしている感じだった。
ボクらは空いていた小腹に一気にラーメンを流し込んだ。
程良い満腹感を味わい、スープも最後まで飲み干してしまった。
食べているときは自然と会話はなかった。
たぶん、本当に美味しいものを食べているときって驚きのあまり何も話すことができなくなるんだと思う。
ボクと遊里さんはまさにその気分を一杯のラーメンで気づかされることになった。
代金を支払い、外に出ると日差しはさらにきつくなってきていた。
でも、先ほどのラーメンの満足感がボクらを満たしていて、何だか幸せな気分に少し浸っていた。
「あれは最高に美味しかったね」
ボクが遊里さんに言うと、彼女は頷きながら、
「私たちの住んでる地域じゃ食べられない味だったね~。煮卵も美味しかったし、このあたりの地域の人たちは幸せかよぉ~!」
別に毎日ラーメンを食べているわけでもないだろうけれど、そしてその地方の人たちの生活を知らないけれど、ボクも少し同じ気持ちになった。
自分たちの住んでいる場所とは異なる地域に行くと、ご当地のものをどうしても食べたくなる。
これはきっと自分たちの知らない味を知りたいのと、その地域限定というプレミア感がなせる技。
まあ、ボクらのように多くの人は地域の戦略にまんまとハメられているわけだが、別に損をしたわけではないから嫌な気持ちになることはない。
むしろ、地域の味ってそれぞれ違うからそこから学べるものも多い。
だから、敢えてボクはご当地グルメで舌鼓を打つことが多い。
「これで満足したらダメなんだぞぉ! 夜はもっとすごいのが来るってお母さんが言ってたから!」
「えぇ、どんなのが来るのか少し怖くなってきたな…」
ボクらはそんな他愛もない会話をしつつ、手を繋ぎながら気の向くまま海岸沿いを歩くことにした。
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