第146話 お互いがしゅきしゅき♡

「はい! お菓子食べる?」


 遊里さんはキラキラとした笑顔で、きのこの山をボクに差し出す。

 外の景色を見ていた僕は、「ありがとう」と言いつつ、ひとつ口に入れる。

 夏休みに降って湧いてきたような一泊二日の温泉旅行。

 遊里さんのお母さんである早苗さんからのプレゼントとして、ボクらは行くことになった。

 妹の楓は最初は一人取り残されることを不安視して愕然としていたけれど、瑞希くん自身が寂しくて夏休みの間、瑞希くんにお邪魔することになった。

 瑞希くんなりにボクらの同棲のこととそこに一緒に住まわされている楓のことを思っての行動だと思う。

 あまり表情に出す子ではないけれど、さすが経営者の息子といったところか。

 人に対する思いやりは姉の凛華さんよりもあるようにも思えた。

 遊里さんは白のワンピースにいつもの紅蓮のメガネをかけているが、髪はほどいている。

 途中、何人かに気づかれて写真を一緒に撮ってほしいとお願いしてきた女子中学生がいたが、気さくに彼女は応対していた。

 中学生の中ではアイドル的な存在になっているらしく、事務所に所属していない一般人であることを遊里さんが言うと、女子中学生たちは有名アイドルの名前を出しながら、その子よりも可愛いと言われて、遊里さんもまんざらでもない様子だった。

 あと、大学生からナンパされることもあったが、「彼氏と一緒だから」というと、引き下がっていった。

 なかにはボクを見て、勝てると思ったのかしつこく声をかけてくる人もいたけれど、「これ以上しつこくするならば、警察に突き出しますよ」とドスの効いた声で遊里さんが言うと、逃げるように去っていった。

 案外、紅蓮のメガネを掛けるだけで分からないもんなんだなぁ…。

 ボクなんかメガネがあっても無くても、遊里さんには気づいちゃえるけど…。


「ん? どうしたの?」


 遊里さんがきのこの山をひとつ口の中に放り込み、訊いてくる。

 ボクと目が合うと、ボクの気持ちがキュンッとして落ち着かなくなってしまい、少し顔を赤くしてしまう。

 それを見た遊里さんは、面白がって、ボクに寄りかかり、


「どうしたのかな、隼~? そんなに恥ずかしがらなくたっていいじゃない。昨日の夜もあんなにいっぱい愛してくれたのに♡」

「え!? うん…」


 そう。

 詳しくは言わないけれど、昨日食事のあと、一緒にお風呂に入ってお互いのスイッチが入ってしまった。

 今日のこともあるので、早く寝ないといけないということだったのだが、お互いにが入ってしまい、お互いの体温を感じあった。

 もちろん、今日の朝は早いから、1回だけだったけど、楓がいないことをいいことに、お風呂プレイに手を出してしまった…。

 前戯的なことくらいはあったけど、ここまで本気なのは初めてで、ボクたちは後で布団のなかで思い出して笑うしかなかった…。


「隼ってちょっと変わってるプレイの方が燃え上がるのってやっぱりゲームの影響?」

「ええっ!? ボク、そんな鬼畜なゲームしてませんよ」

「まあ、そうだったよね…。隼の部屋で見つけたのは、普通の恋愛シミュレーションゲームだったもん」

「て、見たんですか?」

「えへへ…。ちょっと掃除してたら見つけちゃった。あ、でも安心してパッケージのイラストとかしか見てないから…。学校でエッチとかこの間やったじゃーんって思わず吹き出しちゃった!」


 この人、何でこんなにあっけらかんとこういう話ができちゃうんだろう。

 普通ならもう少し怒ってもおかしくないのにな…。

 陽キャって実はこういうゲームに対して耐性があるの?

 でも、みんなの中では「うわ…キモッ」みたいな対応してるとか…。(あくまでボクの予想)

 二人きりになったら、そういうプレイを実はやって欲しがっていたりして…。

 て、どんなツンデレだよ、それ!


「あ~、でも鬼畜系といえば、翼くんだったっけ?」

「あ~、あいつは結構色々なジャンルやってるからなぁ…。そもそも表ではFPSをYoutube配信で見せていたりするからね」

「そうそう! 凛華がメッチャファンだったらしいの! それで付き合う直前に知ってしまって、さらに翼くんのことが好きになったって」

「ああ、だからかな…」


 そういってボクはスマホでYoutubeのアプリを立ち上げ、遊里さんに見せる。


「え? どうしたの?」

「これが翼のチャンネルなんだけれどね。ほら、自己紹介の概要欄のところにサブチャンネルが最近できたんだよ」

「へ~、そうなんだ。サブチャンネルでは、何をしてるの?」

「見ればわかるよ」


 ボクはそう言って、サブチャンネルのひとつの動画を再生する。

 それは桃太郎電鉄という国民的に有名な全国周遊すごろくゲームのプレイ動画だった。


『さあ、今日はウィングとのどっちが真の経営者かということをこの桃太郎電鉄で決めたいと思いまーす! リーネはこういうの得意?』

『もちろんですわ! わたくし、数字に関しては強いのよ!』


 遊里さんの顔が「あれ?」という感じで驚く。

 どこかで聞いたことのある声、そして喋り方…。


『そうなんだ~。でも、この前、一緒にやった「脳トレ」では50歳だったよね』

『あ、あれは操作方法が分からなかっただけですわ! でも、今回は少し練習してきましたもの! 相手になれますわ!』

『じゃあ、早速やっていくか~!』

『望むところですわ!』


 和気藹々とした二人の雑談話を交えながらのプレイ動画は見ているものにも好評で、コメント欄がぐいぐいと進んでいく。

 たまに赤色や黄色といったスパチャ(投げ銭)を投げてくるプレイヤーまでいる。

 女の子っぽいIDの子がに応援祈願スパチャを投げたりしている。


「これって、凛華じゃない!?」

「そう。ボクもこの間、偶然におすすめに挙がっているのを見て、気づいたんだ」

「へぇ~、二人で動画配信かぁ~。これって当然お泊りしてるってことだよね?」

「まあ、そうだろうね。基本的に配信は、夜が多いみたいだから」

「あの二人もやってるわねぇ~。リーネだって、今度、揶揄からかってやろうかしら」

「でもね、このサブチャンネルの最後がすごいんだよ…」

「え…、どういうこと?」


 ボクが動画のタイムラインをスライドさせて、ゲームの最後に持っていく。

 リーネこと凛華さんの断末魔のような叫びと同時に、今回の桃太郎電鉄勝負は翼が僅差で勝ったことがプレイ画面で分かる。


『はい! と、いうことで僅差ではありましたが、ウィングの勝利ということで、本日も罰ゲームボックスの登場です!』

『えー、それ、本当に嫌ですの!』


 前回のトラウマからだろうか、悲鳴に近い声を出すリーネ(凛華さん)。


『いやいや、これやらないと真剣勝負にならないじゃん! さあ、引いてもらいましょう!』


 ガサゴソとボックスから紙を引こうとする音が聞こえる。


『はい…。これですわ!』

『はい、じゃあ、これね。では今回の罰ゲームは……。ジャン! この場でウィングと濃厚キス!』

『ほ、本気で言ってますの!?』

『え。本気だよ? いつだって俺、本気でやってるよ』


 コメント欄は「キス!」「濃厚なん助かる!」「草」という文字が躍っている。

 明らかにスパチャは赤色の高額なものが連投されている。


『し、仕方ありませんわ! じゃあ、いきますわよ!』


 一瞬の沈黙の後。

 ちゅくちゅぱ…ちゅっちゅ…くちゅくちゅ……

 という生々しい音だけが桃太郎電鉄のプレイ画面のバックから聞こえてくる。

 もう、コメント欄は大盛り上がりだ。

 「ご馳走様でした~」「彼氏のこと好き過ぎて草」「愛があるキスだ!」「センシティブ案件!!」とコメントが怒涛の如く流れていく。

 これはASMR動画並みにヤバいと思うのだが…。


「ね、ねえ…。これ、マジで凛華やってるんだ…。凄いねぇ…」

「うん。ボクも最初見たときはアカウントがBANされると思っていたんだけど、これくらいはASMRでもあるのか、今のところ動画は残ってるね」


 遊里さんは頬を赤らめながらその動画に見入っていた。

 そして、エンディングになり、ウィング(翼)が、


『今日もメッチャ楽しかったなぁ~?』

わたくしは音声が丸々残りますわ! アーカイブを消したいところですの!』

『もう、素直じゃないなぁ~。じゃあ、俺はこの後、リーネ攻略シミュレーションモードに入るから~、また次の対戦で会おうなぁ~! チャンネル登録、いいね、よろしく!』


 そういうとアニメのウィングとリーネが画面に出てきて、ゲームしたり、キスしたりのほんわかとしたアニメが流れて、その動画は終了した。

 もちろん、エンディング部分でもコメントは流れまくり、「彼女攻略草」「エッロ!」「気の強い女はエロがお好き」など色々と書かれていた。


「メチャクチャあっけらかんとしてるわね。サブチャンネルって言っても凄い視聴者数ね…」

「同時接続で3万くらいいたから、凛華さんは3万人の前でキスの音だけを公開したことになるんだけれどね…」

「そりゃ、凛華もやりたくないわけだ…。でも、何だかあの二人も自分たちの好きなことでこうやって愛を深めてて何だかいいなぁ…」

「あれ? ボクたちの愛は物足りない?」

「そんなことないよ! 私たちなんかもう同棲生活で完全に夫婦だもん!」


 彼女は胸を張りながら、ニコッと微笑んだ。

 ボクらはボクらなりのスピードで愛を深めていければそれでいい。

 翼と凛華さんもそれぞれの歩み方があるんだし。

 遊里さんはボクの肩にそっと寄りかかり、


「私は隼のことが好き。隼は最高のパートナーで私を支えてくれている。私にも隼を支えさせてね!」


 ボクは彼女の頭を撫でると、頬にチュッと軽くキスをした。

 ボクの遊里さんに対する気持ちも変わらない。

 だって、ボクらはお互いの最高のパートナーなんだから。




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