第139話 「彼女」は有名人。

 商業施設のアミュンザ。

 宝急電鉄が運営する駅前商業施設で、人気のブランド店から庶民的な雑貨店まで様々なテナントが入っていて地域の人たちからはこよなく愛されていたりする。

 ボクと遊里さんは夏休みということもあり、人通りの多い様々なフロアを通って、目的のフロアに向かう。

 途中で、化粧品のフロアでは、若い芸能人が使っているブランドの化粧品メーカーが進出してて、遊里さんは目を輝かせていた。

 最近の流行りは赤色らしいのだが、それほどキツイ赤色は彼女に似合わないから、やんわりとそれを伝えると、ドラマで使われていたほんのりと薄めのピンクを試しに塗ってみると店員さんもびっくりするくらい合っていた。

 でも、今は髪をポニーテールに紅蓮の眼鏡という出で立ちだから、『芋女』っぽく見える。

 店員さんもその辺を唸っていたようだ…。

 遊里さんはこの店の構造から言うと、見えにくいだろうと推測したようで、ポニーテールを外し、眼鏡も取る。

 再度鏡を見ると、確かにほんのりとしたピンクが似合っていて、遊里さん的にも満足しているようだ。

 ただ、もうひとつの問題が起こる。

 店員さんが「―――?」という顔をして、目を細めて遊里さんを見つめる。

 そして、遊里さんを指さしながら、


「あなたってあのポスターの!?」

「げっ!?」

「あ~、やっぱり大きな声出しちゃいましたか…」


 フロア内に声が響くと、周囲の人たちの視線がその化粧品店に集中する。化粧品コーナーは大抵百貨店などでは入り口の入ったところにあったりする。その関係で、化粧品売り場に興味関心のないカップルなども見てくる。

 一つ助かったのは、遊里さんが外からは見えない店舗の奥で商品を試していたということだろう。

 店員さんの声が響いただけで、それだけで収束しそうであった。

 ボクと遊里さんは店員さんに向かって「静かに!」というポーズを見せる。

 店員さんは落ち着いたように、


「ご、ごめんなさい! 大きな声を出しちゃって…」

「あ、いえ、私も急に髪を解いたりしたから…」


 遊里さんは自分にも非があるという様子で謝る。


「やっぱり、髪の毛をくくっているのは…ポスターの影響?」

「まあ、そうですね…。あのポスターが貼りだされてから、声を掛けられないように、こういう感じにしています」


 といって、髪の毛を手で束ねたような素振りをする。

 店員さんも「あーなるほど」と納得する。


「私もあのポスターを見たときはすごく可愛くて、この人どこのタレントさんなんだろうって思ったんだけれど、全然そういう情報がSNSでも入ってこなくてね…。でも、まさか、お店に直接来てくれるなんて思ってもなかった~」


 店員さんは遊里さんの手を両手で掴んでブンブンを握手しながら喜んでいる。

 遊里さんは嬉しいけれど、ちょっとやりすぎでは?と引き気味だ。


「でも、そんなに有名ですかね? まあ、凜華のやつ、ポスターをあらゆるところに貼ってるから、こっちもなかなか生活に支障が出てるんだけど…」

「そうなんですね…。ポスターと言えば、ベランダの写真の好きですよ!」


 と、言って店員さんは店内から唯一見えるポスターを指さす。

 ベランダの写真というのは、ボクと遊里さんがベランダで話をしていた時の写真だ。


「あれ、ご一緒の時に撮られたでしょ?」

「まあ、撮られていたことには気づいていませんでしたけどね…」


 ボクが店員さんに応える。


「いいなぁ…。あの笑顔。本当に気持ちを許している人にしか見せない笑顔ですもんねぇ…」

「そこまで読み取れます? あの写真…」

「当然よ。これまで仕事柄、たくさんのポスターを見て来たけど、ほとんどが作られた笑顔だったもの…。お客様のあの写真は本物ですもの…。目の前には君がいたんでしょ?」


 店員さんはボクの方を見る。

 ボクは愛想笑いをしながら、


「ええ、いましたね…。ちょうど二人で話をしていたときだったので…」


 正直、あの状況はすごく恥ずかしいものだった。

 まさか、あんなところを撮影しているとは思わなかったし…。


「あ~、ロマンチックねぇ…。あなたにとっては、心を許しちゃうくらいの素敵な彼氏さんなのね」

「あ、はい。素敵ですね…色々と…」

「私もそういう彼氏が欲しいわぁ…」


 何だか、話が逸れていってるような…。

 遊里さんもそこに気づいていたようで、そろそろ席を立とうとする。


「あのぉ…、ひとつだけお願いしてもいいですか?」

「ん? 何でしょう?」


 遊里さんに対して、店員さんはギュッと握った手を離さずに、


「写真を一枚撮らせてもらえませんか?」

「「え……?」」


 ボクと遊里さんは目を点にした。



 遊里さんは、店から出ると、出で立ちはポニーテールに紅蓮の眼鏡のそれに戻している。

 そして、右手にはその化粧品店の手提げ紙袋を持っていた。

 印刷させてもらうわけではなく、口紅をPRするために店舗独自の掲示物として使わせてほしいとのことだった。

 その代わりと言って、ドラマで使われた化粧品のセットになっているものを無料でもらえたのである…。

 何だか恐ろしい…。

 遊里さんも、口紅を気に入っていたことから、貰えたことは嬉しかったようだけれど、何だかあの写真も出回ってしまうのでは…と少しばかりの不安もあったようだけれど、数歩歩くともう気にしてないように、アパレルブランドの入っている階にいくエレベーターを乗って移動することにした。





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