第136話 これまで通りの「彼女」。
リビングルームにバターのいい香りが広がる。
清々しい朝。
いつもと変わらぬ朝を今日も迎えようとしていた。
ボクはプレート皿にちぎったロメインレタスとスライサーで簡単玉ねぎサラダ、プチトマトを付けて、そこにイタリアンドレッシングをさらっと掛ける。
出来上がったバターの香りが良い感じのスクランブルエッグを盛りつけ、その横にパリッと焼いたベーコンを添える。
出来た皿をダイニングテーブルに持っていき、並べていく。
時計はそろそろ7時になろうとしている。
楓は部活の練習があるので、この時間に起きてきて朝食を採る。
「お兄ちゃん、おはよぉ~」
眠気を含んだ重そうな瞼を擦りながら、楓がリビングに入ってくる。
自然と自分の席に座る。
昨日、業務スーパーで購入したお徳用ロールパンを袋から二つ取り出し、食べ始める。
楓はちょっぴりずぼらに、ロールパンの真ん中をフォークで切り開き、そこにスクランブルエッグとベーコンを挟んで食べる。
「う~~~~~~~~ん、今日もお兄ちゃんの朝ご飯は美味しい~~~~!」
さっきとは違う目の開き方をしている。
どうやら朝食を採り始めることで覚醒したようだ。
やっぱり人間は朝ご飯を食べないとしっかり起きることができない。
「このスクランブルエッグもバターの香りが良くて本当に大好き!」
「ありがとう。ところで、今日は何を飲むの?」
「今日は牛乳でお願いしてもいい?」
「構わないよ。そのままでいいの?」
「うん!」
ボクは楓が希望した通り、牛乳をガラスコップに入れて、ダイニングテーブルまで持っていく。
「ありがとう!」
楓はガラスコップを手に取ると、喉を鳴らす。
牛乳をこんなに美味しそうに飲めるのは、朝の楓か、風呂上がりの銭湯の客くらいかもしれない。
あ、見てる場合じゃなかった。
まだ起きてこない寝坊助さんを起こしに行かないと…。
ボクは自室まで行き、ドアを開けると、そこにはまだ寝ていそうな感じの遊里さんがいた。
と、思っていた。
そこでボクは見てはいけないものを見てしまう…。
スゥスゥと寝息を立てているような音が聞こえたから寝ていると思っていた。
でも、違ったよ…。
そのスゥスゥという音の正体をボクは見てしまう。
「あぅん♡ 今日も隼の匂いがしっかりついた枕ぁ~♡ ギュッてして、スゥ~ハァ~」
「何やってるの?」
「え~、もちろん、愛しの隼の匂いをクンクン吸って、今日も一日頑張ろうって英気を養ってるの……て、何でいんの!?」
すべてを自白した性犯罪者は、ボクの存在に驚きを隠せないようだ。
はぁ……
ボクは人差し指でコメカミを押さえ、
「そりゃ、そうだろう? ここはボクの部屋なんだし…。それにもう7時を超えてるのに、起きてこないから、朝食ができたことを教えに来たの。そしたら、ベッドに性犯罪者がいたってわけで…。警察に連絡するか、すぐ近くの実家に連絡するか、今悩んでるところ…」
「あんっ♡ 今日はもうしないから許してよ~」
泣きながら縋り付いてくる遊里さん。
なかなか情けない格好だ…。
「て、今日だけなのかよ! 明日からも本来してはいけません!」
「はぅっ!? ご、ごめん…。ちょっとテンションが舞い上がっておりました…。朝食、食べさせていただきます」
言って、彼女はササッと服を着替えると、ボクに付いてくるようにリビングに向かった。
「ねえ、お兄ちゃん、もしかして、また遊里先輩、何か性犯罪者的なことしてた?」
「ちょ、ちょっと! 失礼だよ、楓ちゃん。人のことを性犯罪者なんて言うもんじゃないよ!」
遊里さんは抗議する。
でも、その抗議、すごくむなしいですね…。
さっきまでの姿を見てしまった僕にしたら…。
「ま、今に始まったことじゃないからいいですけれどね…。遊里先輩もお兄ちゃんを困らせたらダメだよ! ごちそうさま~」
楓は遊里さんに忠告を与えると、自身の食器をキッチンの流しに持っていく。
遊里さんは席に着き、「別に困らせてないもん」と小さく呟くことしかできなかった。
まあ、ちょっとは反省してるのかな…。
「今日も夕方まで練習?」
「そう。絶対に私、陸地よりも水中で生きている生物に近いと思っちゃうってくらい泳がされるみたい!」
うあ…。それは正直辛すぎる。
よく弱音を吐かないなぁ…、楓は。
「晩御飯どうする? 昨日はあっさりだったから、今日は濃い味のものにしようかと思うんだけれど」
「うん、そうして! 交互にしてくれるの本当に助かるぅ~!」
楓はそう答えると、大きなバッグを背負い、学校へ向かった。
「行ってきま~~~す!」
「「いってらっしゃーい!!」」
「うあ、何だか夫婦に送り出されてる気分…。何だか複雑だなぁ…」
微妙な雰囲気の表情をしながら、捨て台詞だけ吐くと、楓は学校に出かけた。
ボクがダイニングテーブルにやってきて、席に着くと、前に座っている遊里さんがニヤニヤとボクの顔を見つめてくる。
「ねえねえ、夫婦だってさ♪」
「確かにそう言ってたね」
「息がぴったりなのは確かだもんねぇ」
すごくうれしそう。
昨日にあんな話を明かしてくれたのに、今朝はケロッといつも通りの遊里さんになっている。
あれはこれから一緒になろうとしているボクに自身のすべてを知ってほしいと思って話したことなんだろうな…。
隠し事は一切しないぞ、という彼女の決意だったのかもしれない。
ボクもそんな彼女に勇気づけられる。
朝食に舌鼓をうつ彼女を見つめながら、ボクはそんなことを少し思った。
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