第135話 神代遊里の苦悩②
ボクは遊里さんの黄色い髪をさらりと撫でる。
全然白くない。綺麗な黄色の髪だ。
「私ね、中学時代にお父さんと思いっきりぶつかり合ったのよ」
中学時代から高校時代にかけて女の子がお父さんとぶつかり合うことくらよくあることだ。
そもそもジェンダーの違いから、価値観の違いにつながり、最終的にそれが受容されなくなって、お互いが不通となってしまう。
こういうことは大抵どこの家庭でも経験できる話であったりする。
遊里さんが果たして、どういった理由でぶつかり合ったというのだろうか…。
「実はね、私、すっごくお父さんのことが好きだったんだ」
彼女は過去を振り返るように、すっと目を細めながらそういった。
ボクは彼女の気持ちを落ち着かせれるように髪を優しく撫で続ける。
「お父さんはもちろん、茜や勇気のことも大事にしてくれていたんだけど、何だか私はすごく特別な感じにしてくれていた…。でもね、中学に入ってから急に人が変わったような感じになったの。確かにそのころはお父さんの仕事も経済状況の悪化も絡んですごく大変な時期で、ほとんど帰ってこれなくなった。でもね、LINEとかで様子を聞いていたりしたから、別に問題ないかと思っていたんだけど、ちょうど、中学2年に進級するときだった…」
ふっと彼女の声のトーンが下がる。
すごく憂鬱そうな瞳をしている。
「お父さんが帰ってくるなり、私たちを殴り始めた。単に憂さ晴らしのように酒を飲んで、酔った勢いでの行動だったみたい。もちろん、茜と勇気はもう訳が分からない状況で泣き叫んでいたわ。私はお母さんと一緒に何とかお父さんを抑え込もうと力の限り対抗した…。でも、その時、首を絞められながら言われたんだよね…。『お前なんかいなければ、お前らさえ死ねば…』ってさ…。今思うと凄い言葉よね。私、すごく好きだったお父さんからそんなこと言われたから、もう何も考えられなくなっちゃってさ…。じゃあ、死んだほうが良いのかなって…。私、目を閉じて受け入れようとしたの…。お父さんの言葉を…。その時、近所の人が家に雪崩れ込んできて、お父さんを抑え込んで助けてくれた…」
遊里さんは身体を小刻みに震わせていた。
そりゃ、思い返せば思い返すほど恐怖しか生み出さない。
「そのあと、さすがに同じ場所には住んでいられなくなってね、今の場所に引っ越してきたの。半年ほどは精神的に不安定だったから病院に入院してて、休学してたの…。その頃から、髪の毛の色素がどんどん抜け落ちてきて、白くなり始めた。こういうショック性の場合は髪の毛が抜けることがほとんどらしいんだけど、私の場合は違った。髪の毛の色がどんどん抜け落ちてくる状態になっていた。お父さんはお酒に酔っていたからか全然覚えていなかったらしく、お母さんからすべてを聞いたみたい。もちろん、私にしたこともすべてね。お父さんはショックだったみたい。私の病院にもお見舞いに来たみたいだけれど、私がボーッと窓の外を眺めているときに来たみたいで、すごくショックを受けて会わずに帰っていったらしいわ。2か月くらいしたら、かなり心身ともに良くなってきたみたいで、聖マリオストロ学園の編入試験を受験するための勉強を始めたの。すっごく難しく驚いちゃった」
彼女はそこに来て、ようやく顔にほんのりと赤みが戻ってきていた。
「でもねぇ、さすがに白髪のまま病院から出るのが嫌だったから、仲の良くなっていた若い看護婦さんに相談して黄色に染めることにしたの。最初は黒とか茶色も考えていたんだけど、何だか重いし、今までの自分から変わりたかったのよ。だから、黄色に染めてみたの。聖マリオストロ学園が髪の毛に関して校則が緩い学校で良かったわ…」
彼女は淡々と心に留めていた話をボクにしてくれた。
ボクは何とも言えない気持ちだ。
まだ会ったことすらない遊里さんのお父さんへの憎悪——。
遊里さん本人に対しての悲哀——。
ボクは左肩で楓がもたれながら寝ているので、あまり自由には動けないが、そっと遊里さんを抱き寄せるとそのまま頭を優しく撫でた。
でも、ボクは何も言えなかった。
だって、こんな時はかける言葉が見当たらない。
「かわいそう」? 「よく頑張ってね」?
何だか違うと思う。
そんな安い言葉で対応するのは間違っていると思う。
ボクは頭を撫でながら、自分自身で心の整理をした上で声を掛けた。
「ボクは、遊里が今、生きてくれていることをすごく感謝している。こんな甘い恋愛をすることができていることを本当に嬉しく思う。遊里ももう高校生なんだから、色々と考えて自分で選択することができる。ボクは遊里と一緒にいれることが楽しくて、嬉しくて、いつも幸せに感じている」
ボクは真正面から少し涙を浮かべている遊里を見据えて、
「ボクは遊里のことが何よりも大好きだよ」
「隼ぉ……」
遊里さんはボクの胸で泣き崩れた。
「何で、何で…、いつもそんなに優しくしてくれるの? 隼こそ、自分を犠牲にし過ぎだよ…。私、好きになったら周り見えない重い子だよ?」
「えー、ボクも遊里のこと大好きで、楓に怒らせちゃってるくらいだから、あんまり変わらないでしょ…」
ボクは「アハハ」と笑い飛ばして見せる。
「いっつも私のわがままばっかり聞いてくれてるじゃん…」
「そう? 遊里さんから言われることって色々と楽しいから、一緒に楽しんでやってるから苦になってないんだけれど…」
ボクは思い返すように、うーんと悩んでみるが、本当に苦痛だったことがない。
どれも楽しい時間だったように思える。
「あと…何だろう……」
遊里さんが言い淀んでしまう。
ボクはもう一度、髪の毛を撫でると、頬にその手をそっと持っていき、
「つまり、ボクは遊里と一緒にいることが幸せってこと」
そういうと、ボクは彼女の唇にボクのを重ねた。
不意を突かれた彼女はいつものキスと違う感覚を覚えたに違いない。
唇を離すと、頬を涙で濡らした彼女はボーッとボクの顔を見つめている。
何だか照れ臭くなってしまう。
「じゃ、じゃあ、ちょっと甘えさせてね…」
そういって彼女はボクの膝に頭を載せる。
膝枕をしたまま、彼女はすっと瞳を閉じて、すぐに寝息を立て始めた。
遊里さんの家庭の事情にそれほど踏み込みたいという気持ちがあったわけではない。
でも、ひょんなことから聞いてしまった話にボクは複雑な思いだった。
とはいえ、そのうち年月が経てば相手方に挨拶をして、結婚をするつもりだから、そのお父さんとやらにも会うことになるだろう。
この気持ちを奥に隠し込んだままの状態で…。
何だか楓といい、遊里さんといい、複雑な気持ちを受け止めた夕食後の時間だった…。
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