第134話 神代遊里の苦悩①
こ、この柔らかさは!?
そう。こう、豊満さと弾力では負けるものの、ふにょんとおしとやかにボクの腕に食い込もうとする。
ちっぱいとまではいかないけれど、まだまだ発展途上のお胸がボクに当ててきている。
これは明らかに『わざ』とだ…。
もちろん、それを見逃すボクの彼女ではない。
クワッと目を見開いたかと思うと、楓の問題の解説が終わると同時にすぐにくっ付いてきて、質問をかぶせてくる。
「あ、あの、隼!? こ、この問題なんだけど…教えてくれる?」
「え? ああ、これ? これはさっき教えた方法の応用だよ…。そんなに悩むものじゃなくて…。ほら、ここをこうして――――」
ボクが遊里さんの方を向いて教え始めると、重心移動のおかげで楓の『ふにゅんの呪い』から解放される。
「あ、なるほど~、てことは、ここの数式をこうすること―――」
遊里さんも負けじとボクに身体を寄せてくる。
明らかにさっきまでと違うくらいのゼロ距離で。
しかも―――――、
ふにゅにゅん♡
ぐぉ…。こっちは弾力といい、大きさといい文句のつけようがないくらい最高だぞぉ!?
「ちょ、ちょっと……おっぱ……」
ボクは顔を真っ赤にしながら、抵抗を試みる。
しかし、腕をさらに鷲掴みする勢いで、精神的によろしくない巨大肉まんをボクに押し付けてくる。
ま、まずい…。このままじゃあ―――。
「え? どうかした? 隼?」
「いや、この問題では『π《パイ》』を使わないとね…」
「あ、そっか…。確かにそうだよね」
うん! そうだね!
分かってるでしょ!? 分かってるなら、もう少し距離を取ろうよ。
「さっすが、隼ね。こういった問題をパッと見て、ノータイムで教えられるなんて凄すぎるわ」
そう言いながら、さらに肉まんを押し付けてくる。
もはや、これは武器認定で良いと思う。
これは男に性欲という欲望を搔き立てさせる凶器だ!
その様子を見ていたはずの楓の手からシャープペンシルをコトリと手から落とし、コクリコクリと船をこき始める。
そのままボクの肩を借りるような形で寝てしまう。
隣の遊里さんは「いいなぁ!」て顔をするけれど、ボクは開いた手で、そっと遊里さんの頭を撫でて、
「今日もたくさん泳いで疲れているんだよ…。それに夏休みになってから、同棲を始めたから、これまで以上に楓にとったら甘える機会を失っちゃったんだろうね…」
ボクがそういうと、遊里さんは少し寂しそうな顔をする。
けれど、ふっと微笑むと、さっきまで押し付けていた凶器・ダブル肉まんをすっとボクから離す。
「私はお兄ちゃんやお姉ちゃんがいないから、そういった寂しさは分からないけれど、でも、隼にそう言われると、何となく楓ちゃんの気持ちも理解できるような気もするわ…」
遊里さんは、いつになく真面目な表情で肩に寄りかかる楓を見つめる。
「きっと、楓ちゃんにとって、家で安らげるのは隼がいるからね…。隼に食事を作ってもらって、隼に色々と教えてもらって、隼とお風呂は…ダメだけど、一緒にリビングで勉強して…。こういう普段の《家族》として生活することで、心が安定していたんだろうね…。何だか私、悪いことしちゃったかな…」
遊里さんはボクを見ながら、テヘッと舌を出す。
「別に遊里は悪いことはしてないよ…。だって、将来的にはこうなるんだから…。いきなりこの状況になることを防ぐにはこうやって予行演習をしないといけなかったのは事実だからね…。でも、もう少しボクが両方に気遣いをするべきだったかもしれないね…。特にウチの家は特殊だから…」
そう。
ウチの家は両親がともにイギリスで貿易関係の仕事をしている関係で、年に数回しか帰ってこない。
ということは、当然、自動的に甘えるのはボクだけになってしまう。
しかも、最悪なことに楓が帰ってきたときに、なぜかボクは彼女のピンクの木苺に吸い付いているという大失態…。
瑞希くんがいてた昨日までとは大きく異なる今日は、甘えられるのは普段通りのボクだけ。
「だから、遊里は悪くないよ…。だって、ボクのお嫁さんになるんでしょ?」
うんうん!と激しく首を前後に振る遊里さん。
激しすぎて、首が千切れそうだよ…。
「もちろん、隼が言いたいことは分かってるよ。楓ちゃんにとっては、隼は親同然の存在なんだね。あ、でも私もさ、ちょっと隼に甘えてる部分はあるかもしれないなぁ…」
「え? そう?」
「うん…。だって、ウチもお父さんが普段家にいないじゃない?」
あ、そうか…。
あんまり深くは聞いてはいないけれど、遊里さんのお父さんも単身赴任らしくて、家に帰ってくることはほとんどないらしい。
「まあ、最初は甘えていたんだけれど、何だかお父さんに反発しちゃってさ~。その結果がこの髪の色だよ。実は定期的に私は髪を染めてんだよ~。そうでないと、本当の色が見えちゃうからね」
「本当の色?」
「あ、これは隼にも言ってなかったね…。私、髪の毛、真っ白なんだ」
彼女はニコリと微笑みながら、唐突にもそんなことを話しだした。
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