第133話 妹だってお兄ちゃんに甘えたい。
夕食は、ボクと遊里さんと楓の三人で食べた。
メニューはごはんとサラダチキンを使ったチョップドサラダとコンソメスープ。
実にシンプルで簡単だけれど、これが美味い。
きゅうり、パプリカ、にんじん、親子豆、コーン、ゆで卵とサラダチキンの触感が実に良いし、味付けも今日は胡麻ドレッシングを使ってみた。
「これ、すごく美味しい!」
遊里さんもご満悦の様子。
楓もよく噛みながら食べている。
「夏休みに水着をもう一度着たいと思ってるんだけれど、定期テストとかのせいでなかなか体型維持が思うようにできていないから、こういう食事を続けてもいいかも」
「本当にそう思ってますか?」
楓がツッコミを入れる。
ただ、遊里さんは何に突っ込まれているのか分かっていない様子で、
「本当だよ! こういう食事を続けることに対して、ストイックだとは思っていないから」
「あ、いえ、そっちではなく、スタイル管理のことです、私が言ってるのは…」
「ああ、そっちね…。うーん、ちょっと腰にとかお肉がついてきたように思えるのよね…。対策をするならば早い段階から始めた方が良いでしょ?」
「まあ、そうですね…。お兄ちゃん…、遊里さんって太ったように思える?」
え、ボクに振ってくるのってどういう意味?
ボクは遊里さんの身体を測っているわけではないんだから…。
「どうだろう…。いつもスタイル良いと思うけどねぇ…」
ボクは当たり障りのない回答をしておく。
確かに最近、少し胸が大きくなっているように思えるが、これが体重の増加の原因となりうるのかどうか判断がしづらい。
それどころか、食事中にその話題を振れば、ボクの死は避けられない。
わざわざ自らデッドエンドを選ぶほど、自身はバカではないと思っている。
「遊里先輩も気にし過ぎなんじゃありませんか…? お兄ちゃんは私がこういうのもなんですけれど、遊里先輩しか見てません…、というか見えてません。だから、そこまで気になされなくても大丈夫だと思いますよ」
「あはは…、それは嬉しいんだけれどね…。でも、楓ちゃん、あなたも水泳選手としてスタイルを維持しているじゃない? 私がスタイル維持しているのもある意味、それと一緒よ」
言って、チョップドサラダを遊里さんは口に運ぶ。
どうやら、本気でお気に入りのようだ。
「まあ、私の場合は、筋トレもしますので、こういったタンパク質多めの食事がありがたいんですけれどね」
「でも、あっさりしてるけれど、私、こういうの好きよ~」
「明日も淡白な食事になりますけれど、本当に良いんですか? 遊里先輩」
「何だか、私、試されてる?」
遊里さんがボクの方を向きながら、訊いてくる。
ボクはふっと微笑んで、
「そうかもしれないね。でも、楓。遊里だってちゃんと食生活を考えて取り組んでいるから、今のスタイルを維持できているんだし、そんなに攻撃的になってはダメだよ!」
「は~~~~い」
楓は反省しているのかしていないのか分からないような返事でその場を流す。
そして、何食わぬ顔をしながら、夕食を食べている。
まあ、今日は楓にとったら見たくもないエチチな瞬間を見たのだから、さすがに気持ち的には反発したいのだろう。
遊里さんもちょっぴり反省はしているようだけれど、ボクと普段通り何気ない会話や近隣のお買い得情報などをボクと話しながら夕食を食べた。
こういうとき、陽キャの遊里さんの心は強いと思う。
夕食を終えて、片づけをしたあと、ボクと遊里さんは課題を始める。
本来ならば、テレビを見ていても良い時間だけれど、まずは早々の学生を拘束する悪夢的課題を片付けなくてはならない。
「結構多いね、この課題」
「さすがに高2だからねぇ…。遊里もさすがにキツイ?」
「いや、そもそも私の場合は、高1の内容が不十分なんだから、こういう課題は本当に悪夢なんだけれど…。分かる分からないよりも思い出さないといけないって感じだから」
「ああ、そっちの問題ね…」
「そ。正直、ここを強くしないと『なみはや大』の入試なんて言ってる場合じゃないしね…。どの道やらないきゃいけないことだったから、高校で課題として出してくれるのは本当に助かるけれどね…。あ、でも、分からないところを教えてもらえているから、少しずつだけれど、解けるようにはなって来てるのよ! だから、安心はしてね」
まあ、遊里さんのことだから、さすがにその点も抜かりなくやってのけるとは思うけど。
ボクがそんなことを思っていると、リビングのドアが勢いよく開く。
そこには楓が立っていた。
「あれ? 楓ちゃん…どうしたの?」
遊里さんが声を掛けるが、プルプルと震えて何も答えない。
あれ? まだ怒っているのだろうか…。
「ど、どうしたの? 楓?」
「お、お兄ちゃん! 横で勉強教えてもらえる!?」
遊里さんは突然のことにポカーンと口を開ける。
ボクは別に遊里さんとエッチなことをしていたわけではないのに、何だか少し焦ってしまう。
数秒の間をおいて、ボクは「いいよ」と頷いた。
楓が与えられている課題そのものは、今ボクらがやっている課題からしてみれば、それほど難しいものではなく、容易に開設できるものであった。
だが、ボクが容易に解説が出来なかったのは、間違いなく楓の積極的な甘え方にある…。
分からない問題をボクに訊いてくる。
ボクは楓の方に向いて説明を始める。
すると、楓はボクとの距離をゼロ距離にして、柔らかいものを押し付けてくるのだ…。
しかも、わざと遊里さんに見せつけるかのように…。
それだけではない。
ゼロ距離にした瞬間に頬を赤らめ、甘えるようにしてくる。
遊里さんの目がマジ切れ状態だ。
このままでは持ってるシャーペンがへし折れそうな勢い。
明らかに冷静さと集中力を失っているのが分かる…。
さっきから遊里さんが進んだのはこの10分で2問だけだ。
しかも、それほど難しい問題ではなく、さっきボクと一緒に解いていた問題の復習問題。
数字が他のものに変わっているだけで、それほど難しい問題ではない。
ギシギシギシギシ…………
あ、歯軋りも聞こえる…。
このままじゃあ、教えている場合じゃなくなってきてるんだけど…。
どう考えたって、ボク、終わりに向かってない!?
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