第132話 彼女のおっぱいは修羅場を生む。
急にボクは遊里さんをそっと抱きしめてしまった。
汗を流すためにお風呂に入り、部屋着に着替えてリビングに移動した後。
何て言うか、夜のような激しい求め方ではなく、そっと…本当にそっと優しく、彼女の温もりに甘えたくなったんだ…。
ボクの顔をふんわりとした二つの優しさに包まれる。
耳元にトクントクンという鼓動が聞こえてくる。
少し驚いているのか、はたまた緊張しているのか鼓動が早く感じる。
遊里さんは突然のことで驚いていたが、そっとボクの頭を撫でてくれる。
「もう、びっくりしたよ…。急に甘えてくるんだから…」
遊里さんはボクの頭を撫でながら、母性溢れる声をボクの耳元で囁いてくれる。
きっと、こんなところを妹の楓に見られたら、確実に文句を言われるのは分かっているけれど、正直、ボクも彼女に甘えたい時もある。
彼女から甘えてくるときもある。
そういう時はギュッて後ろから抱きしめてあげると、ボクに身体を預けるように遊里さんは体温を感じようとする。
「もう少しだけ、こうしていてもいいかな……?」
ボクのお願いに遊里さんは「うん…」と優しく呟いてくれた。
別にエッチがしたいわけじゃない…。ただただ甘えたい。
妹が帰ってくるまでの少しの時間だけ許される、甘えてもいい時間。
「ねえ、この姿勢、立っていると疲れちゃうから、ソファに座ってもいい?」
全然かまわない。
ボクはなぜか彼女の温もりを感じたかったんだから。
そのまま少しボクは眠ることにした…。
ボクは目を擦りながら、うっすら開くとそこには般若のお面があった…。
いや、待て、そんなものウチの家には飾っていない…。
もう一度、目をしっかりと擦り、凝視する。
あ…妹の楓だわ…。
「お兄ちゃん!? これはどういう状況なのか、ご説明いただきましょうか?」
「え、いや、どう説明すればいいのかな…?」
確かにそういわれても、ボクの今の状況をまだ把握できていない。
確か、遊里さんに甘えるように抱き着いて、そのままソファで彼女の温かさを感じつつ、鼓動を聞いていたら、睡魔に襲われて、そのまま寝てしまった…。
ボクが整理できている情報はここまでだ。
これ以降に何が起こっているのか分からない…。
「ボク、寝てたんだね…」
「ええ、二人ともがふしだらな格好をしたままね…」
楓の鼻息がフーンッ!と荒くなる。
ちょっと待ってほしい。
ボクと遊里さんはお風呂上りに部屋着に着替えて、そのままだから、何も裸になった記憶はない…。
けれど、どうしてだろう…。
ボクの目の前には、遊里さんの白いTシャツではなく、白は白でも焼けてない肌が見えている。
それだけではなく、ボクの口元には彼女のピンク色も見える…。
て、上の服脱がしちゃってるし…。
そう。ボクの目の前には、Tシャツを捲り上げたまま、寝息を立てている遊里さんがいる。
その顔はほんのりとピンク色になっている。
所謂、完全にアウトな状況。
どうやってもエッチした後にしか見えない…。
「信じてほしい!」
「あ? 何をよ?」
うあ。ドスの効いた声で問い返してくる妹。
「ボクは今起きたから、状況がよく呑み込めてないんだよ…」
「いや、見たまんまでしょ…。お兄ちゃんが遊里先輩の身体を求めて、ソファに押し倒している図」
「でも、遊里も寝てるんだけど!?」
「じゃあ、一戦交えた後ってこと?」
「いや、ズボンも下着も履いてるし!」
「うーん。確かにそうよねぇ…。した後にそのまま寝るのなら、履いてないか…。でも、前戯ってことで納得」
何だか、いつも以上にキレよくぶっ飛ばしていくなぁ…。
ボクは正直、記憶がなさすぎて、何とも判断できないでいる。
「あぅん…。もう…隼ったら…おっぱい……好きなんだから……」
はい。修羅場決定。
遊里さんの恐ろしいまでタイミングも内容もアウトな寝言がボクの人生終わりを告げる悪魔の鈴のように感じた。
楓の顔は真っ赤に染まっている。
「それは恥ずかしさかな? それとも怒りかな?」
もう、最終警告されたように感じたボクは楓に訊く。
楓は持っていた荷物をフローリングに下ろし、ゆらりとボクの前に立ち塞がる。
もう、終わりだ…。
右も左もどちらからも逃げられない。
どうしてこの状況下でまだ寝ていられるの!? 遊里さん!?
ボクたち、明らかに終わってますよ!!
「怒りに決まってんだろ—————がっ!!」
いつの間にか楓が手にしていた蝿叩きでボクのお尻が叩かれる!
痛い! 痛すぎる!?
「私の前では、そういうことしないでって言ったでしょ!」
「あ、うん…そうだねぇ…。そういわれても、本当に寝ていて分からないんだけれど…」
「てことは、お兄ちゃんは寝ていても、遊里先輩のおっぱいを吸いついちゃうようなヘンタイさんってことでいいのね?」
うーん、それは困る。
そこまでボクはエッチではないという自負があるんだけれどなぁ…。
「隼ぉ~」
まさかのタイミングで遊里さんが目を覚ます。
もちろん、Tシャツは捲り上げられたままだ。
「エッチなことしないって甘えてきたのに、やっぱり好きなものは仕方ないよね…」
遊里さんは頬をピンク色に染め上げたまま、頬に手を当てて、右、左と震わせる。
それと同じように遊里さんのおっぱいも右、左と揺れる。
これまた楓にとっては気に入らないようだ。
「な、何をですか……?」
怒気を含んだ楓の質問に臆することなく、遊里さんは答えた。
「決まってるじゃない! このおっぱいよ♡」
プチッ。
あ、キレた。
ボクらはこの後、蝿叩きの誤った使い方で気絶するほどお尻をぶたれた。
部屋着は薄いから、お尻が死んじゃう———。
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