第130話 海岸のそばで見た彼女は可愛らしい。

 遊里さんの友だちと別れた後、ボクらは図書館に行き、借りたかったいくつかの本を借りると、そのまま帰路につく。

 駐輪場に向かうと、愛機・スーパーカブ110が待っていた。

 ボクはキックでエンジンスタートをすると、何分か暖気を行ったうえで、椅子にまたがる。

 遊里さんもヘルメットを着けて、荷台に跨り、ボクの腰をキュッと抱きしめる。


「じゃあ、行くよ?」

「うん!」


 ボクの問いかけに彼女は笑顔で応える。

 ガキンとギアを1速に入れて、スロットルをゆっくりと開ける。

 校内は徐行。

 当たり前の話だけれど、夏休みはそれほど多くの生徒がいるわけではないから、がら透きの駐輪場を走り抜けていく。

 来た道の逆に景色が流れる。

 スーパーカブ110のエンジンは快調に噴け上がる。


「ちょっと寄り道するね」

「うん! いいよ!」


 家に帰宅するには左に折れる交差点を右に折れる。

 少し走ると、道路の両脇にヤシの木が街路樹として植わっている道に差し掛かる。

 海岸道路―――。

 潮の香りが鼻孔をついてくる。

 海岸線を沿うように走る海岸道路は、混雑することなくスムーズな流れを作っていて、走っているのがとても気持ちよく感じる。

 ボクのお気に入りのライディングコースのひとつだ。

 潮風が少し肌にまとわりつくような感触。

 夏だな…って認識させてくれる。

 そのまま、海浜公園の駐車場に入っていく。

 駐車場の一角が駐輪場にされていて、そこにバイクを停める。

 夏休みに入ったといっても、多くの人たちにとって、今日は平日。

 駐車場に止まっている車もまばらで、車と行ってもサーフボードを載せれるような長めの車体が多く停まっている。

 そのまま海に目をやると、自分たちにとって最高のコンディションの波を探すために海に出ているサーファーが何人かいる。


「ちょっと、砂浜のあたりまで行ってみる?」

「潮風が制服にまとわりつきそうだけど、別に明日は学校に行く予定がないからいっか!」


 ボクは彼女と手を繋ぐと、海岸へつながる階段をゆっくりと下りていく。

 一番下まで降り立つと、そこには一面の真っ青な海の大パノラマが飛び込んでくる。

 見渡す限りの海だ。

 ボクにとっては、そんなに海に来ることはなかった。

 だって、海に一緒に来る人なんていなかったから…。

 いつも海岸道路を潮風を浴びながら走る。

 それがボクにとっての夏の風物詩みたいなものだった。

 ところが、今年は横に可愛い彼女がいる。


「あ~、水着持ってきてないから泳ぐことはできないのねぇ~。何だか残念!」

「別に焦ることないよ…」


 彼女はボクの方を向いて、「どうして?」という顔をしている。

 ボクは彼女の方を見て、ニコッと微笑むと、


「だって、夏休みはまだ始まったばかりなんだし♪」

「ま、そうね! また、隼にバイクに乗せてきてもらえれば、いくらでも夏の海を堪能することが出来るんだもんね」


 ボク達は砂浜をザクザクと音を立てながら歩く。

 目の前には寄っては引き返す波。

 海岸道路を走っていた時にはそれほど感じなかった潮風を直接感じる。


「こんなに潮風浴びちゃったら、確実に髪の毛がガサガサになちゃうね~」

「あはは、ごめん!」

「あ、別に謝らなくてもいいよ。海に来たかったのは事実だし」

「それは良かった」


 夏休みはまだ始まったばかり、平日ということもあって親子連れの姿もあまりなく、学生服の姿でそこを歩くボクらは少しばかり異様な存在に見えるかもしれない。

 サーファーたちが砂浜に上がって来ては、ボクらの方をチラリとだけ見る。

 ただ、リア充には興味がない、というように再び海に入っていく。

 ボクらはそれを見ながら、コンクリートの擁壁に腰を下ろす。

 少しの間、ボクらは海を見て、沈黙してしまう。

 ただただ、海を眺めている時間があった。


「私ね……」


 その沈黙を破るように遊里さんが口を開く。


「隼と付き合い始めたとき、こんなことが出来るなんて全然思ってもいなかった…」

「…………」

「だってさ、君は陰キャ、私は陽キャで全然人間関係も違うし…、それに隼のことをあんまり私知ってなかったと思う」


 遊里さんはボクの方を見るとふわりと微笑み、


「でも、それでも好きになるって何でなんだろうって、告白するまでは実は家に帰ったら悩んでた…」

「そうなんだ…」

「うん。同じ係を担当して、色々と話をしているうちに、何だか分からないんだけれど、隼と話をすることが楽しくなって来てさ…。その時思ったんだよねぇ~。一緒にいたら、どれほど楽しい時間を過ごすことが出来るんだろうって」


 遊里さんは背筋をうーんと伸ばすと、


「でも、本当に吃驚しちゃったよ。まさかの両想いだったなんてね」

「じ、実は、ボクも遊里さんと話をするのが、楽しくて…。でも、こんなに可愛い人には絶対彼氏がいるんだろうなってそう思っちゃうと行動できなくて」

「アハハ…。陰キャ特有の負ける試合はしたくない、傷つきたくないってヤツね?」

「まあ、そうかな…。とにかく、ボクには勇気がなかったんだよ」

「でもよかった~。今思うと、隼は陰キャの中でも上級品だよぉ~。付き合いがクラスでオープンになってからみんなに言われるもん。いいカレシを見つけたねぇ~ってね。きっと、私の周りの女の子たちは超絶イケメン男子とか、チャラい男とかを求めてるわけじゃないんだよね。何だか、陽キャってそんなイメージ持たれてるけど…。私の周りの陽キャな子たちって、出来うる限り普通の恋愛をしたいんだって…。私が隼に告白してなかったら今度は別の人から告白されちゃってたんだよ?」


 確かに以前、社会見学の時にも遊里さんの友だちの雪香さんから言い寄られたことがあったな…。

 マシュマロおっぱいをグニグニされながら…。


「あ、今、雪香のこと思い出したでしょ?」

「え…。そんなことないよ!?」

「ふんっ! 顔に書いてあるもん! 確かに雪香のマシュマロおっぱいは抱きつかれたら、その柔らかさを肌が覚えちゃうかもしれないもんねぇ~」


 あ、怒ってる…。

 遊里さんはジト目でボクを睨みつけてくる。


「一番の敵はやっぱり雪香かしら…。凜華も翼くんと付き合い始めちゃって、私たち3人の中でフリーなのは雪香だけだもんね…」

「いや、それでもさすがに彼女付きな人に手を出しますかね?」

「雪香なら分からないわよ。シェアしようっとかぶっ飛んだこと言ってくるような子だもん!」

「ええっ!? そんな人なんですか?」

「うん、そうよ…。だから気を付けてね♡」


 その♡には絶対に圧が込められていますよね?

 それよりもボクも遊里さんが大好きだから、雪香さんに堕ちたりなんかしないって…。


「とにかく、隼と付き合い始めて色々と君のことを知れば知るほど、もっと好きになっちゃうし、一緒にいたいって気持ちを強くさせてくれるの!」

「あはは…、ボク、何かしてますかね?」

「いっぱいしてくれてるよ。でもね、隼はこれまでと同じ隼でいて欲しいな。何かをしようとしてくれている姿よりも、自然に無意識のうちに気にかけて、そっと小さなアクションをしてくれる男の子に女の子って弱いもんなんだから…」

「あい…。じゃあ、あまり意識せずにこれまで通りさせていただきます」

「うん、それでいいよ。私はそんな自然体の隼が好きだから…」


 そういうと、彼女はボクの唇にそっと自分のを重ねてきた。

 5秒ほどの短いキス。

 でも、目の前の彼女は普段のエッチなベロチューの時よりも嬉しそうな表情だった。




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