第112話 私はお兄ちゃんの馴れ初めを訊きたい!
アジの刺身となめろうですでに白飯を美味しくいただいてしまった私と瑞希の前に、今度は電磁調理器とすき焼き鍋を用意される。
いよいよすき焼きの始まりだ。
ここで菜箸を持ったのは、お兄ちゃんではなく遊里先輩!?
「遊里先輩ってお料理できるんですか?」
「楓ちゃん…、それはどういう意味かな? 回答次第では、楓ちゃんのお肉はナシにしちゃうけど?」
「うっ…」
私はお肉なしにたじろいでしまう。
するとお兄ちゃんがそこに割って入ってくる。
「遊里も料理が凄く上手くなってきているんだよ。以前から、一緒に学校のお弁当を持って行ったりもしていたからね」
「それに、私も色々と隼から教えてもらったりしてるもん! いつまでも彼氏ばっかりに頼っていられないからさ。あと、私、以前に関西に住んでいた時に伊賀牛のすき焼き専門店で食べさせてもらった味がいまだに忘れられないの」
「ということで、今日は遊里に色々とお兄ちゃんは教わったってわけ」
お兄ちゃんはニコリと微笑みながら、遊里先輩をフォローする。
(もう! だから、そういうのが夫婦っぽいって言ってるの!)
熱したすき焼き鍋に、牛脂をのせ、ジワジワと牛脂が溶けていき、良い香りを出す。
それをサッと鍋に広げると、そこに牛肉を数枚広げる。
ジュワッ!と音を立てて、牛肉のいい匂いが鼻孔を
こんなの絶対に美味しいに決まっている。
そこに砂糖、酒、醬油をサッと掛けると、両面を軽く焼くようにして、調味液に絡めるようにする。それをかき混ぜた生卵のところに入れて、私たちに提供してくれる。
「さあ、召し上がれ。関西では、こっちみたいに『割り下』で作るんじゃなくて、砂糖と酒と醤油で味付けするのが普通なのよね」
それは初めて知った。
以前、遊里先輩って結構「転勤族」だったみたいで学校を転々としていたみたいだけど、それは教育的に良くないというお母さんの一声でお父さんが単身赴任を選択したらしい。
で、関西にいたころにすき焼きを食べていたのがこの調理法らしい。
「うん! すごく美味しい! 甘辛さが割り下とはまたちょっと違うね」
「そうだね…。というより、すき焼きってすべて煮込んだ後に食べるもののイメージがあるから、こうやってお肉だけ味わうのは少し驚きかも」
私と瑞希は二人で素直な感想を述べる。
それほどまでに遊里さんの作るすき焼きは美味しい。
もう1枚、お肉を頂く。
それほど高い肉じゃないよ、と遊里先輩は念を押しているけれど、それでも赤みの部分が牛脂と調味液が絡み合って、美味しさが確実にアップされている。
こんなのマズいわけがない。
「へぇ~、こうやって食べるのも面白いね。今度からはすき焼きは遊里に任せよう」
「もう、隼…。ちゃんと隼も覚えてよ…」
「だって、その砂糖と酒と醤油の感覚って難しそうじゃない? 目分量で入れてるよね?」
「まあ、確かにそうだけれど、慣れちゃえば誰でもできるわよ。特に隼ならあっという間に覚えてしまいそう」
こうやって見ているだけで、ベストカップルだよねぇ…。
お兄ちゃんと遊里先輩が喧嘩しているって話は一切聞いたことがない。
別にお兄ちゃんがすべてを受け止めているわけではないと思うし、遊里先輩もお兄ちゃんのすべてを受け止めているわけではないと思う。
お互いが絶妙なバランスで維持されているってことに驚きを感じる。
遊里先輩は、鍋に新たにお肉を入れ、野菜、厚揚げを入れる。
て、厚揚げ?
「焼き豆腐じゃないんだ…。これも遊里先輩の提案?」
「ううん。これは私じゃないよ。これは隼の提案」
「え、お兄ちゃん、どうして焼き豆腐じゃないの?」
「いや、厚揚げって出汁を染み込むだろう? 和風の煮物とかにつかえるんだし。だから、すき焼きに入れたら、出汁が染み込んで美味しいかもって思って買ってみたんだよ」
「え? 思い付き?」
「うん、思い付き。でも、絶対に美味しいって!」
何、この自信!?
どうして初めての挑戦でそんなに自信をもって言えちゃうんだろう…。
遊里さんはせっせとすき焼き鍋に具材を入れて、そこに砂糖、酒、醤油をササッと入れると、蓋を閉める。
鍋からは良い感じにグツグツと音が聞こえる。
「じゃあ、数分待ちましょう♪」
「あ、あのいくつかその間に質問してもいいですか?」
「え? 私たちに?」
「あ、はい…」
瑞希が突如、お兄ちゃんと遊里先輩に質問を投げかけた。
「どうする?」と遊里先輩はお兄ちゃんの顔を見つめるが、お兄ちゃんは「別にいいんじゃない?」といった感じだ。
「あの、お二人が凄く仲が良いのは、今日、ここに寄せてもらって分かったんですけれど…。そのどうしてお付き合いされたんでしょうか?」
一瞬、部屋が鎮まる。
いや、鍋の沸々とした音だけが聞こえている。
うあ、コイツ、本当にストレートだなぁ…。
「うーん、つまり馴れ初めってこと?」
「あ、はい。そうですね」
お兄ちゃんが返すと瑞希はコクコクと縦に頷いた。
遊里先輩とお兄ちゃんはニヤリと微笑み、
「ボクは別に話してもいいけど、そっちも話してもらうからね?」
「あ、はい。そのつもりです」
「ええっ!? 私は納得してないんだけど…!?」
私はもう抗議する。
だ、だって私の馴れ初めを家族に聞かせるなんてどれだけ恥ずかしいことだと思ってるのよ!
瑞希は私の手をキュッと握りしめて、
「それ、お兄さんたちも一緒だと思うよ…。まあ、どこまで赤裸々なことまで喋ってくれるか、だけど…」
うう…。遊里先輩はちょっぴりポンだから、突っ込めば色々話してくれそうだけれど、これ逆襲も十分にあり得そうなんだけど…。
本当にすき焼きの味、覚えていられるのかな…、私。
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