第111話 仲睦まじい夫婦(将来)との晩御飯

 リビングに向かうと、夕食の準備をしてくれている将来夫婦になる予定の二人がいた。

 もちろん、お兄ちゃんと遊里先輩だ。

 二人は本当に仲もいいし、息もぴったりにテキパキと動いている。

 お兄ちゃんの指示も的確だし、遊里先輩も私の家のことをよく知っているからこそできるコンビネーションだ。


「あ、来た来た。楓はいつもの席に座ってよ。その横に、瑞希くんも座ってね。隣は恋人の方が気が楽でしょ?」

「え、ええ、まあ…」

「じゃあ、私はここだから…。ほら、瑞希はここよ」


 私が席を引いて、瑞希を促すと、本人はおずおずとしながら、席に着く。

 どうも距離感のつかめていない人には、まだまだ緊張するようだ。

 瑞希はというと、席に着くとテキパキと準備をしている二人の様子を眺めている。

 別に遊里先輩だけを見ているという感じでもないから、心配はしてないけれど、何を見ているんだろう…。


「どうかしたの?」

「え…。うん。あの二人ってまだ付き合い始めてどのくらい?」

「たしか、ゴールデンウィーク明けくらいから付き合ったはずよ」

「じゃあ、まだ3か月くらいってところなのか?」

「まあ、そうね…。3か月にしては、息もぴったりで見てる方が恥ずかしくなるくらい新婚みたいな感じでしょ?」


 瑞希は無言だったけれど頷き、再び、視線を二人の方にやる。

 時にはお互いが微笑み、談笑しながら食事を作っている姿。

 なんだか、家族として大事なお兄ちゃんを取られた気がしなくもない。

 瑞希は瑞希で違う感情を持ち合わせているようだった。


「…ど、どうかしたの?」

「いや、お前の言う通り、何であんなに仲いいんだろうって…」

「そうよねぇ…。たぶん、お互いを信用しきってるんだと思うわ…」

「ねえねえ、何の話してるのよ~。はたから見たら、イチャイチャの延長戦をここでやっているようにしか見えないわね」


 遊里先輩が意地悪そうに微笑みながら、冷蔵庫からお肉を持ち出してくる。

 私はぷぅっと頬を膨らませ、


「そんなんじゃありません。遊里先輩とお兄ちゃんが仲睦まじい夫婦のように見えるから、瑞希がお二人のことを私に訊いてきただけです」

「な~んだ、私たちのことか…」

「そんな詰まんなさそうに反応しないでください」

「だって、本当に詰まらない話じゃない。もっと私は中学生の初心うぶな恋愛事情ってものを知りたいのさ!」


 遊里先輩は拳を強く握りしめ、力強くかつ高らかに宣言する。

 いや、そんなに燃えられても!


「てことで、食事中はそういう話で盛り上がりたいと思うので、覚悟をしておいてね」

「いや、食事が美味しく頂けなくなっちゃうんですけれど…」


 私は反論するように呟いたが、遊里先輩は「ふふふ」と可愛らしく微笑んで、キッチンの方に向かってしまう。

 私は顔をひきつらせたまま、横の瑞希に顔を向ける。


「おい、俺の方に『どうすんの?』って顔をすんじゃねぇ…」

「う…。私の感情読めてるじゃない…」

「まあ、お前は分かりやすいからな…」

「えっと、バカにされてる? それとも冗談で言ってる?」

「好きに捉えてくれていいよ。ま、いいんじゃね? 俺もちょっとあの人たちの馴れ初めは気になるから交換条件で喋ってもらいたいし」


 そういえば、私もお兄ちゃんから馴れ初めなんて聞いたことなかった。

 確かに気になるといえば、気になるかも…。


「あんな綺麗な彼女さんをどうやって手に入れたか、気になるんだよな…」

「今の瑞希、すっごく意地悪な顔してるわよ…。それこそ、遊里先輩を奪い取りそうな悪い顔してる…」

「ヤンデレムーブすんなって。俺はお前のことが好きだから、それは絶対にないな。それに…」


 瑞希は、お兄ちゃんと談笑している遊里先輩をチラリとみて、


「あれは他の男についていくような人じゃないよ…。お前のお兄さんのことを一途に愛してるよ…。お兄さんに向き合ってる時の瞳が俺を見ているときと違うもんな…」


 ふーん、そんなに違うもんなのかな…。

 あんまり遊里先輩の瞳なんか見てなかったから分かんなかった。

 て、瑞希って本当にそういう人間観察が細かいのよね…。


「あ~、遅くなってごめんね。今日は楓から『すき焼き』って希望メニューが来たから、頑張って用意してみたよ」

「やっほー! お兄ちゃん、サンキュー!」


 私はテンションが上がってしまう。

 すき焼きは時間がかかってしまうから、我が家ではあまり料理として出してもらえることがない。

 でも、今日は瑞希もいるし、遊里先輩もいるから鍋物もOKらしい。


「で、早速始めようと思うんだけれど、その前にまずはこれを食べてよ」


 と言って、私たちの前に小皿を1つずつ出してくれる。


「ちょうど魚コーナーで旬の魚がお買い得だったんで、アジを買ってきたんだけど、すごく新鮮だったから、刺身にしてみたんだ」

「へぇ~、すごいね。まるで料亭みたい!」

「これ、お兄さんが捌かれたんですか?」

「え、うん、そうだよ。料理が好きでさぁ。失敗しながらもやってたら、上手くできるようになったって感じかな…」


 小皿には、アジの刺身が5切れほど。そして、その横にはアジのなめろうが添えられてあった。

 まずは味に醤油とショウガをちょっと添えて食べる。

 うん。青背の魚は臭味があるっていうけれど、新鮮だから臭味も目立たないし、ショウガがさっぱりとしていて美味しい。

 それに旬のお魚だから、脂も乗っていて、白ご飯が欲しくなってしまう。


「はい。楓、白ご飯が欲しいんじゃないの?」


 と言って、ご飯茶碗を渡してくれるお兄ちゃん。

 あ~、幸せ…。


「お前、お兄さんに完全に養われてるじゃないか…!」

「はっ! つ、つい、素の私になってしまった…。こんな姿、見られたくなかったなぁ…」


 あはは…と笑いながら、瑞希もアジの刺身を口に運ぶ。

 真面目な顔で咀嚼している姿はまるで、食事を評価されているそれに似ていた。


「これ、すごく美味しいですね」

「じゃあ、次はこのタレに付けてから食べてごらん」


 といって、私たちの前にタレの入った小皿が出される。

 見た目は醬油ベースのものに白ごまとネギが混ぜられてある。

 私と瑞希はそれにアジの刺身を付けて、口に運ぶ。

 ——————!?

 私たちは顔を見合わせて驚く。

 すっごく口の中に広がる醤油とごま油、そしてショウガの味と香り。

 さっきまでは醤油で刺身として食べていたのに、これはまるでユッケ!

 アジのユッケだ!

 白飯が進んでしまう。


「お兄さん…」


 瑞希が何かを言おうとする。

 すると、お兄ちゃんは「はい」とご飯茶碗を渡す。

 お前も欲しかったんかい!

 白飯が口の中からなくなるのを待ち、


「これ、すごく美味しいですね。これって思い付きですか?」

「まあ、世の中にはレシピで公開している人がいるかもしれないけれど、ボクのこの調味料の調合は自分の感覚かな…。アジに合うし、ご飯も食べたくなる味付け。どう、気に入ってくれた?」

「ええ、驚きました…。こんなに美味しいんですね、アジって」

「家でも作ってもらうといいよ。すごく簡単だから」


 私は続いてアジのなめろうを手に取る。

 なめろうと言えば、漁師の人たちが、船の上で獲ったばかりの魚を三枚におろして、ざく切りにして、調味料と混ぜ合わせながら、細かく叩いた料理だ。

 私はまずはそのまま食べてみる。


「ん!? これ何かすごい味!」

「え…? どういうこと?」


私の反応になめろうと食べようとしていた瑞希が一瞬怯む。


「すっごく美味しいんだけど、さっきのと違うパンチが利いてる感じがする」

「あ、ホントだ。醤油と味噌ですごく和のテイストの滑らかさもあるけれど…。これ、ニンニクですか?」

「さすが瑞希くん、よく分かったね。これはネットのレシピの受け売りなんだけどね。千葉県の漁師の人がこういう食べ方をしていたんだって。ボクもシンプルななめろうしかしなかったからちょっと実験的な気持ちで作ってみたら美味しくてさ」


 これだけで十分、おかずになってしまう一品だった。

 やっぱりお兄ちゃんは何をさせても上手くやってしまうんだなぁ…。

 ここからさらに大好物の「すき焼き」が始まる~~~~~っ!

 私はさらに心が浮足立ってしまった。


「楓…。お前、落ち着いて食べろよ…」


 そう瑞希にたしなめられたのであった…。

 くすん……。




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