第113話 遊里先輩は私たちの馴れ初めを訊きたい!

 お兄ちゃんから遊里先輩との関係なんて聞いたこともなかったから驚きの連続でもあった。

 まず、遊里先輩が去年、引っ越してきたときから気になっていたということ。

 それもお兄ちゃんが優しく勉強面でのサポートをしてくれるという自分にとって何の利益もないようなことを熱心にしてくれて、転校前までに学んでいなかった分野について丁寧に教えてくれて、その優しさからお兄ちゃんを気に掛けるようになったのだと。

 お兄ちゃんも学校の中でも今まで見たことがないくらいの可愛らしさをもつ遊里先輩に勉強を教えるということそのものはただ単に隣の席だったから、という単純な理由だったのだけれど、それ以上に、話をしていると何だか楽しくて、勉強を教えること以上に遊里先輩と会うことが楽しい日課のようなものになっていった。

 それって、両想いになったってことじゃないの!?

 でも、お兄ちゃんは陰キャだから、告白する勇気が湧くはずもなく、そのまま学年が上がってしまい、高校2年生になってしまう。

 そこでゴールデンウィーク明けのある日、遊里先輩は屋上でお兄ちゃんに告白。

見事、恋人同士になった。

でも、残念なことにその後、クラス内でのゴタゴタで付き合っていることそのものを隠さなければならなくなった。

と、まあ、本当に残念な恋愛生活のスタートだったようだ。

けれど、の我が家で愛を育み、数日後にはお互い初体験まで済ませてしまうというスピード技。


「お兄ちゃんって、節操がないんだね…」

「違うよ! 何だかいい雰囲気になって、その…、遊里とキスをしてたら、そのままお互い流されちゃったんだよ…」

「エッチぃっ!」


 つまり、お兄ちゃんと遊里先輩は両想いのまま、何も大きな問題が起こることなく、付き合うことになったという…。

てか、お互い好き過ぎて、それ以降、激しい夜を何度か私は見てしまっているわけだよ…。

うーん。愛し合い過ぎなんだよなぁ…。

だって、お互いケンカしたことないんだもん。

少しくらいは喧嘩したりするだろうに…。全く喧嘩がないなんて普通あり得ないし、私ですら、瑞希とは喧嘩をすることもある。

まあ、些細なことだから、お互い話をすれば分かり合えてしまうんだけれどね…。

いや、でも、喧嘩ゼロはありえないでしょ!?

お互いどれだけ仏の心があっても、感性とかすれ違う瞬間ってあるでしょうが。


「ねえねえ、答えられないなら、答えなくてもいいんだけどさ…」


 私は申し訳なさそうに、二人に質問した。


「その…エッチの相性ってどうなの?」

「え? もう、最高だよ♪」


 ブッ!

 ああっ!? 瑞希には刺激が強すぎた!?

 鼻血をぶっ放しながら、倒れてるんだけど!!

 どんだけ最高の笑顔で、しかも瞬間に答えるのよ!!


「ああっ!? 大丈夫? 瑞希くん!」


 お兄ちゃんが近くにあったティッシュを数枚取り、瑞希に渡してくれる。

 瑞希は「え、ええ、まあ…」と言葉少なめに鼻血を止め始める。


「もうね、隼との相性ってバッチリなの…。幸せが溢れ出てきちゃって、さらに好きぃっ!ってなっちゃう感じ~♪ もうね、大好きホールドしまくりよ♡」


 瑞希の鼻に詰めたはずのティッシュがすでに真っ赤に染まりあがっている。

 コイツ、そのうち、貧血で倒れるんじゃね?

 ちょっぴり恥ずかしいのか、顔をほんのりと赤らめながら、返答する遊里先輩。

 お兄ちゃんは、まあ、少しは恥ずかしがってるけど…。別に夜の営みを細かく説明しているわけではないからか、大丈夫らしい。


「そ、その、中学生にはなかなか刺激が強いですね…」


 私はおずおずと返事をすると、遊里先輩はあっけらかんとした表情で、


「まあ、そうかもしれないけれど、でも事実を答えたまでだから、仕方ないわよね。そ、それに私、隼の匂いをくんくんしちゃうと、キュンキュンしちゃうから…。あ~、恥ずかしい♪」

「ええっ!? 特殊性癖まであるんですか!? てか、これまでのも十分恥ずかしい内容だと思いますけれど!?」

「え、そうなの? 全然そうは思わなかった。たぶん、瑞希くんのお姉ちゃんも翼と結構激しいのしてるはずだし」


 いや、人の恋路の話はどうでもいいです。

 その情報って、単に妄想助かるってだけだし…。


「まあ、楓ちゃんもお兄ちゃんは陰キャだから積極的じゃないなんて思ってたらダメだよ。隼も獣みたいになっちゃうときもあるんだから♡ あ~、今日も楽しみ♪」

「ええ!? お兄ちゃんがですか? 想像できない…」

「まあ、想像もできないだろうし、襲ってもらうわけにもいかないから、楓ちゃんには知らない世界でいいかもね~」

「まあ、そうなんですけど…。て、今日もヤるつもりですか!?」

「え? ダメなの? 朝から課題やる前に彼氏とラブチューしてからの一戦交えている人たちに言われたくないけど…?」

「う、うぇっ!? そ、それは…その……」

「ま、私たちの方がちゃんと落ち着いた夜に一戦……いや、五戦くらい交えるだけなんだから、健全な性生活よ♪」

「五戦は交わりすぎでしょ…」


 私が突っ込む目の前では、お兄ちゃんが遊里先輩の方を見ながら、「五戦…!?」って呟いてるんだけど…。

 て、遊里先輩って絶倫なの!? いや、交わえちゃうお兄ちゃんもそうか…。


「大丈夫♪ 枕クンクンしちゃうから、声も漏れないよ♪」


 いや、そうであってもこんな宣言聞かされたら、夜が寝れなくなっちゃうんですけれど…。


「さあっ! すき焼きが煮込めたわ。早速食べましょう。もちろん、ここからは楓ちゃん達の馴れ初めを聞かせてもらうけれどね♪」


 え………?

 やっぱり、そうなるんだろうか。ちょっと、嫌な予感はしていた。

 こんなにスラスラと自身たちの馴れ初めを話してくるなんて思えなかった。

 ほ、本当にすき焼きの味が分からなくなっちゃうかも…。

 て、瑞希はいつまで鼻血だしてんのよ!?



 私はクツクツと煮込まれているすき焼きのお肉を取り、溶き卵にくぐらせて、口に運ぶ。

 うん。甘い。

 砂糖の甘いじゃなくて、肉の旨味という部分での甘さがある。

 割り下を使わないで調理してくれた遊里先輩も凄いけれど、このお肉…、お兄ちゃんたちは普通のお肉って言ってるけれど、絶対にちょっと奮発してると思う。

 だって、お肉が硬くなるのではなく、程よい柔らかさが維持されているのは、それなりにサシが入っている証拠だと思う。

 それと厚揚げ豆腐をいただく。

 すき焼きに厚揚げって私にとっては初めてすぎて、どうなのかと思うんだけど…。

 口に運んだ瞬間、ジュワッと厚揚げ豆腐からすき焼きの出汁が口の中に広がる!


(何これ!? 普通の焼き豆腐よりもすき焼きの味が染み込んでいてすっごく美味しいんだけれど…!!)


「うん、想像以上に厚揚げ豆腐っていけるね」


 お兄ちゃんも同じ感想だ。

 それを聞いて、遊里先輩も厚揚げ豆腐を口に運ぶ。熱かったらしく、ほふほふと冷ましながら食べている。


「凄く味が染み込んでいて美味しい! これを知ったら、焼き豆腐をこれから入れなくなっちゃうかも…」

「完全にすき焼きのお出汁が染み込んだ煮物だよね」


 確かにそうだ。

 この厚揚げ豆腐は明らかにすき焼き出汁で煮込んだ煮物なんだ。

 でも、すごく美味しい。


「じゃあ、そろそろ訊いちゃおうかな…。楓ちゃんと瑞希くんの馴れ初めについて…」


 私はお肉を食べていた笑みが一瞬で固まる。

 目線だけ瑞希に送る。

 瑞希は何食わぬ顔をしている。

 すっげー余裕ね。


「どちらが話してくれるの?」


 遊里先輩は楽しみに待つ子どものような表情で私たち二人を見ていた。




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