第108話 私たちだって背伸びがしたい!

「ほら、これでこの問題は解きやすくなっただろ? 考え方がどうしても固くなりがちだけれど、落ち着いて考えてみると、参考書の凝り固まった解き方よりも、冷静に対処できる楓ならば、こっちで解いた方が分かりやすいだろうな…」


 瑞希は私に一般的な解き方と別解の2つを教えてくれた。

 私にとっては、一般的な解き方は参考書で見たことのある解き方だったけれど、別解については初見で、すべて驚くものばかりだった。

 とはいえ、気づくことが難しいものではなく、「ああ…確かに…」と納得させられるものばかりだった。

 いわば、初級編のウォーリーを探せのような感覚だった。


「瑞希って本当に教え方、上手いわねぇ…。お兄ちゃんも上手いけれど、何だか瑞希は私に合わせてくれているって感じがする…」

「まあ、別にお前のお兄さんも丁寧に教えてくれてるとは思うよ。参考書のお前の殴り書きを見る限りではな…」

「じゃあ、何が違うんだろう…」

「結局、兄妹きょうだいか、恋人同士かの違いだろう?」

「ん? 何だか、難しいなぁ…それ」

「まあ、俺にも分かりにくいけれど、一つ言えるならば、お兄さんは高校生だから、余計な知識も学んでいるだろうから、そこが邪魔してるのかもな…。結局、俺とお前の場合ならば、同い年だから、そういう余計な部分を省いた状態で教えられるから目線が一緒なんだろうな」

「あ~、そう言われると、何だか納得できてしまうなぁ…」


 私は「なるほど」と頷く。


「それと、お互いをどれだけ知りえてるかってこともな…」


 瑞希はそういうと、私の耳元にふぅっと息を吹きかけてくる。

 私はこそばゆくなり、肩をひそめる。


「もうっ! 何してんのよ…! お兄ちゃんに見られたらどうすんのよ!」

「ん? 別にいいんじゃない? あっちも同じことやってるだろうし…」

「そういう問題じゃないの! 私には私の在り方というものがあって…」

「あー…でももう遅いかも…」

「何でよ!?」


 と、私が振り向くと、それに気づいた。


「遊里先輩が見ちゃったみたいだし…」


 そう。私の視線の先には遊里先輩のお顔が有られる…。

 な、何でそこにいるの!?


「ご、ごめん…。勝手に入っちゃまずいよね…。昼食をどうするか、聞きに来たんだけど…。あ、今、お取込み中だったんだよね…」


 遊里先輩は申し訳なさそうに両手の前でゴメン!と手を合わせている。

 瑞希はあんまり気にしていないようで、


「あ、大丈夫です。すでに一戦はだいぶ前に交えましたので、もうお取込みはありません」

「て、アンタはなんで余計なこと言うの!?」

「あれ? もう、ヤっちゃってたの? これはこれは、お姉さんたちよりも早いねぇ…。まだ午前中だよ。最近の中学生はお盛んねぇ~」

揶揄からかわないでください! ちょっとした成り行きでそうなってしまっただけです!」

「いや、まあ、エッチというものは大体そういうものよ…。楓ちゃん、お隣りにいたけど、全然声聞こえなかったよ!」


 遊里先輩のニコニコ笑顔が何だか無性に腹が立つ。

 それとコイツ! と私は瑞希を睨みつける。

 しかし、瑞希はどこ吹く風といった表情をしながら、


「それは枕に顔を押し当てて、声を殺してたからですよ」

「あ~、そうなんだぁ~。まあ、私もたまにやるかも…。私の場合は、枕に染み付いた隼の匂いでさらに興奮しちゃうんだけどね♡」

「遊里先輩ってエッチですね…」

「こらこら、初対面のレディーに対して、そういうことを指摘しちゃダメだぞ。君の彼女もそこそこの好きモノなんだから…」

「あ、それは分かってます…」

「いい加減にせんか―――――――い!」


 はい。キレました。

 残念ながら、私、楓ちゃんはキレちゃいました。

 私は恥ずかしさと怒りから顔を真っ赤にしながら、枕で瑞希と遊里先輩を殴りつける!


「あはは…ごめんねぇ~、楓ちゃん」

「全然、反省してないでしょ――――――っ!!」

「そんなことないって…。ちゃんと隼には黙っておいてあげるから」

「いや、ボク、もうここにいるよ」

「お、お兄ちゃん!?」


 私は驚きの声を挙げるしかなかった。

 そこには確かにお兄ちゃんが申し訳なさそうな顔をしながら、ドアのところに立っていた。


「お昼ご飯をどうするのか訊こうと思ったんだけど、遊里の声がすでに聞こえてたから、部屋に来てみたら、何だか騒いでいたから…」

「お、お兄ちゃん…どこから聞いてたの?」


 私はフルフルと震えながら、お兄ちゃんに訊く。

 お兄ちゃんは頭をポリポリと掻きながら、


「ごめん。瑞希くんが一戦交えたって言ってたところから…」


 それって全部じゃん!

 お兄ちゃんも同罪じゃん!!

 うわあぁぁぁぁぁぁぁぁん………

 もう、心が本気で涙流し始めてるよ、私。


「そ、その、ゴメン…。私も別にそんなつもりはなかったのよ…。罪滅ぼしにお昼ご飯は、私たちで奢るから…。ね? ね? 何がいい?」


 私は息を整えながら、枕をポトリと床に落とす。

 音を立てずに遊里先輩に近づき、肩を鷲摑みする。


「ひぃっ!? な、何なになに!?」

「何でもいいんですね?」


 私は念押しで確認する。

 遊里先輩は一瞬だけお兄ちゃんの方を見るが、そのあとすぐにこちらを向き、うんうんと頷く。

 私はそれを確認すると、ローテーブルに置いてあったスマホを取って電話をした。



 私と瑞希、お兄ちゃんと遊里先輩は、リビングにあるダイニングテーブルに仲良く座っている。


「では、いっただっきまーす!」


 私の元気な一声は、遊里先輩をさらにガックリとさせた。

 目の前には煌びやかなお寿司♪

 しかも、上握りのセット! 一人二千円にもなる。


「隼…、お財布空っぽだよ…。夏休みにバイトしたほうがいいかも…」

「まあ、今回のはかなり痛い勉強代になりましたね…。ボクも半分出したとはいえ、さすがに痛い出費です…」

「これからは楓ちゃんの性事情は深く介入しないようにするわ…」

「先輩、深くじゃなくて、一切介入しないでください! これは私と瑞希の問題ですから」

「うう…。分かったよぉ…」


 私は上握りセットをしっかりと堪能させていただいた。

 さあ、これで昼からも夏休みの課題を頑張るぞぉ~!


「美味しいねぇ~? 瑞希?」

「う、うん…。お前なかなか怖ぇ女だよな…」

「大丈夫だよ。瑞希の前では、甘い甘い恋する乙女な楓ちゃんなんだから…」

「遊里先輩の脅迫の仕方から見たら、絶対に俺、裏切ったらお前、ヤンデレ化するパターンじゃん…」

「まあ、それはあり得るかな…。だって、お互い一途って確認し合ったじゃない!」

「お前、本当に外堀から綺麗に埋めていくよな…。策士だよな…」

「もう! 彼女をもっと可愛がってよ♡」


 そのやり取りを見ながら、遊里先輩とお兄ちゃんは無言のまま、お寿司を突っついている。

 何か言いたそうだけど、言ったらヤバいと思っているのか、何も言いだそうとはしなかった。

 まあ、この状況下ではそれは複数解答の中の最適解なんだろうけどね。

 ふふふ。私を怒らせちゃ、ダメなんだから♪



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作品をお読みいただきありがとうございます!

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