第65話 妹は兄に教わりたい。

 エレベーターで遊里さんと別れて、ボクと楓は、自室に戻った。

 色々と話が出来て有意義な遅めの夕食はボクにとっては、妹と彼氏くんとの馴れ初めなんかがまさか聞けるとは思っていなかったので、ガールズトーク様様だった。

 リビングの照明を付けて、ソファに体重を任せる。


「こういう晩御飯もたまにはいいね」

「うん。美味しい食事は最高だよ…。あ、でもちょっと気持ち的に不安定になりそうだったかも…」


 え、何で!?

 今回の晩御飯に何に問題があったって言うの!?

 ボクは、眉をひそめながら、楓の方を見る。

 楓はソファに座らずにボクの前で腕を組んだまま立っている。

 その顔は頬を膨らませて、むぅっ!と怒りを滲ませている。

 うーん。どこがいけなかったのか分からない。

 ボクが鈍感なだけかな…。


「そうね…。お兄ちゃんは鈍感すぎる!」


 ボクの心を見透かしたようなことを言い出す楓。


「私は前から言ってるけど、私はお兄ちゃんも捨ててないんだからね!」


 あ~、最近はひた隠れていたブラコンが出たんだ…。


「私の前で、あんなにイチャイチャしているの見せつけられたら、普通妬いちゃうわよ!」

「そ、そんなにイチャイチャしていた?」

「んぬぬ…。まさかのそこすら気づいていないとは…」

「ああ…ごめんって。きちんと埋め合わせをするから。許してよ、ね?」

「ふふふ…。お兄ちゃん、言ったね?」

「…えっ!?」

「埋め合わせについてはすでに考えてあるんだぁ~」


 楓はボクを見下ろす。その顔は意地悪に微笑んでいた。

 もう、嫌な予感しかしない。


「あと1週間、私に期末テストの勉強を教えてね!」

「え……、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 いやいや、それはさすがにマズい!

 何がマズいって…。ボクもあと1週間で期末テストだ。

 期末テストは中間テストより教科が多いから、なおさら面倒だ。

 にもかかわらず、遊里さんに指導して、楓にも指導するとなると一帯、ボクはいつ勉強すれあいいの!?

 遊里さんと勉強しているときだけじゃあ、明らかに足らないんだよ!

 しかも、家事全般もこなさないといけない。

 いやぁ…。これはさすがに無理がある。


「ぼ、ボクの勉強は…?」

「お兄ちゃんならきっとやれるよ! ユー キャン ドゥーイット!」


 楓はサムズアップしながら、ボクにはにかんだ笑顔をして見せた。

 いやいや、死んじゃう可能性が大きいよ。

 ボクは顔に青筋を浮かべながら、顔を引きつらせた。



 楓が先にお風呂に入るというので、ボクは早速計画を変更して、勉強を進めていく。

 空き時間はすべて自分のテスト勉強に使おう。

 そうでなければ、自分の睡眠時間が無くなってしまう。

 それは絶対に成績に悪影響が出てくる。

 それに遊里さんも前回からものすごく成績を向上させている。

 そこから考えれば、ボクも頑張らないと一気に成績を下降させてしまうだろう。

 静かなリビングにシャーペンの芯がノートをこする音のみが響く。

 妹がお風呂に入る時間はだいたい30分程度。

 その間にできることを一気にこなしてしまう。

 家でやるのは暗記系が向いているかもしれない。

 図書館でやるのはどちらかというと演習系に時間をかけた方が良さそうだとやり始めて感じた。

 そこで制約された時間をどううまく活用するかを考えながら取り組むことにする。



 リビングのドアがガチャッと音がして開き、楓が入ってくる。

 髪の毛はまだドライヤーをしていないようで艶やかな感じだ。


「お兄ちゃん、お先に~」

「え? ああ、もうそんな時間か…。ゴメンゴメン、集中していて、時間が経つのも忘れていたよ…」

「お兄ちゃん、もしかして、待っている間に課題やってたの!?」

「え、うん、そうだよ。今やっておかないと、また明日に影響が出ちゃうからね」

「で、でもちょっと無理しようとしてない? やっぱり私、自分だけで勉強した方が良いかな」


 楓は心配そうにボクを見る。

 ボクは、手を横に振り、


「大丈夫、大丈夫。心配されるほどボクはとろまじゃないよ…」

「ま、まあそれならばいいんだけど…。私も家事手伝おうか?」

「それは助かる部分もあるけど、洗濯物も結局二人分だからそれほど手間がかからないからね。お風呂に入って、雑用をこなしている間に洗濯物も干せる状態になってくれるから」

「わ、わかった…。じゃあ、明日から夕食後に分からないところ教えてね」

「いいよ。特に理科を重点的に教えてあげるよ…。楓はちょっと理系が弱いからね」

「さすが、お兄ちゃん…。そこまで分かってるんだね」

「伊達にお兄ちゃんやってないってことだよ。明日も朝練あるの?」

「うん。夏休みに入るころに大きな大会があるから、基礎練が朝にあって、夕方は1時間に絞って、やるって感じ。だから、早めに帰ってこれるかな」

「そっかぁ…。ボクは今週は放課後、図書館で勉強しているから、先に帰ってきて勉強しておいてくれると助かるかな。ボクが帰ってきて、夕食後に分からない部分を指導するって感じでどう?」

「うん。私はそれでいいよ。ありがとう、お兄ちゃん」

「どういたしましてって、まだ何も教えてないけどね…。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 言って、妹はリビングを後にして自室に戻る。

 さすがに今日は疲れているのか、そのあと妹の部屋から物音はしなかった。

 ボクは勉強道具をテーブルにまとめると、浴室に向かう。

 ボクはあまり長風呂をするタイプではないので、ササッとお風呂を済ませる。

 ドライヤーで髪の毛を乾かし、リビングに戻る。

 もうすでに時計の針は0時を過ぎていた。

 妹は明日も朝練があると言っていたので、早めにお弁当を用意しておかなければならない。

 そこから逆算すれば、ボクは5時半には起きなくてはならない。

 ボクらのお弁当と朝食を用意しなくてはならない。

 さすがに今週は凝ったお弁当は無理だから、明日は手抜き第一弾! オムライスを作ってしまおう。

 そこに冷凍食品のコーンクリームコロッケとカニクリームコロッケを入れておけば十分な昼食となる。

 ボクは2人分の弁当箱をキッチンに用意すると、そのまま自室に戻り、眠ることにした。

 眠る前にチカチカとボクのスマホのLEDランプが点滅していた。

 LINEが届いているようだ。

 LINEを開くと、遊里さんからだった。


『今日の夕食は楽しかったね。色々と話が出来て楓ちゃんのことがまた少し分かり合えたかも…。明日も放課後、図書館でご指導お願いいたします。(ペコリ』


「もう寝てるかもしれないなぁ…。まあ、返信しないのも失礼だし、返信だけしておこう」


『ボクもこれから寝ます。明日からは家で楓の期末テストの家庭教師をすることになっちゃった…。大変だけど、お互い頑張ろうね!』


 送信すると、すぐに『既読』がつき、また数秒後に返信が返ってくる。


『え~? いいなぁ~家庭教師!! 私も隼に家庭教師してもらいたいよ~』


 メチャクチャ甘えてるじゃないですか…。

 ボクはふふっと微笑むと、返信を入力して、送信する。


『遊里の家庭教師は学校で3時間みっちりとしてますよ!それよりもボクの勉強の時間をどうしよう!←対策済』


 またすぐに『既読』が付くと、すぐに返信が届く。


『さっすが、隼! もう対策打ててるってのは本当に驚きね! じゃあ、また明日ね!おやすみ!』


 ボクもすぐに『おやすみzzz』と打って返信した。


 ボクもさすがに睡魔に襲われてきて、ベッドに横になるとそのまま深い意識の底に沈んでいった。



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