第64話 妹は気になりだしたら止まらない。
「そういえば、遊里先輩はどうして、お兄ちゃんなんかを好きになってしまったんですか? 高等部にはもっと他にも素敵な人がいるじゃないですか」
チキンソテーを丁寧にナイフで切りながら、楓が遊里さんの方を見ながら言った。
「ねえねえ、楓…。言葉の端々から聞き捨てならないような言葉がボクを刺してくるようなんだけど、まだ怒ってるの?」
「いいえ、怒ってなんかいません。私はただ純粋に、お兄ちゃんがどうして学園一の美人と付き合ってしまったのかということが気になって仕方がないだけです」
「うーん。やっぱり引っかかるね…」
「それに、お兄ちゃんが好きだったのは分かるけど、まさかの両想い…。しかも、遊里先輩から告白なんて、お兄ちゃんには勿体なさすぎる!」
「ねえ、ボクの男性としてのレベルって最下位か何かだと思ってるの?」
「お兄ちゃんは黙ってて! 私は遊里先輩に訊いてるのよ」
そう言って、切り分けたチキングリルを口にパクリと運ぶ。
楓の視線を向けられた遊里さんは少し頬を赤らめながら、
「うーん…。何だか、隼がいる前で言うのは恥ずかしいなぁ…」
「もう、エッチもいっぱいしているのに、それでも恥ずかしいと言いますか…」
「あはは…。まあ、そうなんだけどね。こういうのってエッチとは同じじゃないんだよ。楓ちゃんと瑞希くんのそれとは違うからなぁ…。まあ、いっか。こういう機会もなければ、話すことでないだろうから話してあげるよ」
遊里さんのグリルプレートがほとんど空になって、フォークとナイフを置くと、ゆっくりと話し始めた。
「楓ちゃん、実は、私が隼を好きになったのは、転校してきてすぐだったんだよ」
「え!? 転校してすぐですか? 影がうっす~いお兄ちゃんによく照準合わせれましたね」
ねえ、やっぱりボクのことディスってない!?
メチャクチャ、ディスられてると思うんだけど!
ボクは複雑な表情をしながら、ビーフシチューを口に運ぶ。
「まあ、確かに隼は陰キャ仲間に属しているから、クラスでもそんなに目立ってはいなかったんだよ…。逆にサッカー部の伊藤のような陽キャでグイグイ来るやつの方が、まあ最初は話しやすかったりするんだよね…。伊藤みたいに下心しかないヤツもいるけど…」
「ですよね…。でもね、1年の3学期に転校してきたとき、ちょうど隣の席になったの。ちょうど、転校したときってなかなか授業についていけなくてさ。結構、アタフタしてたんだよね。しかも、そういうときって伊藤みたいなやつは何にも協力してくれないから、本当に困ってたの。そしたらさ、横からこっそりノートのコピーくれたり、遅れていたところとかを休憩時間にこっそり教えてくれたの」
「あ~、そんなこともあったような気がしますね…」
「うん。今みたいにじっくりと教えてくれるわけではないんだけど、要点となるポイントを教えてくれてね。それだけでも助かったの…。何も私からお願いしたわけじゃないのに、わざわざそんなことをしてくれるってなかなかないから、私すごく驚いちゃって…。それで、急に隼のことを意識し始めちゃったの」
「お兄ちゃんもやるねぇ~」
楓はニヤニヤと笑いながら、ボクの方を見る。
「ボクはそのころはあんまり遊里を意識してたわけじゃなくて、転校してきて大変そうだから、助けてあげないといけないよな…って気持ちで教えてあげただけなんだよ」
「お兄ちゃんの普段から周囲に困っている人がいれば、すぐに助けちゃうという行動が出ちゃったわけね」
「まあ、そういうこと」
「で、それが遊里先輩の心にズキュン!って刺さっちゃった、と?」
「うん! もう、隼のことが気になって気になって…。もう、正直そのころから伊藤なんてどうでも良かったの。だから、2年になったときに、告白されたんだけど軽く振っちゃったの。まあ、しつこい奴だったから変な噂流されちゃったけどね…」
「もしかして、高2になったときに同じ日本史係になったのも?」
「うん! 隼がどんな人なのか身近で観察もできるし、日本史係って色々と先生から仕事振られて大変って聞いてて、それを1年の頃から隼がやってたのは知ってたから、きっと2年でもやるかなぁって思ったら、本当に手を挙げたから、じゃあ、私もやっちゃう! って感じでなったの…。おかげで4月の間に色々と隼とも話が出来たし、だんだん会話をしていたら、隼が私のことを意識してるんじゃないかなぁって言葉の端々から伝わってきたから、ゴールデンウィーク明けには告白したい! って思って告白したんだよ」
ボクもさすがにそこまで遊里さんが思ってくれていたなんてのは知らなかった。
確かに1年の時から彼女は美人で人気があった。
転校してくるなり、橘花さんたちの陽キャ仲間と一緒にグループになって、食事を取ったりしているのもよく見ていた。
彼女と話が出来ればどれだけボクも幸せなんだろうと想像した。
隣の席だったことと、クラスの中でも成績上位者だったボクは無意識のうちにクラスの他の子たちがしてなかった『勉強』という分野で彼女とお近づきになり、それに助けたい一心で彼女にノートのコピーなどを用意してあげた。
日本史係もそうだ。
ボクが選ばれた後、もう1人がなかなか決まらない時に、遊里さんが自ら手を挙げて、「私、やってみたいと思います」と言ってくれた。
色々な授業用の道具やレジュメのプリントなどの荷物を運びながら、色々と話をした。
ボクにとって彼女との会話は夢のようなことだったから、舞い上がっていたのか、あまり会話の内容は覚えていない。
でも、ボクの前では、陽キャグループでする笑い方と同じ顔をしてくれたのは今でも覚えている。
ボクとの話を心の底から喜んでくれている、そんな表情だった。
ボクはその表情を見るたびに、彼女のことが好きになっていったし、同時に不安にもなっていた。
それはボクが告白してもいいんだろうかっていう不安だ。
彼女は果たしてボクでいいのだろうか…。彼女の気持ちがわからなかった。
陰キャだからとか関係あるのかどうかわからないけど、不安な気持ちでいっぱいだった。
この良好な関係を潰したくない…。
潰さないためには、下手に告白しない方が良いのではないだろうか。
ボクは自然とそうやって気持ちを落ち着かせ、普段の生活を送っていた。
そして、ゴールデンウィーク明けに屋上に遊里さんに呼び出されて、
『あ、あのね…。…前からさ……、清水くんの…こと…が……好…き……だったの……。清水くんが良ければ、お…お付き合い……してもらえないかな……』
本当にボクの脳細胞はエラーを起こして、停止した。
まさか、彼女の方から告白してくるなんて思わなかった。
でも、すごく嬉しかった。
ボクがこれまでで一番好きになった女の子から告白してもらえたんだ。
「ボクも遊里のことが好きだったけど、勇気がなくて告白できなかった。そこだけは悔やんでいるよ。ボクも男らしいところを見せたかったなって…」
「ふふふ。でも、付き合い始めてから色んなところで、隼の男らしさは見せてもらえているから、私は満足してるよ」
ボクと遊里さんはお互い顔を見合わせると、お互い満面の笑みでそれぞれ返す。
楓はボクら二人を不満そうな表情をしながら見つめる。
「結局、二人がラブラブしてるだけじゃん! う~~~~~、妬いちゃうわよ、こんなの見せられた!」
それに対して、遊里さんは優しい表情を楓に向けて、
「ふふふ。でも、楓ちゃんも学校では瑞希くんと同じなのよ。茜が言ってたよ。水泳部の時の表情と瑞希くんと一緒の時の表情は全然違うんですって。茜も最近、彼氏を欲しがり出したのは、楓ちゃんの変化も原因のひとつかもしれないわね」
「ええ!? 私って瑞希の前だとそんなに違うんですかね…」
「うーん。私たちはまだ見たことないから、何とも言えないけど、茜から見るとそう見えるみたい」
「私も変わったってことなんですかね…」
「兄から見てどう思う?」
「うーん。今までで『お兄ちゃんお兄ちゃん』ばかりだったのが、それが減ったので楓が変わってきているってのは気づいていたよ。まあ、少し寂しさもあったけど、でも、楓にとってパートナーが出来ることは、悪いことじゃないし、楓がさらに成長することができるからね…」
「親離れみたいな心境って感じかしらね…? まあ、好きって力はそうやって人を強くしてくれる勉強の一環なのかもね…。あ~、なんか辛気臭い空気になっちゃったわね! 楓ちゃん、スウィーツ食べない?」
「ええっ!? 今から食べるとさすがに…」
「和風の新作スウィーツもあるわよ」
「ゔ…。それはいただきたい…」
楓は頭を抱えながら、苦渋の決断をしたのであった。
まあ、甘いものは別腹っていうしね…。
遊里さんと楓さんは一緒に届いたスウィーツを楽しんでいる。
周囲の人たちからも羨まれるような美少女二人が、互いの気持ちを語り合えた、互いが知らなかった気持ちを理解できた、そんな貴重な夜になった。
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