第66話 ボクらの未来。そして、ひとつの選択肢。

「ふあぁ~~、おはよ~」


 楓が眠たそうに目を擦りながら、リビングに入ってくる。


「あ、おはよう、楓」

「お兄ちゃん、早いね…。ちゃんと寝れた?」


 楓は自分の勉強を見て欲しいと言いだした本人だが、兄であるボクの体調に関しても少しは心配してくれているようだ。

 ボクはキッチンから顔をヒョッコリと出すと、


「ああ、大丈夫だよ。普段と同じくらいは寝れたと思うし、身体は動いているから問題ないよ。ああ、あと、もうお弁当は出来てるからね」

「あ、ありがとう…」


 楓は顔を少し赤く染めた。

 兄の優しさにちょっと恥ずかしさを覚えた。

 でも、ボクはそこまで気づいていない。


「朝食のハムエッグももうすぐできるから、席に着いてて」

「あ、ありがと」


 ボクはハムエッグをお皿に取り分けると、2人前をもってダイニングテーブルに持っていく。

 食パン、ハムエッグ、軽めのサラダ、コーンスープ。

 ボクにとっては少し早い時間だけれど、楓と一緒に食べることにした。


「今日も、ボクは放課後に図書館で自習をして帰ってくるから、帰宅は7時ごろになると思ってね。そのあと夕食をとったら、楓の勉強を見てあげるから。先に帰宅したら勉強しておいてね」

「うん。分かった」


 ダイニングに少しだけ間が生まれる。

 ボクはまだ頭がしっかりと動いていないので、無意識で食事を取っている状態だ。

 妹は時間を気にしながら、ハムエッグを食パンに載せて食べている。


「そういえば、お兄ちゃんって図書館で遊里先輩と勉強してるの?」

「え? うん、そうだよ」

「ちゃんと集中できてる? ニヤニヤ」


 すでに心の声が普通に言葉になってしまっているんだけど…。

 ボクはふぅっと一息ついて、


「ご心配は無用。ボクらも大学受験の関係で勉強しておかないといけないからね…。3時間は休憩以外全く話もなしだよ。そもそも図書館を選んだのも、静かだからという部分もあるんだから」

「まあ、ウチの図書館って防音に関してはバッチリだもんね。そりゃまあ勉強もはかどるか…」

「うん。これまでは駅前の図書館の自習ブースを使っていたんだけど、やぱり子どもの声が少し気になってね…」

「あ~、何となく分かるかも…。気になりだしたら、集中力が一気に下がっちゃうしね…」

「そう。で、昨日初めて使ったら思いのほか良かったから、今日も使おうって話になってるんだよ」

「ところで…、やっぱりお兄ちゃんって大学は国公立を狙ってるの?」

「うん。まあ、一応今はそんな感じ…」

「とはいえ、このあたりには国公立大学はそれほどないけど、どうするの?」

「うーん。一応、地方にはなるけど、やりたい学部があればそういったところの国公立大学を考えているよ」


 そこまでボクが言うと、楓はお箸を口に咥えたまま固まってしまう。

 その目は見開いていた。

 あれ? ボク、何かおかしなこと言ったのかな。


「お兄ちゃん、地方大目指すの?」

「う、うん…。今のところはそのつもり…」

「じ、じゃあ…。あと1年半くらいでお兄ちゃん、この家を出て行っちゃうってことだよね…」

「―――――――!?」


 そ、そうだった…。

 あと1年半で受験が終了すれば、大学に進学する予定だ。

 となると、1年半後にはボクはこの部屋を出て行き、どこかの寮に入ることになるかもしれない。

 そうなると……。


「も、もしかして、私、突如の一人暮らしになっちゃうの?」


 楓は微妙に困惑した表情で、ボクに訊いてくる。

 ボクもそこまで深く考えてなかった。

 確かにボクが出て行くことになるから、妹はこの部屋に一人で生活することになる。

 未成年である女子高校生を1人で生活させるのはちょっとばかり問題があるように思える。

 と、とはいえ、まだ先の話だ。


「まだ、大学探しそのものも初めてなくて、2学期くらいから進路指導室で大学について調べようと思っているという段階だから…。まだ、家を出て行くかどうかわからないよ」

「う、うん…。あ、でも、お兄ちゃんの人生だから、きちんと選んでね。私のことじゃなくて、お兄ちゃん自身のことなんだからね」


 妹は強がってそう言ったのかもしれない。

 口ではこう言っているが、目には動揺の色が浮かび上がっていた。


「まあ、本当にまだ全然調べてないから…。また色々と選択肢が出てきたら、楓にも相談に乗ってほしいとも思っているから、紹介するね」

「え? 私でいいの?」

「うん。楓の直感で今までボクは結構助けられているからね。今度ばかりは、かなり大きな運命を背負った直感をお願いするけどね…」

「うあ…。確かに重すぎるでしょ…。お兄ちゃんの人生って…」


 まあ、ボクだけじゃなくて、大学進学は遊里さんも一緒の大学に行こうとしているから、それも含めてだから、二人分になるから本当に重いんだけどね…。

 ボクは敢えて、そのことには触れない。

 わざわざ妹に喧嘩を吹っ掛けるつもりもないし、純粋に相談に乗ってほしいと考えていたから。

 妹は複雑な表情をしながら、食パンを食べ、コーンスープを喉に流し込むと、席を立つ。

 時間はちょうど6時半だ。

 歯磨きやヘアセットをして、鞄を持つと、リビングに顔をヒョッコリと出す。


「じゃあ、行って来ま~~~す! 朝食とお弁当ありがとう!」

「ああ、行ってらっしゃい! じゃあ、また夕方にね」


 ボクはキッチンから妹に手を振ってあげる。

 試験一週間前になっても、水泳部の練習があるのは可哀想だけど、妹は全国に知られているレベルの女子スイマーだから、学校側も力を入れてしまうのは仕方がない。

 とはいえ、さすがに勉強のフォローもしてあげて欲しいよ。

 私立の進学校でしっかりと授業料やら寄付金をたんまり取っているのに、その辺は冷たいなぁ…。

 ボクはそう思いながら、自分の学校の準備を進めつつ、同時に残った時間をテスト勉強に充てることにした。



 4時間目が終わり、何事もなく、昼休みとなる。

 今日もお決まりの場所にお決まりの二人といった感じだ。

 周囲からはボクら二人がいつも決まった場所を使うので、この場所をみんな使わずにおいてくれているみたい。

 本当に助かる。

 ボクは遊里さんに今朝あったことを話した。


「あ~、確かに楓ちゃん一人になっちゃうわね…。そこは私も考えてなかったかも…」

「そうなんですよね…。まだ大学の進学先を決める前で本当に良かったと思っています…」

「うん。そうよね。だって、地方大学なんかに行ったら、間違いなく家から通うことはできないし、楓ちゃんは一人になるしってまあ、親御さんにも色々と迷惑のかかる話になりそうね」

「楓はボクの人生はきちんと選択してほしいって言ってたんですけど…」

「まあ、それは明らかにあの子の性格からしたら、間違いなく強がりでしょうね…。ツンって突っついたら、間違いなく涙流して、隼を押し倒していたでしょうね」

「え!? そこまで!?」

「そりゃそうじゃない…。昨日の、ファミレスでも私と隼がイチャイチャしてた時の視線はなかなか鋭いものだったわよ…」

「え…。そうだったんですか…」

「うーん。あの殺人的な視線を感じないとは、隼って実はポンコツ?」

「いや、さすがに自分ではそういう自覚はないですね…」


 ボクは頬を掻きながら答えた。

 遊里さんはそこで腕を組んで、考え込む。


「この辺の国公立ってそこそこのレベルじゃない? 行こうと思ったら…。隼は受けて受かりそうな偏差値だったりする?」

「まあ、今のところはBとCの判定を行き来しているって感じですね…」

「マジで!? めっちゃいいじゃん…。私なんか、C判定よ…。あ~ん、このままじゃあ、私は隼の行く大学に行けなくて、隼のお嫁さんになるしか選択肢がないのかしら…」


 こらこら! 人の多いところで、普段のボリュームでお嫁さんとか言うんじゃなありません。

 周囲の何人かが気になってそうでしょうが!

 将来的には結婚するって誓ったけど、何も学内のこんなに人の多いところで言う必要はないでしょ!


「でも、C判定ならば、受験の可能性は十分にありますね。定期テストと志望校判定テストじゃあ、問題の出題の仕方とかも異なるから、対応が必要になってきますしね…」

「まあ、それは分かってるんだけどねぇ…。それにまだ1年半ある話だし、しっかりとこの1年は勉強をして対応できるようにしていくしかないわね!」

「そう! その意気ですよ!」

「ボクとしては、できれば自宅から通える『国立なみはや大学』の理工学部をちょっと視野に入れ始めてるんで…」

「うあ。ガチの人気校じゃん…。あ、でもまだ詳しくは調べてないんだけど、あそこの外国語学部英文学科はちょっと気になってるのよね! 私、英語の先生になりたいなぁ…ってちょっと考えててさ」

「へえ、英語の先生ですか。美人英語の先生かぁ…。もう、ギャルゲーの定番ですね」

「ふふふ、隼のことだから、ギャルゲーじゃなくて、エロゲーでしょ…」

「んっ!? いや、まあ…それは置いておいて、遊里には似合ってるかも…。じゃあ、ますます一緒に頑張らないとね」

「まずは直近に迫った期末テストね。それが終われば文化祭実行委員! そして、絶対に隼と一緒にプールか海に行くんだから! 私の水着で悩殺してやる!」


 だから、人が多いところでそういう発言は止めてね。

 周囲の人があきらかにボクの…いや、君の方を見ているよ。

 絶対に想像しちゃってるんだと思うけど…。

 それが分かるかのように周囲のリア充の男どもが遊里さんの方を鼻の下を伸ばしてみていて、彼女に耳を引っ張られている姿がチラホラと視界にあった。

 彼らは良い夏を迎えることが出来るのかねぇ…。



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作品をお読みいただきありがとうございます!

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