第62話 彼氏は彼女を守ってくれる存在だった。
なぜかボクたちは今、これまで話をするために使っていた大食堂のテラスの死角になっている場所でお昼ご飯を食べている。
いや、すでに橘花さんと翼が「仲直り宣言」をしてくれたから、教室内で食べてもいいんだけど、色々と話をするならば、ここの方が良いということから、テラスに来ている。
まあ、それと橘花さんの仲直り宣言のときに、翼と付き合っていることが公表された仕返し的になぜか、遊里さんが付き合っていることが明らかになったわけ。
最初は誰かが分からなかったんだけど、他のクラスメイトがボクと遊里さんが仲良く手を繋いで歩いているのを見たらしく、ボクはクラスの男の子たちから憎悪の視線をそれから毎日のように浴びせられている。
その辺も彼女なりに考慮したうえでのテラスなんだろう。
「結局、私たち、付き合っているのが公になっても同じ場所でお昼ご飯食べてるね」
「本当ですよね。良いんですか? 教室だったら、お友達とかとも一緒に食べられるのに…」
「ああ、いいのいいの。そういうの気にしなくていいからね、隼は」
遊里さんはニコニコとした笑顔で、自分の用意してきたお弁当の唐揚げをフォークで突っついて口に運ぶ。
ボクも卵焼きを箸で掴んで、口に運ぶ。
この何もない普通のお昼に好きな子と一緒に食事をすることが出来る喜びも噛みしめた。
遊里さんもボクと同じようなことを考えていたようで、
「まあ、今までも一緒にランチはしてきたけど、結局、誰かに見つかったらって思うと、普通に話をすることも引けちゃっていたしね。こうやって何もなく、普通に話ができて、食事が出来るということが、すっごく有難いんだもん!」
「そうですよね。でも、遊里は綺麗だから、どこにいても目立っちゃいますよ」
「えー。でも隼も一緒にいるじゃん」
「あはは…。でも、ボクは陰キャですから存在感も薄っすらなので、きっと遊里の横を歩いていても、目立たないですよ」
「それってある意味でいい特殊能力よね…。私はどちらかというと目立ちたくないのにぃ~!」
「あ、そうそう。今日からボク、期末テストのために缶詰めになりますけど、遊里はどうします?」
「そうだよねぇ…。テストが迫ってきてるもんねぇ…。私も一緒にやってもいい?」
「じゃあ、いつもの図書館を予約しておきましょうか?」
「うーん。もう、付き合ってるのバレたんだから、学校の図書館でもいいんじゃない? ウチの学校って図書館棟があるじゃない? あそこに広い自習室あったと思うんだけど…」
「ああ、ありましたよね! 一度、それ使ってみましょうか」
「よし! じゃあ、決まりね。今日はどの教科するの?」
「ボクは、英語と数学と古典をやろうと思ってます。1時間ごとで3時間あればいい時間になると思うんで」
「そっか。そうなると、私の場合は古典と日本史と数学かな…。いつも暗記系が遅くなるから…」
遊里さんもだんだんと勉強の効率化が図れてきている。
本当に飲み込みの早い人だな。間違いなく、ボクよりも頭の回転という点で言うと、彼女は長けていると思う。
たまにポンなところさえなければね…。
放課後になり、図書館棟にボクらは向かう。
学園の2階からガラス張りの渡り廊下を渡れば直通で図書館棟に行ける仕様になっている。
入り口で生徒証を読み取らせると、ロックが解除され、図書館に入ることが出来るという点でセキュリティーもバッチリだ。
テスト前というのに、図書館はあまり賑わっておらず、人の数もまばらだった。
結構お金もかかっている良い施設なのに、みんなどこで勉強しているんだろう…。
やっぱり自宅の方が捗るんだろうか…。
ボクたちはあまり人通りの少ない席を選ぶ。
もちろん、集中するためだ。3時間で効率的に課題をこなすためには集中力が絶対的に必要だからね。
50分(自習)+10分(休憩・質問受け)のインターバルで組むことにした。
思いのほか、学校の図書館の環境も良く、勉強するにはもってこいだった。
地元の図書館は個室型になっているので、防音にも特化されているけれども、やはり土日となると子どもの出入りも多く、若干集中力が欠けることもあったが、ここであれば、基本的に子どもが乱入してくることはないので、その点に関しても大丈夫だ。
あっという間に、50分が終わり、図書館の一部のエリアに作られた休憩室に向かう。
自販機で冷えたコーヒーを購入する。
「遊里も飲む?」
「あ、マジで? じゃあ、貰っちゃう! 微糖でお願い」
「いいよ。はい、どうぞ」
「あ、サンキュ!」
遊里さんもプルタブを起こして、少し飲む。
休憩室では大声を出さなければ、会話をしていいルールになっている。
休憩も当然だが、課題をこなしていたときに出て来た分からないことを質問するにも持って来いだ。
遊里さんは缶コーヒーを傍のテーブルに置くと、早速、古典のノートを持ってきていた。
「ねえねえ、隼。この作品のここの活用なんだけど、これってどう説明すればいいの?」
「ああ、ここはこの前の内容に絡んでいるんで、それを交えながら、こう説明すればいいんです」
「あ、そうなのね。活用形だけを追っかけてたら、だんだん意味が分からない文章になって来て詰まってたのよ。助かった~」
「そうですね。そろそろ遊里は、活用形だけでなくて、それを活用したうえで前後の内容を踏まえつつ読むというのもありだと思うよ」
「そっか。なんかレベルアップした感じがするね」
うん。間違いなく、遊里さんはレベルアップをしている。
このままいけば、問題なくボクと一緒に大学に進学することも可能になってくれると思う。
自然とボクは遊里さんの頭を撫でていた。
「あ、ごめん…。無意識で撫でてたよ」
「あ、ううん。ありがとう。何だか、やる気が
遊里さんは少し照れた表情をする。
周囲にはだれもいなかった。それだけでも助かった。
「じゃあ、そろそろ2つ目の教科に移りましょうか」
「うん、そうだね。あ、隼、忘れ物だよ」
そういって、ボクの頬にチュッと軽くキスをした。
ボクは「え…?」と呆けてしまう。
遊里さんは、「頑張ろうね!」と小声で言うと、そのまま自席に戻っていった。
「よし、ボクも頑張ろう!」
ボクも自信を奮い立たせると、自席に戻った。
時間というものは過ぎ去るのは早いもので、3つ目のインターバルを終えることには、窓の外から見える学園の景色には照明が灯され始めていた。
6月の末ということを考えると、かなりの時刻になっていることがわかる。
そろそろ時計は7時になろうとしている。
周囲で勉強していた子たちも帰り支度をして、徐々に退室している。
「そろそろ終わろうか…」
「そうですね。すごく頑張れましたよ。初日から」
「本当! このままいけば、今回も前回と同じくらいは取れるかな…」
「前回と同じくらいだったら十分だと思いますよ。トップテンはそもそも点数差はあまりありませんからね」
「あー、まあ隼に追いつこうとするのは贅沢な悩みかなぁ~」
「いえいえ、かなり追いつかれてますよ。ボクも現を抜かしていたら、抜かれちゃいますから、気を引き締め直して取り組みますよ」
「えー、追いつかしてくれないのかーい。アハハ。でもこんな会話も2年生の最初だったら考えられないことだったよね」
「本当ですよね。それだけ遊里の飲み込みが早いとボクが言ってたでしょ?」
「うん。まあ、明日も引き続き頑張りますか!」
ボクらは荷物をまとめて、図書館の出入り口に向かう。
出口も入り口のような改札の仕様になっている。
ただ、生徒証のチェックは不必要だ。
外へ出ると陽が沈んでしまい、校庭は薄暗くなりつつあった。
インターハイ出場のために特別に練習が認められている運動部の子たちも帰路に着こうとしている。
その時、遊里さんはある人物を視界にとらえてしまい、動けなくなってしまう。
「ど、どうかしましたか?」
「う、うん。何でもないんだけど…。ちょっと会いたくないヤツが……」
「あれ? そこにいんの、神代じゃねーの?」
「――――――!?」
遊里さんはやっぱり声を掛けてきた、という嫌そうな表情をする。
その声の主はボクも知っている。
この声の主は、サッカー部の伊藤駿介。
以前、遊里さんに告白した者の断られて、その腹いせに「神代はビッチでヤリマン」という嘘を言いふらした人物だ。
「誰ですか? 先輩」
「どうかしたんですか?」
伊藤の近くにいた後輩たちも興味津々に訊いてくる。
伊藤は遊里さんが無言であることをいいことに好き放題言い出す。
「あれ? あれは俺の元カノ」
「え? マジですか? メチャクチャ可愛いじゃないですか!」
「何で振ったんですか? 今カノも可愛いですけど」
「あ? そんなのここで言える理由じゃねーよ。ここではな…」
「うわ、先輩、エロいっすね」
「もう、いい加減にしろよ!!」
ボクは我慢が出来なかった。
自分の彼女が嘘で…こんな心の汚い男が吐き出す嘘で、傷つけられることが…。
伊藤はギョロッとした目つきでボクを睨んでくる。
明らかに気に入らないと目が訴えている。
「ああ? お前が神代の今カレってやつか? お前がコイツに何を聞かされてんのか知らねーけど、俺はコイツと付き合ってたんだよ」
「……違う…付き合ってなんかない……」
遊里さんは俯きながら、小さな声で訴えようとする。
「あ? 神代、何か言ったか?」
「…わ、私はアンタなんかと付き合っていない! 私が昨年この学校に転校してきて右も左もわからなかったときに、同じクラスだったアンタに分からないことを訊いたことはあったわ。でも、私は全然付き合っているという感覚はなかったし、単なるクラスメイトだった。そこで、アンタの質の悪い噂を周囲の女の子から聞くことになったのよ…。それもあって、アンタの告白にはきちんと拒否したはずよ。でも、そのあと、私に関する誤った噂を流してくれたおかげで、すこぶる学校生活の1学期は苦労させてもらえたけどね!」
遊里さんは吐き出すように、伊藤の言っていることが嘘であることを証明するかのように叫んだ。
その目からは涙が零れ落ちていた。
涙は女の武器なんて言葉があるけど、それは本当かもしれない。
遊里さんが涙を零しながらの訴えに後輩たちは少し引いている。
伊藤はチッと舌打ちをすると、面倒くさそうに遊里さんを睨みつける。
「お前がそう思ってるならそれでいいさ。ま、俺にとってももう終わったことだしな…」
「終わったことなら、もう、声掛けてこないで。正直、ムカつくから!」
遊里さんがボクの前では見せたことのないような剣幕で伊藤に言い放った。
その剣幕に、周囲の無関係の人も野次馬として足を止め始めている。
あまり大きな騒ぎになれば困ると考えたのか、伊藤は何も言わずその場を立ち去った。
野次馬の人たちも、何もなかったかのように立ち去り始める。
「遊里…。ちょっと一息入れようか…」
「え? あ、うん…。ごめんね。心配かけちゃって…。でも、大丈夫だよ」
遊里さんはそう言いながら、目尻の涙をふき取る。
遊里さんって本当に強いなぁ…。
あんなこと言われたら傷ついて何も言えなくなってしまう。
だけど、あれだけの剣幕で言ってしまえるなんて、凄いことだと思う。
「さあ、家に帰ろっか」
「そうですね…。帰りましょう」
ほとんど人の往来が無くなった校庭を、手を繋ぎながら歩き、校門を出た。
その時、遊里さんがボクの方を振り向いた。
いつもの笑顔の遊里さんがそこにいた。
「隼のあの一言カッコ良かったぁ~」
「ええ!? そうですか? ボクもムカついて言ってしまったんですよ」
「それが嬉しかったの! また、隼のことを好きになってしまったよ」
「何ですか? そのRPGのレベルみたいな感じは…」
「え~いいじゃん! 好きなものは好きなんだもん!」
言って、彼女はボクの頬に軽くキスをした。
「ちょ、ちょっと! 誰かに見られてたらどうするんですか!?」
「え? いいんじゃない? 伊藤の流した変な噂を上書きできるじゃん!」
遊里さんは「あはは」と笑いながら、駅に向かって歩き出した。
ボクはその後ろを追いかける。
これ以来、伊藤からの遊里さんに対して、ちょっかいが出されたり根拠のない噂がでてくることはなくなった。
それと、サッカー部での先輩後輩との関係もあまりよい状態ではないようだ。
まあ、自分が起こしたことが自分に降りかかってきたんだから、仕方ないことだと思うんだけどね。
ボクとしては同情できない状況になったのは確かだった。
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作品をお読みいただきありがとうございます!
少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。
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