第58話 凜華お嬢様は見抜かれている!
ボフッ!
私は枕に顔を埋める。
「―――――――!」
声にならない声を枕に向かって叫ぶ。
もちろん、枕のおかげで、外に響くことはない。
そして、枕を抱きしめて、ベッドをゴロゴロと転がる。
好き…。好き。好き! 大好き!!
私は自分の唇を指でなぞる。
あの時の翼とのキスの感触を思い出すように。
ダメ! 思い出したら、凄く恥ずかしい…。ううん。これは嬉しいでいっぱいに満たされてしまう。
「私も翼のことが好きーっ!」
はっ。
つい、声に出してしまった…。
ウチの家の壁は、そこそこ防音は良い方なので、さすがに 隣の瑞希の部屋に聞こえるなんてことはないと思うのですが、油断していてはそのうち、聞かれてしまいますわね…。
そして、その時、私は姿見に映った自分の顔を見た。
ニヤニヤ? デレデレ?
も、もしかして、これが周りの子たちが言っているメスの顔…!?
い、いけませんわ…。すっごくはしたない顔をしていましたの…。
「こんな顔、家族には見せれませんわ…」
コンコンッ!
突然のノックの音に、私は声が裏返る。
「は、はいっ!?」
『お嬢様、お食事のご準備が出来ました』
「あ、ありがとう。今すぐ行きますわ」
『あ、あと…申し上げにくいのですが、あまり大きな声を出されない方がよろしいかと…』
―――――――!?
爺や(執事)に聞かれてた―――っ!?
私はドアのもとに走り、そっと開ける。
爺やは表情こそ読めないがドアの前に立っていた。
「先ほどの私の言ってたことは他言無用ですわよ…」
「かしこまりました…。人の恋路に邪魔は致しませぬので…。ほっほっほ」
爺やは愉快に笑うと、その場を立ち去った。
爺やの背中が見えなくなったところで、私は呟く。
「邪魔しないって言っても、楽しんでるじゃないの…明らかに……」
本当に意地悪な爺やだ…。
爺やはどちらかと言えば、こういうことに関しては協力者だから、話は分かってくれると思う。
とはいえ、どうしてダダ洩れでしたの…!?
私は、そのまま何もなかった素振りで食堂へと向かった。
別にお嬢様だからと言って、いつもフレンチのコースを食べているわけではない。
もちろん、普通に一般的な家庭の食事のほうが割合的には多い。
どうしても、財閥とかお嬢様とか勘違いされているけれど、普段の食事は普段通りである。
これはお爺様の頃から変わらない風習みたいなもの。
食事中はあまり会話らしい会話がないのも私の家の慣習となっている。
でも珍しく、その日は瑞希が話してきましたの。
多分、お父様とお母様がいない、私たちだけの食事だったからだと思う
「あ、そうだ姉さん」
「どうしましたの?」
まさか、先程の叫んだのが爺やだけでなく、瑞希にまで聞かれていたのではないかと心配する私。
「今度の木・金って姉さんは泊まりで社会見学だよね?」
「ええ、そうよ。それがどうかしましたの?」
「いや、ちょっと生徒会の仕事の関係で、副会長にも家に来てもらって相談することになってさ…。その子が家に来るんだけど、問題ないかな?」
「ど、どうして私にそんなことを確認するの?」
「え、だって、今は両親ともに出張中で家にいないから、次に物事を決断できるのは姉さんだからさ」
まあ、そう言われれば、そうかもしれない。
瑞希はまだ中学3年生で、家のことを決めることはさせられていない。
瑞希が跡を継ぐ気がないのが一番の問題なのだが。
「別に構わないのでは? 爺やもいるんだから、食事の問題もないでしょうから。それにしても、副会長ってどなたなの?」
「え。清水楓っていう子。姉さんの同級生の妹さん」
「ああ、水泳部のエースね。ジュニアの選手権で優勝していたわね」
「あ、そうそう、その子」
「確か、学力面でも瑞希とライバルだったんじゃないの?」
「うん。いつも1、2点差でボクの後ろにいてるね」
「それは凄く優秀ね…。まあ、兄も常にトップ10にいてるから、遺伝的なものなのかしら…。別に家に来るのは問題ないのでは? て、まさかお泊まりまでする気!?」
「え、うん。そうだけど、何か問題でもある?」
「まあ、別に問題ないとは思うけど…。もしかして、付き合ってるの、その子と?」
「え!? う、うん…。そうだよ。まあ、最近になってからだけどな…」
瑞希は少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。
あんまり感情をそれほど表に出さない瑞希をこんな感じで感情を出させるようにした子。
すごく気になる。
お節介かもしれないけれど、すごく会ってみたくなった。
「姉さんはそういうお相手はいないの?」
いきなり核心を突き刺す質問。
私は一瞬たじろいでしまうが、表情を変えずに、
「あくまでもビジネスパートナーとして学校関係の作業をする方はいますわ」
「ふーん……」
興味がなかったのか、自分が思っていた解答通りすぎてつまらなかったのか、それ以上言い寄ってこなかった。
瑞希のこういったサバサバとした性格には本当に助けられますわ。
「まあ、姉さんが今日は珍しくお洒落して外出したからどうしたのかなって…。ただ、それが気になっただけ…」
くっ。見てたんですの!?
前言撤回。
こういう抜け目なく、情報を入手してくる男は…サイテー。
「学校の友達と会っていたんですわ。社会見学の話し合いがありましたの」
「そうなんだ…」
また、無関心そうな返事。
この子は…。何を考えているか掴みづらいですわ!
「その相手は男でしょ?」
「え?」
また、急な核心を突き刺してくる!
「どうしてそう思いますの?」
「姉さんが帰宅したときにすれ違ったじゃないか。あの時に匂いがした。男の人が付ける香水の匂いがした。その人、姉さんのカレシさん?」
ゔ…。やっぱり、グイグイと訊いてきた。
この子っていつも無表情なのに、どうしてこうやって核心に自然と持っていけるのかしら…。
そもそもこういう結果を見据えたうえで話をしているのかしら…。
「カレシかどうか分からないわ。まだ、今日初めてしっかりと話すことが出来たんですの」
「そうなんだ…。まあ、早速キスまではしてきたみたいだから、仲良くね。ご馳走様…」
瑞希はそういうと、席を立った。
ちょ、ちょっと…!?
ど、どうしてキスしたことまでバレてんの!?
私、盗聴されてるのかしら!?
爺やの方を振り向くと、爺やは首を横に振り、「分かりかねる」という意思表示をしてくる。
部屋を出ようとしたところで、瑞希は振り返り、
「姉さん。キスしたんだったら、ちゃんと化粧は直しておいた方がいいよ。特別なとき用のグロス入りのリップがぐちゃぐちゃになっていたら、勘のいい人だったら気づいちゃうよ」
しまった――――――!!
それか。今日はちょっと気合いを入れて、グロス入りのリップをしていったのだ。それがキスの際に乱れてしまったのを私は別に気にもせずに直さずに帰宅した。
赤い口紅とかであれば、乱れていては分かるから直すが、色もほぼ唇と同系色のものだったから、気にしなかったが…、まさかそんなところからバレるとは…。
何だか悔しすぎる。
「瑞希!」
「大丈夫だよ。お父さんとお母さんには言わないから。それにボクに彼女が出来たっていう方が両親のインパクト大きいだろうからね…」
瑞希は言うと、そのまま部屋を出て行った。
私は食後のデザートのフルーツを口に運びつつ、
「まったく、瑞希ったら…」
翼を我が家にお迎えするのはいつになるのかしら…。
まあ、そもそも翼はあまり行きたがっていないみたいだけど…。
社会見学の班分けは、色々と詰め合った結果、思いもよらない化学変化を生みそうな陽キャ×陰キャの班がたくさん生まれた。
社会見学が明ければ、クラスを通常状態に戻そう。
そうすれば、私と翼も一緒に話をすることもできるし、校内を一緒に歩いていても怪しまれることはない。
何より、巻き髪ではない今日の髪型の私を『可愛い』と言ってくれた。
可能であれば、社会見学以降は翼に可愛いと言ってもらえた自分を学校でも出していきたいな…。
そんなことを思いながら、イチゴを口に入れると、甘酸っぱい香りと味が口の中に拡がった。
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