第57話 凜華お嬢様は甘えたい!
ナンパ男たちが見えなくなったところで、早乙女は私の肩に回していた手を離した。
私はなぜかちょっと残念がった。
もう少し、こうしていて欲しかった…。そんな未練が少しあった。
早乙女は私の方を向くと、
「悪かった…。迎えに行くのが遅くなって…。まさか、あんな連中が朝から活動してるとは思わなかったからな…」
「ううん…。私の方こそ、早く来すぎちゃって、ゴメン…」
「ま、ケガとかなくて良かったよ」
早乙女はフッと笑うと、歩き出した。
私とあんたが言い争っているっていう状況だということは早乙女の中にはないのだろうか…。
私はさらっと笑顔を見せる早乙女にそんなことを思ってしまった。
班分けの時に訊いてみてもいいかも…。
「さ、ウチに着いたぞ」
どこにでもあるような2階建ての一軒家。それが早乙女の家だった。
開錠して、私を招き入れてくれた。
「階段上がって一番奥の部屋が俺の部屋だから、先に上がっといて。俺、何か飲み物持って行くわ」
「あ、うん…」
私は階段を上り、言われた通り、一番奥の部屋に入る。
そこには整理が凄くできた男子学生の部屋があった。
机には大きなモニターが2台並べられてあり、机の下には大きなPCが設置されてあった。きっと、ゲーミングPCと呼ばれるやつなんだろう。
机の上に、インカムが置いてあったりしているのはゲームでボイスチャットでもしているからだろうか…。じゃあ、あの放送局用のマイクみたいなのは何に使うんだろう…。
私が興味津々に机に近づいたとき、マウスが動いてしまったのか、画面がスタンバイモードから立ち上がる。
そこには、Youtubeの配信者専用画面が立ち上がる。
「まあ、ゲームが好きなんだから、配信してても問題な…い……」
私はそう言いかけて、固まってしまった。
だ、だってそこにあった配信者名は…「Wings of MAIDEN channel」。
わ、私が好きな配信チャンネルの名前だった…。
「わりぃ、飲み物探すのに手間取った…。て、何見てんだよ…」
「ね、ねえ…。早乙女ってYoutubeの配信してるんですの?」
「あぁ、まあ、学校もあるから細々とだけどな…」
「もしかして、ゲームレビューとかゲーム配信とかしてる?」
「まあ、俺それしかできねぇーし。だから、どうしたんだよ…」
「最新動画は、FPSゲームの操作レビューだよね?」
「お、おう…。そうだけど、どうした?」
「わ、私、さっきナンパ男たちに絡まれるまで見てた動画…。まさか、私の好きなYoutuberさんがあなただったなんて…」
部屋に静けさが訪れる。
お互い気まずい雰囲気になる。
「ウィングさん?」
私は勇気を出して、配信者名を出してみる。
「お前、それリアルで言うの絶対にやめろよ…。言ったら、ナンパ男たちに売り飛ばすぞ」
「怖っ!?」
「てか、何でお嬢様がゲーム動画なんて見てんだよ…」
「別にゲームは陰キャの専売特許じゃないでしょ。私だって、ゲームくらいはしますし、Youtubeで見たりもしますわよ。それに私、あなたのメンバーシップにも入ってますのよ!」
「え? マジかよ。てか、これまでも見て来たなら声で気づけよ」
「ちょっと喋り方とか違うでしょ? だから、気づかなかったんですわ」
「ま、いいけど…。ところで、今日は、何か雰囲気が違うな…」
そう言いながら、早乙女は飲み物を部屋の真ん中に置かれたミニテーブルに置いていく。
ついでにお菓子も持ってきてくれたみたいだ。
「今日は私にとっては一応、オフですから巻き髪もしてませんの。本当はこっちのほうが楽なんですけどね」
「じゃあ、巻き髪を止めて、今のままでいいんじゃねーのか?」
「そうはいいましても…」
「だって、今の髪型のほうがお前に似合ってるし…。それに可愛く見えるぞ…」
「え……?」
早乙女って本当に何を考えているのかわかりませんわ…。
それに今の髪型のほうが可愛いし似合っているって…。
はわわわわ…。私はどういう顔をすればいいのかしら…。恥ずかしさで死んでしまいそうですわ!
て、早乙女も顔を少し赤らめてますけど、これはどういう意味ですの。
「も、もう、バカ言ってないで班分けをやってしまいますわよ」
「お、おう…」
私は持ってきたトートバッグから昨日、先生から手渡された個人情報が載ったファイルを取り出す。
ズラリと氏名、生年月日、住所から部活動まで幅広く載っている。
これはさすがに本来であるならば渡せないものだ。
てか、班決めのためと言えども、よくもこんなデータを生徒に渡せたもんだ。
「なあ、俺もそっちに行っていいか? こっちからじゃ、資料が読みづらい」
「別に構いませんわよ」
私が許可すると、彼は私の左隣に腰を下ろす。
すると、そのまま早乙女は机に広げた資料を注意深く顔を近づけて見始める。
私はその時気づいた。
この近さは早乙女の体温を感じてしまうほどの近さだということに。
てことは私の体臭は大丈夫かしら…。家に来るまでにかなり暑かったから汗もかいてしまっているけど…。
また、胸がドキドキしてしまう。
「ね、ねえ…、早乙女?」
「ん? どうした?」
「私たちがクラスの二分化した元凶って昨日言われたじゃない? あれ、どう思っていらっしゃるの?」
私が今回の騒動について早乙女と話をするのは初めてだ。
彼は腕を組んで少し難しそうな顔をして、何度か頷いた上で、
「そもそもは俺が神代さんに言い過ぎたところもあったから、あれは謝らないといけないと思っていたんだ。でも、ズルズルと行きだして、時間だけが経っちまったって感じかな。だから、俺としてはあの騒動に関しては何も思ってない。別にお前に言われたことも根には持っていない。もちろん、陽キャと陰キャが分かり合えないところがあるってのも分かる。だけれど、それはお互いを知ろうとするから分かり合えるものであって、今のままじゃ、何も進まないまま2学期に突入して、また
「そ、そうですの…。まあ、確かに私も言い過ぎたところがありましたわ…。今思い起こせばそんなにキツくいう必要はなかったと思っておりますの…。だから、先日も今日も私の危ないところに助けに入ってくれましたの?」
「え…あ、ああ。あれか? あれはそれもある」
「それも? 他に何か理由がありますの?」
私が少し頬を膨らませる。
早乙女はいつもすべてを話さずに、有耶無耶にしてしまうことが多すぎますわ。
「うん、まあ、理由はある…。で、今日、俺の中で何となく確信になったって感じかな…」
「で、理由は何ですの?」
「俺な、橘花のことが好きなんだよ…」
え? 私のことが好き…!?
私の顔は一気に真っ赤になってしまう。
ふ、二人きりしかいないのに…。なのに、どうして誰にも聞かれたくないようなこの恥ずかしさは何ですの!?
「だから、どうしても放っておけなくて…。でも、俺、陰キャだからさ、そういう付き合いもしたことなくて、どう接すればいいのか分からなかったんだよ。昨日、お前が階段を踏み外した時も自然と手を伸ばして、お前の腕を掴んでいたんだよ。今日も、ナンパ男に話しかけるのは怖かったけど、好きな女の子がナンパされてたら助けるのが当然だと思って、勇気だして立ち向かったんだよ…」
「―――――――!?」
もう、私は声を出せなかった。
私だけじゃなくて、早乙女も私のことが好き!?
こ、これって両想いじゃありませんの!?
私も違うと否定してきましたけど、でも、このドキドキは間違いなく恋ですわ…。
私も確信いたしましたわ…。
早乙女は私の方に向き直り、私の両手を掴んで、目を見据える。
「た、橘花…。そ、その…俺と付き合ってくれないか…?」
こ、告白されちゃった―――。
私もこれまでこのような経験がないから、どう反応をすればいいのか分からない…。
少し困った表情をしていると、
「だ、だめかな…? やっぱり、家の格とかの問題とかで…」
私は横に顔をフルフルと振る。
私の目尻に少し涙が浮かび、瞳が潤んでいた。
「ち、違いますの! 私も嬉しいですの! でも、私もそういうお付き合いとかしたことがなくて、どう反応をすればいいのか分かりませんの!」
すると、早乙女は私をギュッと抱きしめてきた。
私はあまりに急なことで驚いてしまった。
「よかった…。じゃあ、これからは両想いなんだな」
「そ、そうですわね…。でも、学校では見せれませんわよ。どうしますの?」
「社会見学の後でみんなと話をすればいいよ。きっと分かってくれると思う…」
「そのためにこの社会見学を上手く利用されますの?」
「うん…。そのつもり…」
「早乙女は……」
「ねえ、付き合い始めたんだから名前で呼んでよ…」
「もう、ワガママですわね…。つ、翼は策士ですわ…。最初からこうなることを望んでいたの?」
「そんなわけないよ。凜華が考えすぎなだけ…」
今でも私の胸はドキドキしてる。
さっきまでの不安とは別の…興奮みたいなもので。
「そろそろ離れて、本気で班分けしません?」
「そうだな…」
言って、私の背中に回していた腕を解くと、そのまま両手で私の頬に手を添えた。
え――――?
翼はそのまま私の唇に重ねてきた。
私、キスしてしまってますわ…。
翼の唇の温かさが私の唇に伝わってくる。
20秒ほどだったけど、物凄くお互いを意識してしまうそんな口づけ…。
お互いが唇と離すと、
「ズルいですわよ。不意打ちは…」
「ごめん、つい、凜華が可愛くて…」
「その一言もズルいんですの! 私だって甘えてしまいますわよ!」
私はプーッと頬を膨らませて、怒りを滲ませる。
恥ずかしさと怒りで頬が真っ赤に染まっている。
「ふんっ! 甘えてもいいだよ、凜華お嬢様」
「もう!」
今度は私が彼を押し倒すようにして唇を奪う。
さっきのキスとは違う蕩けそうな甘いキス。
舌が、唾液が絡み合うようなキス。
初めてなのに、私と翼は凄く興奮しながら舌を絡めあった。
私ってこんなにはしたない女だったのかしら…。
ううん。
きっと、誰でも好きな人の前では甘えちゃうのよ!
私はそう自分を納得させながら、脳も蕩けるようなキスを味わった。
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作品をお読みいただきありがとうございます!
少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。
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