第49話 温かい食事とボク

 ガチャリ…

 マンションのドアを開け、疲れた体が部屋の中へ引きずり込まれていく。


「ただいま~。って誰もいないのか…」


 ボクが時計を見ると、時計の時間は19時半過ぎ。

 普段であれば、妹の楓が帰宅していてもおかしくないはずの時間帯なんだけど、まだ帰っていない。

 部活が長引いているのかな…。

 ボクがLINEで帰ってきた旨を伝えると、「既読」が付き、数秒して、


『ゴメン! 今日はちょっと遅くなるからご飯いらない! 連絡遅くなってごめん!』


 と、返信が来た。

 まあ、夏休み前だから、水泳部の子たちとも若干羽を伸ばしているのかもしれないか…。


「晩御飯いらないって言われても、ボクも作る気力がわかないよ」


 ボクは荷物を置いて、リビングのソファにもたれる。


「さすがに疲れた…」


 スマートウォッチを確認してみると、歩いた歩数が2万に達しようとしていた。

 いや、歩きすぎだろ…。

 ソファにゴロンと寝転がり、LINEに入力して送信する。相手は遊里さんだ。

 ティロロン!

 すぐさま返信が来た。


『今日はお疲れ~。私もメチャクチャ疲れちゃった~。足がパンパンだよ~。楓ちゃんが帰ってないの? 何なら、ウチで食事食べない? お母さんがおいでってさ!』


 ありがたいお誘いだ。

 正直、何が食べたいかということすら何も考えられていなかった。

 コンビニに行っても、脳が停止していたかもしれない。

 ボクは、制服から私服に着替えると、遊里さんの家に向かうことにした。

 と、言っても1階上に上がるだけなんだけどね。



 ドアの横にあるインターホンを押す。

 少し待つとドアが開いた。


「隼、いらっしゃい!」


 満面の笑みの……遊里さんだ。


「ね、ねえ…。今、胸元を見なかった? 私かどうかを判断するために」

「ゴメン、見た…」

「もう、エッチね。まあ、一昨日にああいうことがあったら仕方ないか…」

「茜ちゃんが追い打ちをかけるように言ってたからね…」


 ボクが玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えながら、そういった。

 すると、奥の部屋から声が聞こえる。


「お姉ちゃ~ん、私がどうかしたって~?」


 あれ? 茜ちゃん、家にいるんだ?


「茜ちゃん、家にいるんだね?」

「あ、隼さんだ! こんばんは~。昨日と今日は水泳部は完全オフ日ですよ! 楓先輩言ってませんでした?」

「いいや、何も言ってなかったよ」

「あ、でも学校に行くときに大きなカバン持ってましたね…。今日は学校もお休みだったので、どっかで山籠もりとかキャンプとかでもされてるんですかね?」

「いや、キャンプでも山籠もりでもないけど、ちょっと心当たりはある…」


 そうボクが言うと、茜ちゃんは顔をニヤつかせながら、ボクに近づいてきて、耳のそばで小さく呟いた。


「はは~ん、これはカレシくんの家にお泊まりイチャイチャデート中ってところですかね?」

「茜ちゃんもそう思う? 一泊するだけかと思ってたんだけど、もしかして…」

「そりゃもう、学校でも楓先輩、橘花先輩と一緒に笑顔で校庭を歩く姿を何度もお見受けしてますからねぇ…。さらに近づきにくいオーラを放ってますよ。あ、でも、好き者のお二人だから、このペースだとそろそろ妊娠しちゃうかもしれませんよ!?」

「あ、それも大丈夫。避妊具コンドームを一束あげたから…」

「あ~、確かにあげてたわね…昨日の朝に……」


 さすがに中学生で妊娠とか前代未聞だし、生徒会長と副会長という立場もあるんだから、楓も分かって入るだろうと思う。

 それに一束(6個)も渡したんだから、さすがにそこまではしないだろう…。

 ウチらでも十分足りる数なのだから、問題ないと思う。


「あらあら…。全く、学生の本分は勉強じゃないの? エッチな話ばかりしてるんじゃないの」


 遊里さんのお母さん・早苗さんのお出ましだ。

 今日も色気の漂うショートパンツにTシャツ…。それっていつぞやの…。


「お母さん!? いつの間に私のショートパンツとTシャツに着替えてるの!?」

「え? だって、隼くんが来るんでしょ? だったら、どこかのタイミングで押し倒してもらおうかと思って…。ホラ、ママも欲求不満なのよ♪」


 いやいや、40代のお母さんが娘の前で「欲求不満だから、彼氏に寝取られたい」とか言うんじゃない。

 性に関する認識が歪んでるぞ…この家。

 でも、遊里さんと早苗さんはそっくり過ぎるから、二人とともにベッドインなんかしちゃったら、遊里さん二人に襲われちゃうってのも悪くないなぁ…。いや、変態かよ。


「隼さん、何か良からぬことを妄想されてますよね?」

「あ、茜ちゃん!?」


 茜ちゃんはボクをさげすむジト目で見てくる。

 ボクは平静を装い、手をパタパタと振る。


「ボクは何も考えていないよ」

「本当ですか? お姉ちゃんとママと一緒に寝たいとか考えてませんよね?」

「そ、そんなこと考えたらダメでしょ? ボクには遊里がいるんだから…」

「だからですよ…。ママはお姉ちゃんそっくりだから、分身したとかの設定でエッチなことをするとか…。エロファンタジーネタじゃないですけど…。恥ずかしくないんですか!?」

「何で、ボクが想像した前提なの!?」

「うふふ…。隼くんが良ければ、いつでもお相手はしてあげるわよ。さ、もういい時間なんだし、食事にしましょう」

「すみません、食事をお呼ばれして…」

「いいのいいの。何だったら、そのまま遊里としていってもいいわよ。私も早く孫に会いたいし…」

「お母さん、それ、焦りすぎ…」


 遊里さんが顔を赤らめながら、早苗さんを抑制してくれる。

 あ、でもリビングからいいにおいがする。お腹が減ってきたよ…。


「今日のメニューって何ですか?」

「隼くんには特別に、うな丼、ウナギの肝の焼き鳥、カキフライ、カツオのたたき、とろろ汁…」

「あのぉ…、精力つけ過ぎじゃないですか…?」

「あはは、ウソよウソ♪ 今日は福岡名物の鶏肉の水炊きよ」

「へぇ~、ウチではあまりしないから楽しみです!」

「あら、そうなの? じゃあ、お鍋の日は招待してもいいかもね」

「あ、お言葉は嬉しいんですけど、妹もいますので…」

「ああ、あの子ね。茜の先輩って人ね。まあ、みんなで食べたら楽しいんだから、スケジュールが合うときは鍋パーティーとかもありね」


 早苗さん、行動力あり過ぎじゃない?

 もしかして、大学の時にサークルのコンパとか全部まとめ上げてた人なんじゃないだろうか…。

 あっさりとした醬油ベースのお汁に鶏肉や野菜が入った土鍋が用意されていた。

 すごく良い匂い。


「「いただきまーす」」


 両手を合わせて合唱する。

 遊里さんがボクの分を取り分けてくれた。

 末っ子の勇気くんはすでにお椀の鶏肉と野菜をバクバクと勢いよく平らげていく。

 口の中が空になると、今度は白ご飯をバクバクと放り込む。

 うん。すごい勢いだ。

 ボクはこれまで女の子との食事が多かったから、こういう男気のある食べ方は初めて見たかもしれない。

 圧倒されていてはいけない。自分もいただくことにする。

 お出汁を頂く。ズズズッ…。美味い!

 鶏肉を口に運ぶ。

 プリプリッとした触感でこれまた美味い。


「すごく美味しいですね」

「そう? そう言ってくれると嬉しいわ。私の実家が福岡だから、そこに美味しいお店がたくさんあるのよね」

「へぇ~。お肉もそうですけど、野菜にも味が染み込んでいて、でもしつこくなくあっさりしていて美味しいです」

「隼くんって食事を作れちゃうのが今のコメントで分かったわ…。味覚が凄いんでしょうね。遊里は幸せね。こんなに良い彼氏に食事を作ってもらえるなんて…」

「お母さん…。私が作るという選択肢はないの?」

「あ、ごめんなさい。遊里も確かに出来るものね…。最近、頑張ってお弁当作ってるものね」

「もう! 余計なこと言わなくていいの!」


 そっか…。家族の食事ってこんな感じなのか。

 ウチは妹と二人きりだから、何気ない会話を食事の中でしているけど、こういう笑いが起こったりすることはあまりない。

 でも、遊里さんの家は楽しそうに食事をしている。

 何だか、こういう雰囲気もいいな…。

 ボクはそう感じながら、お椀に追加を入れてもらった。



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作品をお読みいただきありがとうございます!

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