第40話 ほろ苦い味の社会見学ー奈良ー

「神代さん!」

「え!?」

「そう! 神代さんみたいな人ですね」


 遊里さんはボクが名前を呼んだと勘違いしたようで、かなり吃驚したようだ。

 ボクは、嘘をついてない。

 本当に付き合っているのが遊里さんなのだから、『神代さんみたいな人』という表現はあまり問題ないと言えば問題ない。

 自分でも上手く言えたな。


「へぇ~、ユーリみたいな子がタイプだったんだ~、清水って。ユーリ、こういう奴に告白されたらどう思う?」

「まあ、まずは話をしてみないと分かんないかなぁ…。正直、私こういう感じじゃない? だから、あんまり陰キャのことも分かんないからさ」

「まあ、確かにそうよね」


 案外、簡単に納得する二葉さん。


「でもさぁ、清水が告白してきたらどうする?」

「ええっ!? そ、そうねぇ…。友だちからで良ければって答えるかな…?」

「それって、脈ナシのための返し方じゃん…。ユーリ、さらっと刺してんねぇ~」

「あはは…そ、そう…?」


 この返事が本当に付き合う前の告白の時に言われたら、二葉さんの言う通り、ボクは刺されたように死んでしまうと思う。

 でも、ボクらの場合は、彼女から告白があったのだから――。

 そんな質問がずっと続いた…。

 メチャクチャ長かった…。

 幾度となく、核心に迫りそうな質問があり、遊里さんが顔を真っ赤にして恥ずかしがったり、呼吸が止まったような(本当に止まってた?)素振りを見せたりと、そっちはそっちで賑やかにリアクションを見せてくれた。

 そんな息の止まりそうな質問の集中砲火を浴び終え、ボロボロになった状態で、奈良に到着した。

 バスは奈良県庁横のバスセンターに停車し、ボクらを下ろして去っていった。

 まず、一行は、団体行動で東大寺の大仏殿まで歩く。

 途中、何度も鹿に食われかけたけど、ボクは鹿せんべいではないので単に餌欲しさにじゃれ合いに来ているのかと思う。

 東大寺大仏殿に行くまでの道中の東大寺南大門にある金剛力士像の筋肉の隆々とした姿に一同恐れおののく。

 そして、いよいよ東大寺大仏殿。

 いわゆる、大仏様のご登場だ。


「やっぱり大きいよねぇ…」


 見上げるように眺める遊里さん。


「一大公共事業ですよね。とはいえ、奈良時代に作られた大仏様の中で唯一残っているのが、台座の部分だけなんですよね」

「え!? そうなの?」

「はい。腕や頭は地震や火災で損傷したり、落ちてしまったりしています」

「本当に歴史的観点って所で見ると、そういう感じになんのね…。あと、ホラ! あの大屋根の天井部分。鉄骨のはりが入ってますよね?」

「あ~、確かに…」

「あれも、大仏殿の大屋根が徐々に沈み込んできているので、後に入れられたものだそうです」

「へぇ~、隼って物知りだね…」

「ねえねえ、何の話?」


 二葉さんが少し遅れてきた。

 どうやらお手洗いを先に済ませて来たみたいだ。


「東大寺の大仏の歴史について、色々と知っていることを話していたんですよ」

「うん、隼、詳しいんだよね?」

「へぇ~そうなんだ~。ところで、ユーリって清水くんと前から仲良かったの?」

「え? 何でよ?」

「いやだって…、清水くんのこと名前で呼んでるしさ」

「え!? そうだった? 聞き間違いじゃない?」

「そうかな~。まあ、そういうことにしておくよ~」


 遊里さんはホッとため息をつき、胸を撫でおろす。

 いやいや、自分から墓穴を掘るのはさすがにやめてよ…。

 一緒の班だからと言っても、2人ペアではない。だからこそ、用心が必要だ。


 ボクらの班には二葉さんがいる。

 さっきのバスの中での質問攻めから言えることは、この人に見つかると絶対にマズいということ。

 間違いなく、関係を暴露され、吊るし上げを食らうことになると思う。

 今のクラスの状況からいうと、それだけは避けたい。

 大仏殿の見学の後はお待ちかねの班別の自由行動だ。

 ボクたちは大仏殿から少し南に行ったところにある奈良町を散策することにした。

 昔ながらの町並みが残されている地域だが、最近は、小さな今どき風のお店がちょこちょことあったりして、お洒落な観光地に変わりつつある。

 昼食は、そんな奈良町にあるエビフライとハンバーグが美味しいお店で食べることにした。

 ここは実際に来たことはないが、ボクもインターネットで見つけていたお店で、少し並んでも食べたいと考えていた。

 そこそこ早い目の時間だったこともあり、順番で言うと2番目だった。

 営業開始時間までは、次に回る場所を色々と話し始める女子2名。

 まあ、大抵こういう時は男は蚊帳の外ですよ。

 有頭エビのエビフライと手捏ねハンバーグは想像以上に美味だった。

 エビフライに掛けるソースにもこだわりがあるようで、ピクルスではなく奈良漬を使用したタルタルソースになっていた。

 これにも3人は驚いた。

 そもそも奈良漬をそれほど食べるわけでもないので、家に常備しているわけではない。それを上手く取り入れて、提供してくれるこのお店にも脱帽だ。

 これは面白い――!

 ぜひとも、家に帰ってもこういうのにチャレンジしてみたいと思った。



 食事を終えると、昼食を取ったお店のすぐ近くにある、小さな店を集めた奈良町ストリートにやってきた。様々な意思を取り扱っていて、ネックレスなどに仕立ててくれるお店とか、缶詰の専門店(!?)とか様々なジャンルのお店が入っていて、見飽きない。


「ねえねえ、私、ちょっとここで良さげな石があるから、ネックレスにしてもらいたい!」


 二葉さんは瞳を輝かせながら、お店に吸い込まれていった。


「え!? ちょっと、私はどうすればいいのよ!?」

「ごめん! 清水くんと一緒に他の店見ておいて~」

「ええっ!? そんないい加減な…」


 ボクと遊里さんはその場に残される。

 少しだけ沈黙が流れる。

 遊里さんはこちらに振りむくと、「どうする?」と訊いてくる。


「この奥に美味しいジェラートのお店があるんですよ。それでも食べて待ちましょうか?」

「それ、ナイス! そうしよう」


 ボクと遊里さんは奥まった場所にあるジェラート屋さんにやってきた。ボクはミルク、遊里さんはイチゴ(古都華ことかとかいう奈良の品種らしい)を頼んだ。

 お店のカウンター横の少し死角になったところにあるベンチに座ってボクと遊里さんはジェラートに舌鼓を打つ。


「ちょっとずつ交換しない?」

「そうしましょう」


 恋人同士がよくする光景だ。

 スプーンで取り分けて、お互い「あ~ん」と食べ合う。


「「美味しい!」」


 ああ、幸せだなぁ…。

 社会見学がこんなに楽しいものだとは思ってなかったよ。


「隼…」

「どうしました?」

「キ、キスしよっか…」

「え? ここでですか…!?」

「だ、だって…今日、朝から一度もしてないよ…」


 確かにここは死角になっている。

 店の横側ということで店員から見られることはないし、衝立ついたてが立てられてある関係で外からも見えにくくなっている。

 確かにキスをするなら最適な場所だ。


「分かりました…」


 そういうと、ゆっくりと唇を重ねる。


「「…んちゅ…れろ…ちゅぱ…んちゅんちゅ…」」


 ボクたちは朝できなかった分を取り返すかのように、しゃぶりついた。

 お互いのキスを味わった…。


「ねえ、あなたたち…いつからそういう関係だったの…?」


 え?

 ボクと遊里さんは振り返ると、そこにはワナワナと震えながら、ボクらを睨みつける二葉さんがいた。

 帰ってくるの早くない?

 それよりも、さっきキスしてたところ、メッチャ見られたんじゃ…!?


「ねえ、答えてくれない!? いつからユーリと清水くんはそんなキスしちゃう関係になっていたの!?」


 もう、ボクらは逃げられない。

 ボクと遊里は吊るしあげられる覚悟をした…。



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