第31話 早苗ママは狙ってる!

 勢いよくターンをキックし、弾丸のような速さで身体をくねらせ、水を掻き分けるように突き進む。


(よし! 今回は上手くいった!)


 勢いが殺されそうになる寸前で浮上して、手足を動かし、水をさらに掻き分けて前進する。

 そのスピードに衰えはない。

 このままいけば…!

 少し疲れはにじみ出てきているものの、気にすることはない。

 そういうところで力むことが、筋肉の動きを悪くして、推進力を失わせる。

 私は何も考えずに、プールの迫りくる壁に突き進む。


「ぷはぁっ! どうでしたか? 今のタイム?」

「今のはすっごく良かったよ。前のタイムよりも1秒近くも削ってるもの」

「それは良かった…はぁはぁ…」

「茜ちゃん、プールから上がって少し休憩したら? で…」


 楓先輩はニヤリと微笑みながら、私にそう言って去っていった。

 次、楓先輩の泳ぐ番なのか…。

 でも、楓先輩に教わったターンが上手くいったから結果として繋がったのは間違いない。



 お昼休み―――。

 防音の利いた医務室で、私と楓先輩が蕩けるようなキスをする。

 そして、いつも声を出してしまうのは私。


「ふぁあっ!? もうダメです!」

「もう、茜ちゃん…。泳ぐタイムを縮めるのは大事だけど、こっちのスピードを早めるのは問題よ…。もう少し耐えなきゃ…」


 先輩。後輩を倒した後、冷静にそれを見ながら、サンドイッチをパクつくのは止めてください。

 何だか、こっちが恥ずかしくなります。すっげぇ、放置プレイされている感じで…。

 明らかに高等部のアクアセンターの医務室は楓先輩の『悪行の間』と化しているような気がしてならない。


「か、楓お姉さま…」

「ん? どうしたの?」


 私がフルフルと震えながら、身体を壁伝いに起こす。

 全身に力が入らない…。


「お昼ごはん、食べさせてもらってもいいですか…? 身体に力が入らないんですぅ…」


 私のお昼ご飯という重要なものを、涙目で楓にお願いするしかなかったのだった…。


「もう、甘え上手なんだから!」


 先輩はニヤニヤしながら、私のお弁当を包みから取り出していた。



 午後の練習でもタイムアップが出来、先輩たちからは賛美が送られた私だったが、あまり目立つことを好まないので、帰宅準備が終わると先に部室から飛び出した。

 楓先輩はいつも、後輩たちを連れて、近くの甘味処で『クリーム蜜豆』とか『クリームわらび餅』を堪能しているご様子。

 と、いうかそんな甘いものガンガン食ってよく太らないな…。

 自宅でもトレーニングをしているのかな…。ちょうど、今度お姉ちゃんの誕生日会で清水家に行くことになっているのでその際に見てみるのもありかもしれない。


「あら、茜じゃない…。今日はもう帰り?」

「あ、ママ…。ただいま…」

「お帰り」


 この人が私と遊里のママである。

 名前は神代早苗くましろさなえ。歳は40歳くらい(子どもにすら教えてくれない)なんだけど、全然老けているって感じがしない。私たち姉妹と並んでも、別に違和感のないレベルで、服装も高校生くらいのものを着こなせれちゃうのだから、おぞましい。

 テレビでよく『美魔女』とかやってるけど、あれは幾分か化粧で誤魔化しているのが、今のハイスペックなテレビではバレバレだけど、この人はそれすら分からないような肌を持っている。

いまだに、お姉ちゃんの制服すら着こなせれると思う。てか、髪の色などはお姉ちゃんそっくりなので、もしかすると騙せるかもしれない。

顔はそっくりなんだしね。


「今日も水泳はいい感じでいけたの?」

「うん。凄く今日は調子が良かったのよ…。かなりタイムアップ出来て、清水先輩に後もう少しってところまでいけたの!」

「そうなの。それは凄いじゃないの! あ、そういえば、明日が清水さんのおウチで遊里の誕生日会だったかしら?」

「ええ、夕方からね。まあ、私はどうして誘われたかわからないけど」

「茜はそういうサバサバしたところは良くないわ。お姉ちゃんほど、陽キャにならなくてもいいけど、そこそこ積極性は持たなきゃダメよ」

「は~い」


 まあ、私の場合、楓先輩に対しては積極的に挑んでるんだけどね。

 いつも激しくヤラれて終わってるけど…。

 でも、そういうエッチなことはママは当然知らない。

 先輩とそんな関係だなんて知ったら、きっと退学ものだと思うし…。

 だから、学業だってトップ水準を維持しているし、今回の中間テストに至っては、首席を取った。ママからは、そのことに関して最大級のお褒めの言葉を頂いたわ。


「茜は本当によく頑張ってるわ。最近は急にお姉ちゃんも頑張り始めたみたいだけど、あれはやっぱり彼氏のおかげよね」

「お姉ちゃんはお盛んなんでしょうか?」

「うふふ。あの子は案外一途なのよ。それに外見はああだけど今まで彼氏なんか作ったことのない似非ビッチなんだもの…」


 おいおい…。今、自分の娘に『ビッチ』って言葉使ったでしょ…。

 まあ、信用してるからそういう言葉を使うんだろうけど…。


「確か、隼くんだっけ? もう、どこまで関係が進んでいるのかしら…。遊里が『メス』っぽくなったのが大体一か月前くらいだったから、まだ初エッチはしてないかなぁ…」

「ママ…。さすがに人の往来がある場所では言葉遣いを考えてください。実の娘に『ビッチ』とか『メス』とかいうのはよろしくないと思います」

「そ、そうね…。今のは、さすがにいけなかったわね…。反省するわ。まあ、そういうことはお姉ちゃんにカマかければホイホイと出てくるから、直接聞いちゃうわ」

「まあ、お姉ちゃんのリアクションは分かりやすいですからね」

「あとは隼くんに直接、会いたいなぁ~」

「さすがにそれは止めておいた方が…。お姉ちゃん、絶対に怒ると思いますよ」

「そうかしら…?」

「ええ、間違いなく。無断で会うのは止めた方がいいと思います」

「そうね…。まあ、そういうことにしておくわ…うふふ」


 あー、この人絶対に近いうちに会いに行くな。

 間違いなく会いに行く。

 この悪いことを考えているときの顔から分かる。

 お姉ちゃんのことをリアクションが分かりやすいと言ってるけど、それってママ譲りなんだよ…、とはさすがに言えなかった。



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