第30話 私だって彼が欲しい。

 昼休み——。

 私は教室でぼーっと外を眺めていた。

 校庭で走り回っている生徒たち…。あれは1年生かな…。

 まだまだ小学生気分が抜けてないよなぁ…。


「茜~どうしたの~? 黄昏たそがれちゃって~」


 何だか間延びするような声で話してくるのは、林原唯はやしばらゆい

 林原とは、小学生時代からの友達で何でも相談できる『マブダチ』ってやつだ。


「うーん。何だか試験終わってからも忙しくてさぁ…」

「あれ? 水泳部? それとも生徒会?」

「まあ、プライベートも含めてかな…」

「あんた、そんな陽キャじゃないんだから、プライベートが忙しいとは思わなかったわ」

「うあ…酷ーい。私にだってプライベートはあるし!」


 まあ、主にプライベートと言っても、楓おね…先輩とのことなんだけどね…。

 あれ以来、部活動のとき、呼び出しを受けてを受けている。

 練習前に最初はやっていたのだけれど、疲労感が半端ないのと、続々と部員が来ることが問題で放課後になっていた。

 想像するだけで、下半身がキュンッてしちゃうのは、たぶん異常性癖ヘンタイだからだと思う。


「唯ってさぁ…。エッチしたことある?」

「はぁ!? こんな真昼間に凄いことぶっ込んでくるね!」


 林原の大きな声に、周囲が一瞬ざわつく。

 けれど、生まれつき陽キャのような林原が大声で喚くのは日常茶飯事なので、周囲はいつものことだ…と教室は平静を取り戻す。

 よくよく考えたら、それって凄いことだよな…。


「あんたねぇ~…。昼間から屋上でお話しするならいいけど~、教室で話す内容じゃないでしょう~」

「そうかな…ごめん」

「まあ~、別に謝る必要はないし~。私の~、初体験を~聞きたいの~?」

「え…う、うん…」

「ついに、茜もエッチに目覚めたか~」


 まあ、どちらかというと先輩との同性愛レズでドM願望バリバリなんですけどね。

 しかし、恥ずかしくてそんな異常性癖ヘンタイなこと言えるわけがない。


「ちなみに、茜って私のエッチの話を聞いても意味ないんじゃないの?」

「え? なんでよ!」

「いや~、だってあんた~、同性愛者レズでしょ~?」


 え? なんで知ってんの!?

 なんで私が同性愛者レズだってことを知っておられるの!?


「い、いや…、種の保存という重要な運命に関して気になっておりまして」

「へぇ~、そんな哲学なことを~」

「ごめんなさい。確かに私は同性愛者レズなんだけど、男性とのことも知っておきたくてさぁ…」

「どういう心の移り変わりなんだか~。まあ~、いいんだけどぉ~」


 いいのかよ。

 じゃあ、早く教えてほしい。

 昼休みの残り時間すべてを使って、唯の初体験を聞いた。

 最初はちょっと痛かったとか、でも相手のサポートがあれば気持ちよくなれるとか…。

 事細かに教えてくれて、私は違う意味で恥ずかしくなり、顔を赤らめた。

 

「ま~、こんな感じかなぁ~」

「へぇ…。てか、唯って今もその人と付き合ってるの?」

「うん~付き合ってるよ~。もう、お互いラッブラブ!」


 胸を張って自慢しないで…。

 彼氏いない私が悲しくなるから…。


「ちなみにどんな人なの?」

「え~幼馴染の~20歳の近所のお兄さん~」

「え!? マジで?」

「マジよ~。ここで~嘘ついても意味ないじゃ~ん。凄く優しいし~、向こうも私に一途なんだよね~。毎日、会える時は会ってるよ~」

「そりゃ、なかなか熱々ですなぁ…」

「茜も~そういう人と出会えれば~人生も変わるかもね~」

「そんなもんかなぁ…」

「そんなもんだよぉ~。いい人いないの~?」


 そう言われて絶句しちゃう。

 だって、そもそも男をそういう対象で見てきたことないんだから…。

 お姉ちゃんは先月から同じクラスの陰キャな男と付き合い始めたらしい。

 今週末の休日に直接家に訪れることになっているけど、どんな人なんだろう。

 いや、人の彼氏を奪い取るつもりはさらさらない。

 だから、本当に興味本位って感じだ。


「同じ学年とかで考えちゃうから~、見つからないんであって~、他の学年とかもありよね~」

「でも、そんなに高等部とかと交流なくない?」

「うふふ~、茜は~水泳部で絡んでるじゃない~」

「あ~水泳部ねぇ~。水泳部の男ってどうしても肉食系が多すぎて、初エッチ相手には怖すぎる!」

「そうなんだ~」


 確かに私や楓先輩は男子水泳部からも目をつけられている。

 もちろん、イヤらしいこと込み込みで。

 そのせいか、私はこれまでに何度か告白を受けたことはあった。

 でも、何だか怖くてすべて拒否してきた。

 楓先輩は秀才・瑞希先輩といつの間にか色んな意味でくっ付いていたし…。

 私だけフラフラしてる感じなんだよなぁ…。


「まあ、でもこういう恋っていうのは~、タイミングのものだから~、焦る必要ないよ~。きっと、茜にも~いい人が見つかるって~」


 と、私を後ろから抱きしめてくれる。

 唯は本当に私のことをよくわかってくれている。

 だから、私が暴走しそうになった時はいつもブレーキをかけてくれる。

 何だか、頼りっぱなし。唯本人は、そのつもりはあまりないみたいだけど、こういう自然体で接してきてくれるのが恋愛感情なく好きだ。


「あ、ありがとう……」

「うふふ~彼氏できたときは教えてね~」

「う、うん……」


 私はそう答えながら、校庭を再び見た。

 そこには一緒に肩を並べて歩いている楓先輩と橘花先輩がいた。

 その時の楓先輩の顔が髪をかき上げた一瞬、チラリと見えた。

 すごく自然に微笑んだ良い笑顔だった。

 

(ズルいな…楓先輩は……)


 私は心の奥底からうらやましく感じた。



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