第19話 彼女もボクも頑張れたから。

 昼休み―――。

 今日は、天気がいいので、学食のテラスが開放されている。

 実は、このテラスの一番角地が観葉植物が設置されている関係で、あまり周囲から目立たない場所となっている。

 あまり目立たない場所なだけあって、生徒が使っていることそのものもなく、空いていたりする。

 ボクと神代さんは、そこでそれぞれが持ってきたお弁当を食べることにした。

 かれこれ、すでに10回は超えている頻度で一緒に食べるようにしている。

 ウチの学校は学食を使ったり、中庭で友達同士で食べたりと自由なので、ボクら二人が教室からいなくなっていても誰も気にも留めない。


「ん~~~~~っ! あ~~~~~っ! すっごくいい天気よね」


 腕を伸ばしながら、神代さんははにかんだ。


「本当にそうですよね。これくらいの暖かさだと本当に気持ちいいですよね。それはそうと…今日は本当に交換するの、お弁当?」

「ええ、そうよ! たまにはそれぞれが作ったものを交換して食べるのも楽しそうかなぁって思っちゃったんで!」


 そう。今日は神代さんご提案の『お弁当交換デイ』。

 お互いが普段通りのお弁当を作ってきて、それを交換して食べるのである。


「一応、事前に苦手なものなどの確認はしてあったので、大丈夫だと思いますけど…」

「うふふ。清水くんが作ったお弁当が食べられるだけで幸せだよ、私は」

「じゃあ、同時に開けましょうか」

「いいよ! じゃあ、せーの!」


 パカッ! と各々のお弁当のふたを開ける。

 ボクの目に飛び込んできたのは、色鮮やかな春を意識したお弁当。

 豆ごはんに唐揚げ、里芋の煮物、タコウィンナー、卵焼き、隅には海苔とメカブの佃煮も入っている。


「あんまりジロジロと見ないでよね…。そ、その…昨日の夕飯の残り物も入っているんだから…」

「すごく春めいたお弁当で吃驚しちゃった。やっぱり女の子はお弁当を詰めるのも彩りが考えられていて、美味しそうだよ!」

「そ、それを言うなら、清水くんの作ったお弁当も、すごく美味しそうですね」


 一方で、神代さんが手にしているボクが作ったお弁当は、ちりめん山椒の混ぜ御飯、豚の生姜焼き、ミックスベジタブルを使ったスパニッシュオムレツ、アスパラガスのロースハム巻き、金時豆の甘煮。


「妹が部活でガッツリと体力を使っちゃうんで、そこそこボリュームもあるんだよね。神代さん、全部食べれそう?」

「清水くんが作ってくれたお弁当ですから、全部行けちゃうと思うよ♪」

「もし、残りそうだったら、言ってくれたら食べるから大丈夫ですよ」

「はい。分かりました♪ では――――」

「「いただきます!」」


 お腹がペコペコだったということもあり、あっという間に完食した。

 神代さんの料理の腕もかなり高いと見た。彼女は外見で判断されてしまい、時としてマイナス評価を得ることもあるようだけど、色々と彼女のことを知っていくと、実際には彼女の育ちの良さがしみじみと伝わってくる。


「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした~。私はもう少し時間かかっちゃうけど大丈夫?」

「全然気にしないでよ。ボクがあまりにもお腹が減っていたから、急いで食べちゃったから…。でも、すごく美味しかった~! これなら、毎日食べてもいいよ!」

「え!? ま、毎日…??」


 急に顔を真っ赤にして俯きながら、モショモショと食べ続ける神代さん。

 でも、本当に毎日食べれたら幸せだろうな、と感じるくらいの美味しさだった。

 それから3分くらいして、彼女も食べ終えた。


「ごちそうさまでした。清水くんのお弁当も美味しかったわ~。結局、全部食べれちゃったね」

「そいつは良かった。結構なボリュームだったから、ちょっと悩んだくらいなんだよ」

「でも、いいなぁ…。こんなに美味しいお弁当を毎日食べられる妹さんも…」

「あはは、妹は学校では自分で作ってきたみたいなことを言ってるみたいですけどね」

「それって詐欺よね…。楓ちゃんもなかなかズル賢いところもあるのね」

「まあ、『高嶺の花』のためですよ…きっと……」

「なるほど、ね。ところで、今日の放課後よね…。成績掲示って」

「前回よりも頑張れた感があるから少しでも上位に上がりたいよね」

「え~。清水くん、これ以上上がったら、順位が一桁になっちゃうじゃん…」

「ま、まあ、そうなんですけどね…。どこまでいけるかをちょっとチャレンジしてみたくて…」

「まあ、そんな素敵な彼氏にこれから勉強を教わると思うと、嬉しくて困っちゃうわね」

「し、しっかりとご指導させていただきます…」


 腕組みをしたまま、ボクを見つめる神代さんに対して、ボクは、苦笑いをしながら頷くしかできなかった。

 でも、本当は嬉しいんだけどね。神代さんと一緒に勉強が出来ちゃうなんていうのは。



 放課後――――。

 昇降口にはすでにたくさんの生徒で埋め尽くされていた。

 すでに成績の掲示がなされており、それを見に来て、ガッツポーズをする者、阿鼻叫喚あびきょうかんする者、泣き出す者…、様々な表情が見て取れた。

 その中に翼の姿があった。

 もちろん、成績掲示の後ろの方を彷徨さまよっている。

 そして、ある場所で立ち止まり……、ガッツポーズをして見せた。

 どうやら、親が出した基準はクリアしていたようだ。

 じゃあ、次は神代さんだ。

 ボクの前を彼女は歩いている。人ごみを掻き分けながら、進んでいくと、


「あ、あった! あったよ!」

「え? どこですか?」

「ホラ、あそこ!」


 彼女が指さす先に視線を送ると。本当だ。あった。神代遊里の名前が。

 順位は10位―――。

 前回が35位だったから、大幅アップだ。


「凄いね…。よくやったよ…」


 言って、ボクは彼女の頭を撫でる。

 これだけの人ごみの中だ。別に神代さんの頭を撫でたからといって、誰かに見つかるわけでもない。

 神代さんも満更でもなく、「エヘヘ…」と照れている。う、可愛いよ、ウチの彼女は。


「清水くんのは…あ、えええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「ん? ボクの成績見つけたの?」

「う、うん…。ホラ、あれ…」


 ひと際大きな文字で、清水隼と書かれていた。

 2位―――。


「凄いよねぇ…。2位って。前、10位だったんでしょ? どうやったら、そんなに賢くなれるの?」


 いやいや、神代さんの20位アップも凄いことなんだけど…。

 今回の中間テストのトップは、橘花凜華さんだった。


「橘花さんって凄いんだね。テキパキと効率よくやれるんだろうね…。この辺はまだまだ見習わなきゃいけないな、ボクも」

「う、うん。私もまだまだやらなきゃいけないことがたくさんあるなぁ…。できれば、清水くんと一緒に1位2位を取りたいもの! 私、まだまだ頑張るよ!」


 あまり一緒に長居するのは危険だ。

 そのまま二手に分かれて、この場から退く。そのまま、人気の少ない中庭に移動した。


「凄く頑張りましたよね。正直、ボクもこれだけ成績アップができるとは思っていませんでしたよ」

「うん。私も正直驚いてるよ。やればこんなに成績アップできるのね」

「期末テストまではまだまだ、期間がありますから、まずはお祝いをしましょう。あ、そうだ! 6月6日って神代さんの誕生日ですよね! この祝賀会と誕生日会を合わせてやりませんか? ウチの家で!」

「え? いいの!? でも、楓ちゃんもいるでしょ?」

「別に知った仲じゃないですか。じゃあ、妹の茜さんと勇気くんも一緒にお招きしましょうか?」

「そうね、それもありだよね! 声をかけておくわ! まだ、1週間も先なのにすごく誕生日が楽しみになってきた!」

「あはは、そう言っていただけると、気合いを入れて準備しないといけなくなりますね」

「あ、そ、そんなに気合い入れなくてもいいよ、本当に…」

「わかりました。アットホームな祝賀会にしましょう」


 その時、ズボンのポケットに入れていたスマホがブルッと震える。

 見てみると、妹からだった。


「妹からだ。どうしたんだろう。えええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「ど、どうしたの?」


 神代さんがスマホを覗き込む。

 そして、目を丸くしてしまって、無言になった。

 LINEのトーク欄に、


『いぇ~い! 首席取っちまったぜ!』


 と、書かれて次のメッセージに友達に取ってもらったのだろうか、写真が載せられていた。

 満面の笑みの妹がそこにはいた。

 妹が定期テストで橘花瑞希くんを倒した瞬間だった。


「これは盛大なお祝いが必要ですね…」

「えー、私の誕生日関係なく、主役の座が持っていかれちゃうよ~」


 神代さんが抗議の声を上げるのも無理はない。

 たとえ、中学であっても首席を取るのは大変だ。相手が橘花瑞希ともなると。

 

「まずは、今日の間に、お祝いしておきます。6月6日は神代さんの誕生日会をメインにするってことで」

「気配りありがと! すっごく嬉しいよ」


 神代さんは、すっと自然に唇を重ねてきた。

 彼女は軽くキスをすると、


「じゃあ、また後でね」


 何事もなかったように手を振りながら、神代さんはその場を後にした。

 残されたボクだけが、その優しい唇の感触に、呆けていた。

 やっぱ、ウチの彼女は可愛いな。はい。ボクらはどうせバカップルですよ。

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