第16話 楓は彼女を理解した。

 だんだんとが傾き始めた遊園地・宝急アイランド―――。

 よくよく考えると土日の2日間で本当に色々あった…。ありすぎて、正直、お腹いっぱいだ。

 いやまあ、振り返ろうとは思わないんだけど。

 神代さん姉弟きょうだいとは、飲み物を飲み始めて少し話をしたあとで、別れた。

 勇気くんが締めくくりで回りたいところがあるんだとか。

 お化け屋敷とかではないことを祈る。神代さんはああいうの苦手そうだし…。

 その後、ボクと楓も一緒にいくつかの乗り物に乗って楽しんだ。

 楓も楽しみ尽くしたのか、ベンチでゆっくりとしている。


(あれ…。この風景、どこかで見たことが……)


 ボクがそんなことをふと思った瞬間――、

 妹の楓は、ベンチからスクッと立ち上がると、ボクの腕を引っ張り、


「お兄ちゃん、一緒に観覧車に乗ろ?」


(え!? やっぱりこの展開って……!!!)


 ボクの心臓は色んな意味で高鳴り始める。

 美少女がボクの腕を引っ張って、観覧車に行こうと誘う。ギャルゲーならば、最高の瞬間じゃいか! でも、腕を引っ張っているのはボクの妹だ。しかも、ボクは、昨日、を見た後だ…。


「え? べ、別に構わないよ。でも、楓は高所恐怖症だったんだじゃないの?」

「う、うん。そうなんだけど、一緒に…に二人だけの時間が欲しくてさ…」


 楓はポニーテールにした自分の毛先部分を指にくるくると絡めながら、お願いしてくる。

 ああ、可愛い。

 妹でなければ、尻尾フリフリしながら観覧車に行くところだ…。

でも、ボクは兄なんだから、しっかりとしなきゃ。


「よし、じゃあ、最後に乗りに行くか!」

「う、うん…。ありがとう…」


 楓の表情が若干、赤くなっているようにも見えるが、夕日でその表情が読み取れない。

 ボクらは観覧車まで来る。みんな考えることは一緒で、リア充が列をなしていた。観覧車の待ち時間は、30分くらい待って乗り込むことができた。

 夢とは節々で内容が異なることがあるんだな…。


「デートの締めくくりにいってらっしゃ~~~~い」


 と、観覧車のスタッフに勘違いされたまま声を掛けられる。

 もう、昨日今日でそんなのが当たり前になってきているので、別に気にすることはなくなった。

 でも、一緒に乗ろうとしていた楓だけ、ビクッと肩を震わせる。

 コイツ、まだ気にしてんのか…? 昨日、散々色んな人に誤解されまくったというのに…。

 でも、これはボクにとっては大きな勘違いだと気づいていなかった。


「うわぁ…。観覧車って何年ぶりだろ…」

「楓が高所恐怖症で乗らなくなってから、ボクも一緒にしか乗ってなかったからそれ以来じゃないかな…」

「てことは、もう5年以上前だね」

「そっか、5年前は家族みんなで来たんだっけな…」

「そうそう。偶然、家族みんなが揃って、遊園地に行くことになったの。懐かしいなぁ…」


 本当に懐かしい。

 その頃は、まだ楓は小さかったもんなぁ…。

 高くなるにつれ、ボクに抱き着いて泣いていたんだっけ…。

 そんなことを思い出していると、楓が顔を真っ赤にしながら、上目遣いでボクを見てくる。


「お兄ちゃん……」

「え!? どうしたの?」

「お兄ちゃん、こっちに来てもらえないでしょうか…」

「何で急に敬語!?」

「やっぱり、怖くなってきてしまいました…」

「ははは…分かった分かった…。お兄ちゃんが楓の横に行くよ…」


 確かにこの観覧車、景色がきれいなことで有名なのだが、ゴンドラの何台かに1台が床の部分がスケルトンになっている。

 運良く(悪く?)ボクたちはそのゴンドラに当たってしまったのだ。

 ボクは席を立つと、妹の横に座る。

 観覧車のゴンドラが少し傾くように重さで沈み込む。


「きゃっ…。こ、これはこれで何だか怖い…」


 楓はボクの手を怖さのあまり自然と握りしめる。

 ギシッギシギシッ……

 徐々に高度が上がっていくと、ゴンドラの軸が回転して、軋むような音を立てる。


「…きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 楓はついにボクの手を放し、ボクを抱きしめる。


(ちょ…ちょっと待って……。まさに昨日見た夢の展開! これはさすがにマズい!!)


 ボクの顔の横には美少女の…でも妹の……顔がある。

 抱きしめられたことで、妹の胸のふくらみがダイレクトにボクの身体に伝わってくる。


「お兄ちゃんの彼女さん可愛いね」

「そ、そうかな…」

「うん、お世辞抜きで可愛いと思う。あのスタイルであの顔は反則だよ…」

「楓も十分綺麗だし、スタイルもいいじゃない」

「うん…でも……」

「………………」


 ボクは何も言えなくなった。

 楓を追い詰めるようなことをしてはいけない。

 だって、楓は兄妹きょうだいなんだから―――。


「楓、ボクはこれからもずっとお前の兄であることは変わらない。だから、恋愛はできないけど、ボクは楓のことが好きだよ」

「私もお兄ちゃんのことが大好きよ!」


 ボクの首に腕を回して抱き着く。さっきよりも強めに…。

 妹はボクに顔を見せない。いや、見られたくないんだ…。


「ああ、どうして兄妹きょうだいの関係で生まれてきちゃったんだろ! 血が繋がっていなければ、私がお兄ちゃんのカノジョになっているチャンスだってあったのにな~!」

「……………」

「お、お兄ちゃんとエッチだってしてたかもしんない!」

「……………!?」

「結婚だってできたのに…なんで……」

「楓………」


 いつの間にか、首に回していた妹の腕はダラリと力なく、ボクの肩を掴んでいる。

 ボクはうつむいていた楓の顔をこちらに向かせる。

 ほんのりと顔は紅潮していて、目尻にはうっすら涙を浮かべている。

 そのままボクは妹の唇に優しく自分の唇を合わせた……。

 優しい優しいキスをした――。

 急なことに妹は目を大きく見開いた状態で呆然としている。

 楓はそのまま瞳を閉じて、幸せそうな顔をしながら、優しい唇の感触を味わっているようだった。

 そう。すべてを受け入れるような気持ちで。

 頬には目尻に溜まっていた涙が一筋、流れ落ちていった…。

 長いようで短いキスをした――。



 観覧車の後、ボクと妹は目を合わせられなかった。

 そのまま妹の横を歩いている。手を繋ぎながら――。

 そろそろ帰路につかなければならない時間だ。

 ボクと妹は、お土産を購入した。

 宝急電鉄のマスコットキャラクターが新郎・新婦のような恰好かっこうをした小さなぬいぐるみのキーホルダーをそれぞれ1つずつ。

 新郎マスコットは楓が、新婦マスコットはボクが付けるそうだ。

 お土産を購入して、入園広場までやってきたとき、楓はボクの方を振り返り、


「お兄ちゃん! 私と約束して!」


 楓はさっきのような沈んだ表情ではなく、晴れやかな表情をしている。

 すべてがスッキリした表情で――。


「まず、神代さんを絶対に幸せにしなさい! 絶対よ!」

「お、おう…」

「そして、もうひとつ。これが一番大事。(ニヤニヤ)

 家で二人きりのときは、目いっぱい私を甘えさせて!!」

「……………う、うん」


 いや、今でも十分に甘えさせているのに、それ以上に甘えさせちゃうの?

 それ、きっと神代さんから過保護って言われちゃうんじゃないの?


「そうね~。『兄妹きょうだい以上恋人未満』ってことでどう?」

「いや、どうって…」

「お兄ちゃんは全く損しないんだから、いいじゃない。外では綺麗な彼女さんがいて、家ではこんな美少女いもうとが甘えてくれるのよ。お兄ちゃんの好きなギャルゲーで言うならハーレムよ」

「何で楓がギャルゲーを知ってるんだよ」

「そ、それはあれよ。お兄ちゃん、いつもヘッドホン付けてやってるから、ノックしても反応ない時に後ろから覗いちゃったことがあって…その妹にキスとか…身体を抱きしめてるシーンとか…」


 妹は言いながら、頭が沸騰したようにボンッと音を立てて、思考回路の一旦停止へと追い込まれる。

 うがぁ。最悪―――。

 それ、ギャルゲーじゃない。エロゲーだよ…。

 そんな状態ものをボクは妹に見られていたのか…。

 これからはやるときは、絶対に気を付けるようにしよう。もしも、ナニしているときに見られたら、もう追放ものだろうから…。


「さあ、お兄ちゃん、返事は?」

「分かったよ。楓にもいい男ができるように祈りつつ、過保護させていただきますよ」

「へへへ。私にカレシが出来るなんていつか分かんないのにね…」

「これはこれは…怖いねぇ…。大人になっても付いてきそうだな…」

「こら! ひとをストーカーみたいに言うな!」


 楓はボクを冗談でポカポカと叩く。

 そして、立ち止まって、


「昨日と今日はメッチャ楽しめたよ。同じようなこと、ちゃんと神代さんにもしてあげるんだぞ!」

「う、うん…」


 出口を抜けると、ボクたちに向かって夕日が射している。

 何だか、たった二日間だったけど、すごく濃厚な時間だったと思う。

 そして、妹の見えていなかった気持ちも…少しは分かったかもしれない。

 そんな貴重な時間をくれて、ありがとう――。


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作品をお読みいただきありがとうございます!

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