第15話 楓様はカルピスがお望みでした…。(清水楓side)

 私はたぶん、お兄ちゃんのことが好きなんだと思う…。

 と、最近気づき始めた。

 色々と世話を焼いてくれて、中学校では生徒会副会長、水泳部の主将キャプテンをやりつつ、学力も次席を維持している。(本当は首席を取りたいんだけど…)

 我ながら上手くやれているなぁ…と感じる。

 でも、それは他のすべての生活領域ルーチンワークをお兄ちゃんがやってくれているからに他ならない。全く愚痴ぐちも言わずに、だ。

 つまり、私はプライベートな部分では「おんぶにだっこ」の状態なわけだ。

 でも、当たり前の話だけど、付き合うことやセックスをすることは許されない。

 だって、兄妹きょうだいなんだから…。

 ゴムをつけてるから良い、とかそういう問題ではない。これは倫理観の問題だ。

 でも、お兄ちゃんのことが好きなんだから仕方がない。お兄ちゃんも私のことは好きかな…。

 たぶん、「好き」ってお兄ちゃんは言ってくれると思う。でも、それは「like」であって「love」ではない。

 あ~、ダメダメ。これじゃあ、単なるブラコンじゃない。もっと、清楚かつ純愛を私は望んでいるの! これじゃあ、ブラコンビッチみたいじゃない!?

 でも、この一週間の間に、その思いを断ち切らなきゃいけない空気になってきているのを私は感じていた。


***********


 宝急アイランドの動物園エリアを見て回っていた時に、お兄ちゃんの同級生の神代さんという人に出会った。その時に名前で気づいた…。

 この人、水泳部の後輩の茜ちゃんのお姉さんだ!

 お姉さんは金髪だけど、茜ちゃんは全く同じ顔を黒髪にした感じ。

 茜ちゃんの清楚な感じもいいけど、金髪も似合うなぁ…、と何となく思っていた。


「ちょっと飲み物買いに行ってくるよ」


 しまった――。

 ボーッと神代さん姉妹のことを考えていたら、私が何も言葉を発しないことで、空気が重くなっていたようだ。


「勇気もお兄ちゃんと一緒に行っておいでよ。好きなの買ってもらえるよ!」

「へいへい、ここは出させていただきますよ。二人のも適当に買ってくるよ。神代さんは炭酸系以外なら大丈夫だよね」

「あ、うん。問題ないよ~」

「じゃあ、行ってくるわ…」

「行ってら~~~~」


 何だかやり取りが仲のいい夫婦みたい。

 ちょっと嫉妬しっとしちゃうなぁ…。お兄ちゃんには私にもたくさん接してくれるけど、それはあくまでも「妹」としてなんだもん。いや、兄妹きょうだいなんだから、当たり前なんだけど。


「楓さん、横座ってもいい?」

「え? あ、はい…」


 私はぎこちない返事をしてしまう。メッチャ動揺してるよ、私は。

 神代さんの髪の毛が、風でなびいた瞬間。

 その時、フワッと甘い香りを感じた。

 この匂い…は、あの時の……。


「ウチの茜がいつもお世話になっております」

「あ、いえ、茜ちゃんは真面目一直線って感じで、頑張ってくれてます。たまには息抜きも教えてあげたいんですけどね」

「あー、アイツ、真面目過ぎるんだよね。さっきも言ったけど、もう中間テスト対策始めてるんだよ…。楓さんみたいになりたいらしいよ~」

「私ですか? 私みたいになりたいとか珍しいですね。あ、それと私も『さん付け』ではないほうがいいです…。年下なんで…」

「そう? じゃあ、楓ちゃんにするわね。楓ちゃんは頭脳明晰、才色兼備、それでいてスポーツ万能って、これ最強のスペックでしょ?」

「まあ、そう言われるんですけど…」


 もしかすると、性格に問題があるかもしれないんです!

 私は思わず吐露とろしてしまいそうになるのを何とか抑え込む。


「でも、確かに茜と楓ちゃんだと違いはあるよね。楓ちゃんは心に余裕を持ってるよね。だから、兄妹きょうだいも仲良いのよ。あ、別にウチが仲悪いわけじゃないから気にしないでね。単に、試験時期とかの合間に息抜きに誘ってやっても無反応みたいなところがあるからさ、茜は…」

「確かに大会の打ち上げとかは全く来ないですね。彼女も選手として、しっかりと記録を残してくれているので、お祝いしてあげたいところなんですけど…」

「でしょ? だからさあ、どうにかしてあの性格を変えてやりたいのよね…」

「どうすればいいんでしょうね…」


 私も正直困った。

 確かに茜ちゃんはいつも真面目過ぎるんだよなぁ…。

 中学校でも肩で風を切りながら歩いている感じだし…。


「楓ちゃんと清水くんが一緒にいてる環境に放り込んで、普段の楓ちゃんを見せるとかどうだろう」

「いや、それは私のプライバシーという点で何かしらの問題が…」

「ま、そうよね。分かってるってそんなことはしないわ…」

「でも、あなたは知らないかもしれないけど、ウチの家、楓ちゃんが住んでる部屋の真上なのよ…。だから、いつでも会いに行けちゃうのよ」


 え? そうなの!? それは初めて聞いたかも。茜ちゃんからも聞いたことない…。

 あれ? もしかして…、あ、そういうことか……。私の鋭い感覚でひとつの答えを出してしまう。

 それは私がお兄ちゃんに持っている感情を押しつぶすことに繋がるのだけど…。


「まあ、楓ちゃんが憧れの先輩らしいから、先輩からも一言ひとこと上手く言ってやってくんない?」

「ええ、それはいいですよ。何なら兄のいない時でしたら、茜ちゃんをお部屋にお招きすることもできますからね。テスト対策の勉強したりすると、少しずつ心が変化するかもしれませんしね…」

「あー、それは確かにいいアイデアよね。ま、楓ちゃんが高校の内部進学で上がるまでに、少しでも変化があれば助かる!」

「まあ、期待せずに…」


 そのあと、いくつかの話をした。

 家族のこと、高校のこと…など。どれもこれもお兄ちゃんとの話では聞けない話で楽しかった。また、話してみたいと素直に思った。

 そして、私はその流れで、ひとつの疑問を神代さんにド直球で投げた。


「神代さんって、お兄ちゃんとお付き合いしてますよね?」

「…え? ……どうして??」


 神代さんが平静を装っているが、ぎこちなさが「YES」と答えてしまっているようなもんだ…。

 まあ、我ながらド直球な球を投げたもんだと、後から考えるとヒヤヒヤする。


「もう一度言いましょうか?」

「なんか…凄い圧かけくるのね…」

「単に聞こえなかったのかと思っただけですよ」

「う…。返しが怖いって。もう、言うわよ。……付き合ってます。と言っても、ほんの一週間前くらいからなんだけどね…。あ、あと他のみんなは知らないから、言いふらさないでほしい…」

「人の恋路を邪魔するほど私は性格が悪いわけではありません。ちょっとしたで誤解しないでください」

「う…ゴメン……」


 神代さんが半泣きの状態で項垂うなだれた。

 すでに嫁(まだだけど)イビリを始めてしまっている私…。性格悪いのかな…。

 ううん。単にお兄ちゃんが奪われるのが嫌なだけ…。

 そのあと、どうして内緒にしなければならないのかの事情を聞いた。

 高校って意外と小さな問題で悩まされるんだなぁ…が私の感想。

 恋愛なんか好きにやってしまえばいいのに、と思う。

 神代さんは女の私から見ても本当に美人だ。

 スタイルもいいし、顔もいい。

 まあ、お兄ちゃんが自宅に連れ込む女の子としてはレベルが高すぎるようにも思えるくらいのカノジョさんだ。

 そんなことを考えていると、お兄ちゃんが勇気くんと一緒に飲み物をもって帰ってくる。

 お兄ちゃんが神代さんと私に飲み物を渡すと、神代さんが、


「清水くん、楓ちゃんにバレちゃったよ~」


 と、言いながらお兄ちゃんに抱き着く。

 お兄ちゃんは「早かったですね~」、と言いながら頭を撫でている。

 もう、バカップル全開だ。

 何だろう、このイラつきは…。

 何だろう、この…いや、そんな感情を持ってはいけない。

 私はそう思いながら、お兄ちゃんが買ってきてくれたパインソーダをストローから2度3度吸った。

 ああ、甘酸っぱくて、炭酸が口の中で弾けて、美味しいな…。

 誰よ、恋愛はカルピスの味とか言っちゃった人は…。


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