第9話 楓様はプライベートを見られたくない。

 嗚呼ああ! 土曜日が来てしまった――!!!

 朝食を頬張ほおばりながら、テレビのニュースを見ていると、日本列島は高気圧に覆われて、今日と明日は春めいた陽気なんだとか…。

 ボクはにはあまり向いていないタイプなんで、そういう天気は正直困る。

 妹の楓はというと、朝食を早々に取り終えると、自室で着替えている。

 ボクはというと、ジーンズのパンツにインナーシャツの上に白のワークシャツを着ている。今のボクのオシャレはこれが限界。でも、この服装であれば、かえでの横を一緒に歩いていても問題はないだろう。


「お待たせ~」


 楓が自室から現れる。

 セット風デートワンピース。腰より上が黒、下はベビーピンクのコンビカラーワンピース。

 ちょっと大人っぽいけど、楓のスタイル(身長170cm)ならば、問題なく着こなせるのが凄い。

 本当に妹、中学3年生なんだよな。


「お兄ちゃん。今日は駅前のショッピングモールに行くよ! 明日はもっと活動的になるからお楽しみに~」

「ええ…。ショッピングの方が陰キャにはまだ向いているのになぁ…」


 まあ、どっちにしても歩かなきゃいけないから、身体として疲れるから向いてないんだけどね。

 心の中でため息をつきながら、楓と一緒に、部屋を後にした。



 駅前のショッピングモール「アミュンザ」に通いなれた道を歩いて到着する。

 近年は大手スーパーが郊外の広い土地に大型のショッピングモールをつくるのが増えていて、車やバスで行くのが主流だが、ウチの家の近くで探すと、駅複合型のショッピングモールが品揃えや規模からしても使い勝手がいい。

 さすが土曜日、結構な人出となっていた。


「ところで、光合成に対応できないお兄ちゃんを連れ出して、アミュンザで何するの?」

「今日はね、明日のための準備と…あと、参考書をお兄ちゃんに選んでほしいな、と思ってね」

「明日? そういえば、明日のことまだ聞いてないんだけど」

「あ、言ってなかったっけ。明日は『宝急アイランド』に一緒に行ってもらうのよ」


 何だってー!?

 宝急アイランド――――。

 ボクらが普段通学でも使っている「宝島急行」が運営する遊園地だ。

 ボクらが住んでいる町から、「アイランド線」に乗れば終点まで30分ほどで到着するのが、「宝急アイランド」だ。何もない山を切り開いて造った遊園地で、乗り物は子ども向けのものから、大人が楽しめる絶叫系まで幅広く揃えてある。

 とはいえ、どうして妹の楓と遊園地デートをしなくてはならないんだ…。

 妹のおっぱいを見てしまった罪ってこんなに重いの!?

 ギャルゲーやエロゲーよりも重くない!? いやまあ、…妹ラブの展開は求めてはないけど、これはかなり手痛い罰ゲームでしょ!


「明日まではしっかりと遊んで、月曜日からは定期テストの勉強始めなきゃ!」

「お、おう…」


 妹は、はにかんだ最大級の笑顔をボクに振りまく。

 ただ、ここはあくまで商業施設。お客さんもたくさんいる中に、楓は可愛らしすぎる。

 周囲の男性からは羨望せんぼう憤怒ふんぬなど色々な感情がボクに突き刺さる。

 女性からは、そのスタイルの良さに、芸能人? それともアイドル? などと的外れな言葉がひそひそ話でされている。

 残念ながら、ウチの妹は普通の女子中学生です。


「で、明日の準備って何を買うの?」

「ん-っと、実はさ、動きやすい服装ってあんまりないんだよね。だから、服を見に行く」

「わかった。じゃあ、服のコーナーに行くか」


 長いエスカレーターを使って、4階の若い女性向けのカジュアルファッションが揃ってるフロアへと行く。元々、宝急百貨店のビルを改装してオープンさせた経歴があり、建物の構造は百貨店のそれのままだ。

 楓が好んでいるお店に入っていく。

 えっと、ボクもついていった方がいいのかな…?

 不安になっていると、店の中から楓がこっちに向かって、手招きして「こっち来て!」と口パクをしている。

 ああ、やっぱり入らなきゃいけないのね。

 やはり女性ものの売り場は緊張する。男性なのに、その売り場にいることの罪悪感が込み上げてくる。


「動きやすいってなるとやっぱりスキニーが良いかなぁ~。ジェットコースターとかにも乗りたいからスカート系はアウトだよねぇ~」


 まさに今のような服装はダメだということを言いたいんだろう。

 彼女は黒のスキニーを手に取り、サイズを確認する。


「インナーは白いTシャツがあればいいか。お兄ちゃん、持ってるよね?」

「うん。あるけど…」

「じゃあ、それ貸してね」

「え…………?」

「だって、お兄ちゃん、白Tシャツ余るくらい持ってるじゃん。男物のL買ってるんでしょ? じゃあ、私でも着れるって」


 いや、そういう問題じゃない。

 Tシャツはあるけど、ボクが使っているヤツだ…。それでいいのか???

 妹はあんまりその辺を気にしているそうではなかった。


「あとはアウターね。夕方ごろになると涼しくなる可能性があるから、ジーンズ系にしておこうかな」


 手際よくジーンズのアウターの色味を選択して、サイズを選ぶ。

 妹は服を選ぶのにあまりボクに意見を求めることはない。

 まあ、楓本人のセンスが悪くないから、というのもあるが、自分のスタイルに合った自分の好きなものを着る、が彼女のモットーなのだ。まあ、そもそも陰キャのボクのほうが服のセンスに関しては酷いのは自覚があるからね。


「支払い大丈夫か?」

「何よ。ちゃんとこういう時のためにお金は貯めてあるんだから。いつまでも子ども扱いしないでよね」

「へいへい…」


 楓はプゥーと頬を膨らませながら、レジに並んだ。

 うーん、やっぱりこういうお店は慣れないな…。ボクはお店の前で妹を待つことにした。

 ふーっ。深呼吸もしたくなるわな…。


「あら? あなたは清水くんですわね…」

「ん? て、橘花さん!?」


 そこにはフリルのついた水玉のセミロングスカートを履いた橘花凜華がいた。

 いきなり敵に出くわした気持ちで一瞬構えそうになるボク。

 それを見て、橘花さんは、フフフと微笑んで、


「別にこんなところまで来て、雰囲気をぶち壊す気にはなりませんわ…。それに、陰キャーズの中では私が恨んでいるのは早乙女のみですから」

「あ、そうなんだ」

「それはそうと、今日はお一人で?」

「いや、妹の楓がいるよ」


 と、ボクは店の方を指さす。

 すると、橘花さんの横にいた、男性が「え…楓が……?」と焦りだす。

 あ、この人が中等部の生徒会長をしている橘花瑞希たちばなみずきくんか。


「お兄ちゃん、お待たせ~。って、ゲッ! 瑞希アンタ、なんでここにいるの!?」

「どちらも土曜日の過ごし方は一緒ですわね」

「あ、そうみたいだな…」


 それにしても、瑞希くん、楓の私服姿を見て、さらに顔が真っ赤になったんだけど、何でかな…。初めて見たの?

 楓もボクに対してのいつもの強気な態度とは違う微妙に恥ずかしそうな感じ。

 まあ、制服姿と私服姿じゃ全然見た目もことなるものな…。しかも、楓は元々素材もいいし、服のセンスもレベル高いから、橘花くんにとっては、新鮮味があったのかな。

 別にそれ以上何かを話すつもりもなかったので、橘花さんとはここで別れた。

 楓は顔を真っ赤にしてうつむきながら、過ぎていく橘花兄弟を見送ることはなかった。


「お兄ちゃん。別に兄妹きょうだいでデートしても悪くないよね!」

「ん? 別にいいんじゃないのかな? それに、知り合いが見たら兄妹きょうだいかもしれないけど、周囲の目は恋人同士に見えるから、そんな心配しなくていいなじゃないかな?」

「そ、そうよね」

「恥ずかしかったのか?」

「う、うん。ちょっとね――。私さ、普段学校では『ザ・優等生』って感じで振舞ってる部分もあるからさ~。瑞希アイツにもプライベートな感じの私は見せてなかったから…」

「まあ、あんまり気にしなくてもいいんじゃないかな。彼も別にそれを学校でベラベラ喋ったりするタイプには見えなかったけど…」

「うん…。多分、それは大丈夫だと思う…」

「じゃあ、ブラブラと歩きながらお店探して少し早めのお昼にして、参考書を探しに行くか?」

「うん。そうする! 実は、最近できた美味しそうな生パスタのお店があるんだよ。ぜひとも、お兄ちゃんに食べてもらって、家で再現してもらおうと思ってたのよ!」

「え…。それは結構大変そうだな…。生パスタか…。いいな、それ」

「じゃあ、決まり! さ、行こっ!」


 楓も中学3年生。やっぱり、色々と気にしちゃう年齢なんだな。

 でもさ、気にするんだったら、兄妹きょうだいで腕を絡ませながら歩くのは止めた方がいいと思うよ。

 周囲のボクへの視線がかなり厳しいのがヒシヒシと伝わってきてるから…。

 でも、一緒に歩く妹の笑顔が本当に可愛らしく、今日はこのワガママに付き合ってやろうと思ってしまうボクは、許してしまい過ぎなのだろうか…。


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