第8話 残り香が気になる妹

 晩御飯は18時半くらいには仕上がって、ボクは妹の楓が帰ってくるまでの時間を、学校の課題に費やしている。

 できれば、土日はゆっくりしたい…。もしくはオンラインゲームを堪能したいと考えていた。

 だからこそ、早めに終わらせるものは終わらせて、土日のオンラインゲームに備えておきたい。

 問題集でつまづいたところを参考書で確認し、次の問題へと進めていく。

 ボクにとって、これはいつもの作業ルーチンとなっている。

 沈黙の時間が続く。一人のリビングにはノートにシャーペンを走らせる音だけが微かに広がる。


「よし! できた。結構な量があったけど、案外早く終われた…」


 時計を見ると、18時53分――。

 あと、7分くらいで妹は帰宅なされる。

 ボクはこの時間で先日購入したコミックを読むことにした。

 本を読み始めると、あっという間に時が過ぎ去る。


 ガチャ……バタン………


「ただいま~」

「あ~、お帰り~。今日もぴったり7時帰宅だね」

「いっつも同じ最終下校時刻に出て、決まった時間の電車に乗って、どこにも寄らずに帰宅したら、この時間になっちゃうの!」

「あ、なるほど」

「ところでさ、お兄ちゃん。誰かさっきまでこの部屋にいた?」

「え? 何で?」


 ん? 何を感づいたのかな…?

 物的証拠はすべて片付けたはずなんだけど…。


「うーん、と。なんかさ、ちょっと甘い匂いっていうの?」

「さっき、ボクがリンゴジュースを飲んでたからかな」

「あー、そういうのんじゃない。シャンプーとかボディーソープの匂いなのかな…。ふんわりとした女性の匂いが玄関からリビングにかけてしたんだけど…」


 そ、その証言から察するに…いや察しなくても神代さんの匂いだよね。

 ボクは一緒に小一時間ほど一緒にいたから、気づかなくなってたのかな…。

 とはいえ、さすがにいきなりマズ過ぎる。


「もしかして……お兄ちゃんの女?」

「へ? ボクに彼女ができたとでも?」


 ボクとしてはここでシラを切りとおすつもりだ。

 童貞陰キャの兄に彼女がいるわけないという設定で。


「あー、それはないか…。そういう浮いた話、お兄ちゃんにはないもんね。昨日のLINEの通知のこともあったから、もしかしたら~って思ったんだけど、あたしの思い過ごしかもね」

「そうだぞ…。まずは楓みたいにモテるような身長が欲しいよ」

「あはは! そっか~。まあ、こればかりは素材が違うのですよ、素材が~」

「おい、ボクと楓は、同じ親から生まれてきただろうよ。

 さ、つまんないこと言ってないで、晩御飯にするよ。今日は楓の好きな鶏の唐揚げと青椒肉絲チンジャオロースと中華卵スープだよ」

「さすが! 私の食べたいものをよく存じ上げておられる! これだから、帰宅途中の買い食いは絶対できないんだよねぇ~、私」

「手洗いとうがいして、服を着替えておいでよ。その間に温め直しておくから」

「らじゃー!」


 妹は敬礼すると、荷物とともにリビングを後にする。

 やっぱり楓って直感鋭すぎるでしょ。来週から2人でテスト勉強したら、服に匂いついてるとか言いそう…。

 でも、まださすがに紹介するのははばかられるな。

 だって、まだ付き合い始めたばっかだもん。もう少し、お互いが近い関係になった方がいいに決まってる。だから、もう少し時間をおこう。

 テーブルに夕食を並べていく。

 いつの間にか妹も着席している。カットパンツにジュニアインターハイでもらった記念Tシャツというラフな装いだ。

 てか、妹よ。君ももう中3で育ちざかりなんだから、パッと見た感じでも十分に男を誘ってしまうそうな格好だよ、それは。まあ、この程度はいつも見ているから、ボクは全く欲情すらしない。見慣れた光景だけどね。


「いっただきまーーーす!

 うん、美味しい! この唐揚げ、程よく外の衣がカリッと揚がっていて、中からあぶらが染み出てくる~」

「楓はいつから、料理評論家になっちゃったの?」

「いつも美味しいお兄ちゃんの食事を食べていたら、誰だってこうなるよ」


 楓はうむうむと深く頷きながら、今度は青椒肉絲チンジャオロースに手を伸ばす。


「ピーマンとタケノコのシャキシャキとした歯ごたえを残しつつ、しっかりと火が通っていてこれも美味しい~。お兄ちゃん、良いお嫁さんになれるよ」

「え、旦那さんじゃないの?」

「うーん。いっそのこと私のお嫁さんになってくんないかな~」

「お兄ちゃんを家政婦か何かと勘違いしてないかな?」

「いやいや、家政婦じゃないよ。楓の! 結婚しよっ!」


 ドキッ!

 メッチャ笑顔の美少女が、自分に対して「結婚しよ」とか言われたら反応に困る。

 ちょっと胸が高鳴っちゃったじゃないか!

 血の繋がっている妹なのに、さすがにそれはマズい。非常にマズい。


「あれ~? ちょっと本気にしちゃってんの? お兄ちゃ~ん」


 楓はテーブルに手をつき、ボクの顔を覗き込んでくる。

 いや、その角度は絶対にマズい!!!

 Tシャツの隙間から妹のおっぱいが見え……あ、ピンク色。ボクは顔を横に向け、視線をおっぱいから逸らす。

 妹はボクの行動に、「それ」を気づいたらしく…。ボクの前で拳を振り上げ、ワナワナと震え上がる。


「あ、怒ってるよね…。でも、明らかに被害者はボクじゃない?」

「何の…被害者なの……?」

「ほら、楓のおっぱ……。あ。」

「ほう……。この楓様のおっぱいを見てしまった…と?」


 ああぁぁぁぁ……。なんでこんな簡単な誘導尋問に…。


「あ、あのぉ…これは不可抗力かと…!? そもそも楓がボクの顔を覗き込んで来なければ…」

「たとえ、原因が何であっても、そして兄弟関係であっても、これは立派なだよね、お兄ちゃん!」

「あれ? ボクの情状酌量の余地なし!? それ、おかしくない?」

「じゃあ、美味しい夕食を作ってくれる優しいお兄ちゃんに免じて、執行猶予はつかないけど、軽い罰にしておくわ!」

「え、実刑確定なの?」


 ボクのツッコミも空しく、楓はそうだ、とボクを見下ろし、舌をペロリと舐める。

 うあ、メッチャ嫌な予感しかしない。


「あ、そうだ。私ね、この土日は珍しく部活が休みなんだ~」

「へぇ~、そうなんだ。ゆっくりできるね」

「いやいや、それ、陰キャのお兄ちゃん的思考でしょ? 私は陰キャじゃないから…。どちらかというと陽キャだと思ってるくらいだよ…。

 だから、土日、私とデートしない?」


 え? 何でそうなるの???

 折角彼女ができたのに、どうして妹とデートでボクの土日を潰されちゃうの?


「私ね~新年度迎えて、生徒会と部活ともに忙しくて全然どこにも行けなかったのよね~。あ~明日が楽しみ~。今日の間に課題終わらせちゃって、土日を満喫しなくっちゃ!」


 心の底から満喫する気でボクから見れば気持ち悪いような笑顔をしながら食事を口にする悪魔にしか見えない美少女(妹)。

 ボクは逆に心の奥底から不安な地獄の週末を予見してしまったよ。

 しかも、土日両日ともに妹に時間を奪われるとか…!?

 ああ、妹のおっぱいの代償はデカすぎた…。

 トホホ…………。



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作品をお読みいただきありがとうございます!

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