Ⅲ
「——くっ‼」
圧縮された水の弾丸を
かろうじて捻った上半身は、だが最小限の動きで銃弾を躱した敵の間合いに捉えられ、刹那にファイズは己の不覚を悟った。——が、直後に体を襲ったのは、鋭い痛みではなく、体当たりを食らって土へ転げた浮遊感だけだった。
そうやって姿勢を崩しながらも、ファイズの頭の中では、この侵入者——〈ハンター〉と呼ばれる密猟者を足止めする方法の思索が続けられる。
ハンターの狙いは明白、
軽量を重視した装備と、"天敵"たる保護官のファイズへ致命傷を与えなかった行動から、その正確な目的も読み取れる。
「泪の蒐集者か——っ!」
天狼が今際に流す、最期の泪。
古来より、その〈月泪〉は不老長寿の霊薬とされ、為政者たちがこぞって探し集めたという。
現代科学によって不老長寿という幻想は過去の遺物となって久しいが、今も万能の霊薬として闇取引されている。その効能を信奉し、ゆえに
天狼域は、ヒトの一生を終え、天狼となった者が最期を過ごす聖域だ。
厳かで清らかなこの場所を、ましてや死に際に盗みを働くような密猟者に、土足で踏みにじらせることを
「——させるかっ!」
まとった
駆けていたハンターの体がぐらりとよろめき、数歩で膝を突く。
そうして開けたファイズの視界に、草原の真ん中で突っ立つ少女の姿が映りこんだ。揺れる赤毛が風をはらんで、炎のようにそよいでいる。
その表情はどこか悲痛めいて見え、何をしているんだと、言葉がファイズの喉を出かかった。
天狼は負の感情——哀しみを嫌う。
だから自然保護官は常に平常心を保ち、神々しくも恐るべき白銀の狼と対峙しなければならなかった。
そうしなければ、普段、けっして人間に寄りつくことのない天狼の真正があらわになってしまう。
——現に、躍りかかる神々しい四肢が、ファイズのほうからはよく見えていた。
「にげろッ、ナンシー‼」
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