81話 卒業コンサート②
「えっと……あの、そうですね。麻衣さんは裏でもとっても優しかったですよ……」
藍がひねり出したのは実に穏やかな一言だった。
……良いのよ、藍!ここは嘘でも「意外とズボラだ」とか「お腹出して寝てた」とか言って、私の方が「ちょっと!やめてよ! 」ってツッコむ流れなのよ!……などと思ってしまったが、そんな安易なバラエティ的流れに乗るだけが正解ではない。
本当に思っていることをファンの人に伝えることに勝る誠実さはないだろう。
「あの、これって公式に言ってましたっけ?私をオーディションの時に選んでくれたのが麻衣さんだったんですよ……」
藍の言葉に頷いているメンバーと、驚いたリアクションをしているメンバーとに分かれた。一方、客席の反応を見ると知らない人がほとんどだったようだ。
私が5期生のオーディションに携わったということはどこかで話したはずだが、藍を私がピックアップした、ということまでは話していなかったと思う。メンバー内でも藍と接点の少ないメンバーは知る機会もなかったのだろう。
「後から聞いた話だと、他の審査員の人たちは落とすつもりだったらしいんですけど、麻衣さんだけが『あの子は絶対に合格させた方が良い』って言ってくれたみたいで……」
続けた藍の一言に客席からは「おー」という静かなどよめきが起こる。
会場の空気を察した彩里が私に尋ねてきた。
「え、麻衣ちゃんは藍ちゃんのどういう部分を見て合格させた方が良い、って言ったの? 」
「直感です! 」
潔く言い切った私の言葉に、尋ねた彩里も会場も少々肩透かしを食らった感は見受けられたが、まあ実際その通りなのだから仕方ない。魂が共鳴する胸の高まりが!とか説明しても誤解を招くだけだろう。
「……あの、でも、藍ちゃんは本当に最初の頃とは変わったと思います」
おずおずと手を挙げたのは5期生の須藤琴音だった。
「お、琴音ちゃん!どういう風に? 」
5期生のライバルとも目されていた彼女の言葉を、メンバーも客席も聞きたがっているはずだ。
「そうですね、藍ちゃんは帰国子女だったとかで、とにかく私たちとは違っていたというか……とにかくとっても変わった子でした。言葉遣いとかも変だったし、デリカシーは無いし、そもそも周りに合わせようという気持ちがなさそうでした。でもそんな藍ちゃんのことを、良くも悪くも5期のみんなはとても気になっていたと思います。……それがいつの間にか5期生のセンターになったと思ったら、選抜のセンターにまでなるなんて。その頃からは会う度に私たちにも気を遣ってくれるし、先輩たちとも上手くやっていけているようでホッとしています。やっぱり藍ちゃんがそんな風に変われたのは、麻衣さんが長い時間を一緒に過ごして色々な面で教育してきたお蔭なんだと思います」
そうそう、琴音!良い所に話の着地点を持っていったね!
琴音の言葉に客席もメンバーも納得したようにしんみりと頷いた。
「え?何かスゴイ良い話みたいになってますけど……麻衣さんは『藍を選んだのは直感です!』って言い切るような人ですよ?藍が良い子になってこうしてセンターに立っているのは単に藍の元々の才能なんじゃないですか?麻衣さんの教育の賜物とかじゃなくて」
平和的にまとまりかけた空気をぶち壊しにきたのは……舞奈だった。
「ちょっと~、舞奈。どういう意味よ? 」
最後くらいは私も舞奈とただただ穏やかで仲の良い姿をファンの前で見せたいと思っていたのだが……そっちが仕掛けてくるのなら仕方ない!
あまり私と舞奈の関係性について詳しく知らない年少メンバーは突然始まった口論に若干うろたえているようだったが、古くからのメンバーは「また始まったよ」とニヤニヤしていた。
「どういう意味も何も言葉通りの意味ですけどね。……そもそも麻衣さんは誰に対しても良い顔をしすぎなんですよ。もう少し先輩として年長者として厳しく指導することも必要なんじゃないですかね?……っていうか、実は麻衣さんガチで女の子が好きなんじゃないかな……と私は疑っているんですけどね」
舞奈の挑発に一部のやや特殊なファンは色めき立つ。
「そうね、昔の舞奈にだったらそれもアリかもしれなかったかもしれないわねぇ……」
「な……どういう意味ですか!? 」
私の反撃に舞奈も一瞬たじろぐ。
「あのですね、皆さん聞いて下さいよ。私が最初マネージャーとして付いた時の舞奈はまだ17歳でね、本当に純真無垢な良い子でね……。しかも当時はまだ選抜にも入れず、自信もなくて、こんな子が本当にWISHでやっていけるのかなと不安にもさせられたんですが、それだけに『私が何とかしてあげなきゃ! 』という気持ちにもさせられたんですよ。……それがねぇ、今や随分と芸能界に染まってしまったというかねぇ」
「……ね、裏ではいつも2人でこんな感じでやり合ってるんです。あんまりそんなイメージ無かったと思いますけど、麻衣さん意外と口が悪いでしょ?裏の顔はこんな感じなんですよ」
一転して客席に向けた舞奈の一言に会場は沸いた。
……いや、それはさぁ、売り言葉に買い言葉ってやつじゃないですか……。これを裏の顔って言われてもなぁ、という気はしたが、まあお客さんが喜んでくれるならオッケーだ。
「え、逆に舞奈は麻衣ちゃんと初めて会った時はどういう気持ちだったの? 」
彩里が話題を展開した。
「麻衣さんと初めて会った時のことですか?初めからちょっとムカついてましたよ、私は。……マネージャーだっていうのに、天下のWISHのメンバーより明らかにルックスが輝いてるじゃないですか?マジで何なの?メンバーをマネージャーが公開処刑してどうするの?って思いましたよ」
会場からは笑い声が漏れる。
「その上、親身で一生懸命私のために動いてくれて、いつの間にかWISHとしてやっていく覚悟までこっちに植え付けてきて……。その上いつの間にかメンバーとして同じステージに立つようになったと思ったら、努力家で人の為にばっかり動いていて……人気が出てきてこれからセンターを目指す!っていう流れになってきたのに卒業しちゃうっていう……本当に意味が分かんない人です! 」
いつの間にか舞奈の口調は真剣なものになっていた。
「ねえ、麻衣さん……何で卒業しちゃうんですか?年齢なんて言い訳にならないですよ。まだまだ全然いけるでしょ?私は、もっと麻衣さんと一緒にステージに立ちたかったです!2人でセンター目指してバチバチやりたかったですよ!……何でもう卒業しちゃうんですか?卒業するの、やめません? 」
舞奈との思い出が一瞬のうちに蘇ってくる。
あの自信なさげだった少女が、多くのファンの人が見守る公の場でここまで気持ちをはっきりと言葉にするほど強くなったのだ。
とても嬉しかったし、それでも彼女に応えられないのが申し訳なかった。
「……卒業コンサートで卒業を撤回したら前代未聞よね? 」
「そうですね、アイドル史に間違いなく残ると思いますよ」
私の言葉に舞奈もそう答えて少し笑ってくれた。
もちろん現実にはそうは出来ない……そんなことは舞奈も分かっている。そのことを確認して2人で頷いたのだった。
「……はい。あ、じゃあそろそろ時間も迫ってきたので最後の1人くらいかな?他にある人はいる?」
しんみりとしてしまった空気を変えようと、彩里が話を振った。
「あ、じゃあ私も良いですか? 」
だいぶ遠いところ、ステージの端の方から声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます