80話 卒業コンサート①
それからの1ヶ月間は怒涛のような日々だった。
『PHANTOM CALLINNG』のプロモーション期間が終わり、アイドルとしての仕事は終わりかと思っていたが、卒業コンサートが決まったことで今度はそのプロモーションに駆り出されたのだ。
まったく、社長は最後までこれだ!人使いが荒い!
……なんていうのはもちろん嘘だ。変にヒマになってしまっていたら気持ちも沈んでいたに違いない。最後までアイドルとして誰かに求められること、仲間たちと一緒に過ごせることが本当に嬉しかった。
卒業コンサートに向けてのレッスンもすぐに始まった。当然私は他のメンバーよりも覚えなければならないことが山のようにあった。
会場は流石にドームクラスところではなかったけれど、それでも数千人が入るホールだった。チケットも即完だったそうだし、それに伴う事前のグッズの売れ行きも良かったとのことで一安心といったところだ。
そうして今までと変わらぬ忙しい日々を過ごすうちに、あっという間に当日はやって来た。
「どう麻衣ちゃん、緊張してる? 」
本番前、少し廊下で1人でいると後ろから肩を叩かれた。
キャプテンの高島彩里だった。どんな時も彼女はフラットなテンションでとても接しやすい。それが彼女に安心感を抱き信頼される理由なのだろう。
「それがね……全然緊張してないのよね。何かお客さんとしてWISHのコンサートを見に来たくらいの気楽さなのよね」
私の返事に彩里も笑っていた。
「皆様、本日は小田嶋麻衣の卒業コンサートにお越しくださいまして誠にありがとうございます。開演に先立ちまして幾つかの注意点がございます。まずは…………」
影ナレも今回は私が担当した。
影ナレとはライブ本編が始まる前、マナー上の注意や避難経路だったりといった業務的なことをお客さんに伝えるアナウンスだ。
WISHのコンサートではメンバーが代わる代わる担当するのが恒例になっていた。年少メンバーのやや拙いアナウンスを楽しみにしているファンもいるし、驚くほど上手なアナウンスをするメンバーもいる。
どちらにしろ影ナレは、ライブ本編がもうすぐ始まる合図でもあるので会場が盛り上がる瞬間だった。
私の影ナレに対する会場の反応はとてもリラックスしたもののように感じられた。卒業コンサートだということでセンチメンタルになりすぎることもなく、「社会人経験もあるBBAメンの影ナレは流石に上手くてあまりツッコミどころもないな」という意味での笑いが少し起こっているようだった。
そんなこんなで、いよいよコンサート本編が始まった。
黒木希や井上香織のようなエース級のメンバーの卒業とともなれば、グループ全体の今後にも関わってくるため、演出にもそうした部分が必要になってくる。エースが卒業した後のグループとしての意志表明のような意味合いだ。
だが私はそういったポジションのメンバーではない。人気的にもそこまで上位ではないし、そもそも加入の経緯からして異色の存在だ。
だから逆に言えばコンサートのプログラムに関してもかなり自由が利くと言える。
定番の盛り上がるシングル曲を何曲かやって客席を温めた後は、いきなりトークコーナーになった。
「『今だからこそ言える?マネージャー小田嶋麻衣はどうだったのか?』のコーナー!!!」
「え、え?『麻衣さん今までありがとう!』のコーナーじゃないの? 」
メインMCを務める彩里の言葉に私は慌てた。
ここでは後輩たちの何人かが、私に対する今までの感謝の気持ちを
「残念ですが、違いま~す!感謝とかは終わってから楽屋でやって下さい。そんなもの一人ずつやってたら時間が幾らあっても足りません!……麻衣ちゃんはマネージャーとメンバーの両方を経験している唯一の人です。メンバーも意外と気を遣ってマネージャーさんや運営の人に自分の意見を中々言えなかったりするんですよね。なのでこの機会に麻衣ちゃんを通してこれからのWISHとコスフラがより円滑になるようにという企画です! 」
「……うん。いや、今日は私の卒業コンサートだよね?感動的な別れじゃないの?っていうかそれこそ裏でやれって話じゃないの? 」
私の反論はどう考えても正論だったと思うが、会場の雰囲気はすでに出来上がっていた。
それを察した彩里が客席に向かって煽る。
「皆さんも麻衣ちゃんの裏の顔が知りたいですよね? 」
彩里の煽りに会場から割れんばかりの拍手が起こる。
「いやいやいや、皆さん!おかしいですって!裏の顔なんか別にないですから……」
「はい!じゃあ、私から良いですか!? 」
勢い込んで手を挙げたのは5期生の瀬崎由衣だった。
……何、この反応の速さ。事前に相当な仕込みがあったな。まったく!
「えっと……麻衣さんは少し前まで5期生と一緒に活動している時期があって、教育係って言うんでしょうか?5期生のお母さん的存在だったんですけど……」
「……あの、そこはお姉さん的存在でいいんじゃないかな、由衣ちゃん? 」
私の言葉に会場からは失笑が漏れるが、本人の耳には届いていないようで由衣は話を続けていた。
「一度、藍ちゃんと須藤琴音ちゃんたちとでスゴイ雰囲気が悪くなってしまったことがあってですね……あの、結局は仲直り出来て、前よりもむしろ結束力が深まったんですけど……その時藍ちゃんに『ゆるしてニャン』とかいうよく分からない……ギャグ?ギャグって言うんですかね?そんなことを麻衣さんが藍ちゃんにやらせていて、藍ちゃんが可哀相だと思いました」
緊張からかやや拙い口調ではあったが、由衣の言葉はきちんと伝わったようだ。
会場の一部(ある程度より上の世代)からは爆笑が起こり、元ネタを知らない若い世代からは頑張ってエピソードを話した由衣に対する声援が飛んだ。
「え、麻衣ちゃん、それってギャグなの?ごめん私も知らないんだけど? 」
公式には同じ年齢のはずの彩里の顔にも疑問符が浮かんでいた。
「あの、ほら、ちょっと前にそういうのが流行ったのよ!……私の家では昔からやってたから!MAKINO先生も知ってたからね! 」
「ふ~ん、そうなんだ。……あ、一部で激しく頷いていらっしゃるお客さんがいますね?どうもちょっとかなり世代が上の方たちのように見えますけども……。あ、何ですか?『ゆるしてニャン』はこうやる?……あ、そうやって手を頭の上に持ってきて猫耳みたいにするんですね。なるほど、ありがとうございます。……いやぁ、オジサンの猫耳ポーズを見せられるのは中々キツイものがありましたけどもね」
「え、え、良いの、彩里?そんなこと言って? 」
急な毒舌を見せた彩里に私は少し不安になったが、会場は大いに沸いていた。
……まあ、この場は良いということにしておこう。
「え、ねえ!藍ちゃん、実際どういう風にやったのか見せてくれないかな?」
彩里から藍に指名が入ったが、藍は恥ずかしがってステージ中央には中々出て来なかった。藍の様子からすると、これに関しては事前の段取りが出来ていたわけではなさそうだった。
「え~、別にどういう風って……さっき言ってた通りですよ?……『ゆるしてニャン』……はい、もう良いですか? 」
おざなりなポーズと口調の藍の『ゆるしてニャン』ではあったが、それでも会場からは「可愛い〜! 」の声が沸き起こった。
「え、藍ちゃん。ちょっと待って、待って!……藍ちゃんから見て麻衣さんはどういう先輩だったの?結構2人は一緒にいたイメージあるから、藍ちゃんしか知らない裏の顔とかあるんじゃない? 」
もう自分の仕事は終わったと言わんばかりに、とっとと自分の定位置に戻ろうとする藍を彩里が引き止めた。
「え、私から見た麻衣さんの裏の顔ですか……? 」
本気で戸惑っている様子の藍に私の方がドキドキしてきた。
……いや、大丈夫よね?藍もこの場で言えることと言えないことくらいの区別は出来てるよね?
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