82話 卒業コンサート③

「じゃあ、そろそろ時間も迫ってきたので最後の一人くらいかな?他にある人いる? 」 

「いや、いつまでこのコーナーやるのよ?……まったく」


「あ、じゃあ私も良いですか? 」


 何しろ40人以上がステージに一列に並んでいるのだ。中央にいた私からは誰が名乗り出たのか分からなかった。


「え~っと、あれ、え?…………希? 」


 彩里の言葉に会場が一瞬ざわつく。それと共にピンスポットが彼女目掛けて当てられる。

 そこにはにこやかに手を振る黒木希その人がいた。

 一瞬の間があって、ステージの最上手にいたのが本当に黒木希であることが分かると会場からは怒号のような歓声が上がった。




「やっほ~、はろはろ~、皆さん久しぶりです~」


 本当に彼女の登場を誰も知らなかったようで、メンバーたちも驚きの感情を近くのメンバー同士で共有していた。


「ちょ!何で希がここにいるのよ!……良いからちょっと真ん中に来てよ! 」


 客席に向かって手を振ったり、ウインクをしたりとサービスが止まらない希を彩里が呼びつける。

 ようやく動きを止めた希は、ゆっくりとした足取りでステージ中央に向かって来た。


「どうも皆さん、お久しぶりです。黒木希です」


 希が改めて客席に向かって頭を下げると、再び割れんばかりの拍手が会場に満ちた。


「え?いや、いつの間にしれっと紛れ込んでたのよ? 」


「あら?ひどいわねぇ、彩里。久しぶりに私と会えたのに。それは愛する麻衣ちゃんの卒業コンサートということなら私も駆け付けないわけにはいかないでしょ?……ね、私この制服初めて着たんだけど、可愛いわね! 」 


 希がくるりと一回転すると会場からはそれだけで大きな歓声が上がった。

 現在は女優・モデルとして活躍する彼女は、明らかに久しぶりのアイドルとしての場を楽しんでいた。


「いつから?って聞かれると、ついさっきよ。舞奈ちゃんの話の最後の方になってからかしらね。皆真面目に中央の方をしっかり見ているものだから、端に紛れ込んだ私に全然気付いていないのは……何だかとっても快感だったわ」


「え、麻衣ちゃんも希が来ていること知らなかったの? 」


 メンバー全員が希の登場に驚いている様子を見て、彩里は改めて私に聞いてきた。


「いや、全然知らなかったわよ! 」


「そりゃあ、サプライズ登場するのに本人に報せていたら一番意味ないじゃない。私が登場することを知っていたのはスタッフさんの中でも一部よ。……ねえ、そんなことより!私は麻衣ちゃんの裏の顔を暴露しに来たんだからね。覚悟しなさい! 」


 わざとらしくビシッと私を指差した仕草にメンバーからも歓声が上がる。


「えっとね……麻衣ちゃんがマネージャーとして最初に付いたのが私だったわよね?本当にその当時は、まだまだ学生気分の抜けない甘ちゃんで何度叱りつけたか分からないわ!……って言いたいところだけど、残念ながら麻衣ちゃんは最初から割としっかりしていたのよね」


「いや、最初の頃は私も必死でしたよ。色々周りにご迷惑も掛けたと思います……」


 なんだか希と話していると、アイドルとしての小田嶋麻衣ではなく、マネージャーとしての小田嶋麻衣に戻ってしまう感覚がした。


「麻衣ちゃんとは同じ歳だったし、すぐにマネージャーさんとして信頼を置いたわ。でもそれだけじゃなくてね、妙に人の心の内側に入り込んでくるというかね。……私はアイドルになってから、本当の意味で周りの人間に対して心を開いていなかったんだな、って麻衣ちゃんと接するうちに気付かされてしまったのよ」


 誰もがその話に聴き入っており、希が少し言葉を切ると広い会場からは静寂が聞こえてきた。


「その頃の私はWISHでもセンターをやらせてもらっていたし、外仕事も忙しくてアイドルとして絶好調だったと思う。……でもさっきも言った通り、正体不明の孤独感を抱えていたし、その中でを演じていたのだと思う。……多分あのままいっていたら私はとっくに潰れていたし、今こうして芸能界にはいないと思うわ。そんな私を救ってくれたのが麻衣ちゃんだったのよね」


 会場内に再び一瞬の静寂が訪れる。

 私は当時のことを思い出していた。

 希が熱を出して寝込んだ日のこと。そしてその翌日希の実家に行き家族に会ったこと。いつも完璧なアイドルだった希の素の顔を見られたのはあの時が初めてだった。確かにあれから希の表情は少しづつ変わっていった気がする。

 まあ、希の様子に気を遣えというのは社長からの指示だったわけで、私自身の手柄では全然ないんですけどね……。


「アイドルになってからも、麻衣ちゃんはいつも誰かの為に働いていたみたいだけれど……逆にそんな麻衣ちゃんを支えてくれる人は誰かいるのかな?って少し心配になっちゃうかな?……まあ、これでWISHから卒業して恋愛も解禁になるわけだから、早く立派な彼氏でも作っていっぱい甘えれば良いと思います。……あ、この中の人たちにもチャンスがあるんじゃないですか? 」


 希が会場のオタクたちに向けて話を振ると、またまた大きな歓声が上がった。


「あ、いや、流石にそれはないと思いますけど……っていうか余計なお世話ですよ!あ、っていうかそう言う希さんの方はどうなんですか?この前週刊誌に撮られてましたよね?ほら、俳優の……」

「ねえ彩里、時間は大丈夫なの? 」


「いや……もう時間はいっぱいいっぱいですよ。『早く曲に行け!』という舞台監督からの鬼のような声が私のイヤモニには飛んできております、はい。そろそろ次の曲にいきましょう」


 苦笑しながら答えた彩里の言葉にメンバーたちも体勢を作る。

 最後は全員が参加する曲だ。ステージも狭いので、フォーメーションも作れず横一列に並んでの曲披露となる。


「あれ?希も入るの? 」


 希はトークのために来てステージを下りるものだと思っていたが、依然その気配を彼女は見せなかった。


「そりゃあ、こんな機会もうないからね。わざわざ制服も作ってくれたんだし、1曲くらい麻衣ちゃんの隣で踊らせてよ」


 希の言葉に再び会場からは大きな歓声が上がる。

 もちろんメンバーたちも誰もそれに異論を挟む理由はない。

 満を持してイントロが流れ始めた。


「皆さん、今日は本当にありがとうございました!最後に聞いて下さい!『それでも、桜は咲いている』です!!! 」


 私にとっての最後の曲振りだった。




 この曲はWISHの初期からやっている代表曲だ。

 踊りながら色々な光景が頭の中を走馬灯のように駆け巡った。

 前世での冴えない松島寛太としての生活、こちらに転生してきてからの慣れない学生生活、優里奈との大学時代、WISHに入ってマネージャーとしての日々、メンバーとしての活動、色々な人との出会い……全てが一瞬のことのようだった。


 気付くと客席は私のサイリウムカラーである緑と紫に染まっていた。

 メンバーにはそれぞれサイリウムカラーというものが決まっている。WISHはメンバー数がとにかく多いので1人に1色割り当てることは出来ない。ファンの人も大抵は両手にサイリウムを持つので、その2色の組み合わせで自分が誰を推しているのかを表明するのだ。

 それが今は会場一面が緑と紫に染まっていた。もちろん卒業していく私に向けたファンの人からの演出だ。


 照明を落とされた客席はまるで海のように見えた。私の色に染まった海だ。

 ステージ上から見たこの景色は他の誰のものでもない。死ぬまで……松島寛太としての世界に戻ったとしても絶対に忘れることはないだろう。




 気付くといつの間にか曲は終わっていた。


「ありがとうございました、WISHの小田嶋麻衣でした!!! 」


 アイドルとしての私の最後の挨拶だった。

 再び歓声と拍手で会場が埋め尽くされる。

 すぐさま態勢が整えられる。

 ステージ中央から下りて、客席の真ん中を突っ切る花道を通って退場してゆくというのが今回の演出だった。

「小田嶋さん、整いましたので出発して下さい」

 イヤモニに舞台監督からの指示が入り、私たちもその態勢を取る。

 多数のメンバーが私を取り囲み、取り囲みながらも目立つように距離を置く様はまるで大名行列のようだった。


 一人一人のファンの人の顔を確認しておこうと、私はゆっくりゆっくりと進む。

 ファンの人にとっても大事な思い出かもしれないが、私にとっても一人一人のファンは大切な存在だ。出来る限り焼き付けておきたかった。


「ありがとう! 」「ありがとう! 」

 色々な所からその言葉が飛んできた。

 なぜ自分が感謝されるいわれがあるのか、まるで意味が分からなかった。

 声のした方に頭を下げ、手を振っているうちに自然と涙が出てきた。


「待ってるからね! 」

 そんな声も聞こえてきた。WISHの運営側に回るために経営等を学ぶため海外留学する、というのが私の卒業理由だった。

 早いところそれを済ませ、今度は運営側の人間として戻って来い!という意味だ。

 その約束を私は果たすことが出来ないから本当にズルい話だが……それでも帰りを待ってくれる人がいるというのは幸せなことに思えた。




 最後の花道はとても長かったようにも思えたし、一瞬のことのようにも思えた。

 楽屋に戻るとスタッフさんが拍手で出迎えてくれた。


「麻衣。とっても良かったわよ、今までありがとうね……」


 社長が花束を持って来てくれた。

 社長の顔も涙で濡れていた。言うまでもなく私の顔はとっくにグシャグシャだった。

 どちらからともなく無言で抱き合った。


「……最初にあなたを見た時に私も直感を感じたのよ。この子はWISHにとって重要な人物になるってね。私の眼に狂いはなかったわ」


「……そんな、こっちこそ……」


 私の返事は、もうロクな言葉になっていなかった。


「今日の公演を見ていて、私も私にもまだまだやれることが見えてきたわ。あなたが向こうにに行っている間くらいは、まだまだWISHの灯は私が消させないから。早く戻ってきて」


 社長の言葉に私は「必ずすぐに戻ってきます! 」と返事をすることはなかった。

 もちろんそうすることも出来たはずだが、それよりも伝えなければいけないことを思い付いたのだ。


「……あの子を、藍をよろしくお願いします。藍の中に、小田嶋麻衣はいます……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る