70話 じゃあ、これからどうすればいいのさ!?
「元の世界に……戻る? 」
優里奈の言葉を私は思わず繰り返していた。
「そうね、それがベストだと思うわ。……もちろんそれ以外にも幾つかの方法が考えられるわ。藍と麻衣、2人が遠く離れて暮らせば問題はないかもしれない。……ただこの場合の遠くっていうのは、2人が決して会うことがないくらい遠くね。最低でも日本からは出て行くべきでしょうね」
「……」
まあ優里奈の言うことも理解出来る気がした。
藍の存在はまだそれほど知られていないにしろ、少なくとも私は国民的アイドルとして活動を行っていたのだ。誰かに気付かれてストーカー行為など思わぬ騒動になる可能性もあるだろう。知り合いの知り合いくらいの誰かを通じてバッタリ……という可能性も考え出せばキリがない。
時を経て藍と私が再び出会ってしまっては、魂が飛び出す、あるいはもっと予想も付かない事態が起こる可能性がある……優里奈はそう説明した。
「それから、藍の魂を元の麻衣の身体に戻すっていう方法もあるわ。ただこれももちろん2人は離れなければならないわね……」
もちろん藍が元の自分(小田嶋麻衣)の身体に戻りたいとい希望するならば、それは藍の意志を尊重すべきだろう。だが藍は17歳からいきなり25歳へと年齢を飛ばされるわけだ。10代後半から20代前半という貴重な期間をすっ飛ばして生きていかなければならない……というのはかなり酷なことに思えた。
藍の顔をチラリと窺う。
「藍は……どうしたいの?戻りたい?」
藍も私に気遣ってかすぐには答えなかったが、その意志はすでに決まっていたように見えた。
「私は……今は小平藍としてWISHのセンターに立ちたい気持ちが強いです。この自分のことも気に入っていますし……何だか麻衣さんを見ていると、小田嶋麻衣が元の自分だったとはあまり思えないんですよね。……でも、お父さんとお母さんには会いたいですね……」
藍は少し目を伏せた。
そうだ、藍の記憶が戻ったのはついさっきの出来事だったのだ。それによって家族の存在を思い出したのだから、寂しい気持ちも当然だろう。
「藍が家族に会うのはこっちの方でもフォローするわ。正式に決まれば天界の力を使って藍を元から家族だったことにも出来ると思うわ、……で、どうするの?アンタは?」
優里奈の顔が再びこちらを向いた。
……どうするも何も、優里奈の言う通りにすることが正しいのは間違いないように思えた。
藍の意志を尊重したい、というのも綺麗事でも何でもなく本心だった。
それにこちらの世界では俺はどう考えても迷い込んで来た余計な存在なのだ。俺が元の世界に戻るのがどう考えてもスムーズだろう。
だけど……
「ねえ、優里奈……私にはやっぱりアンタが天使じゃなくて悪魔に見えるよ……」
「は?……何なの急に?」
優里奈は不審気に目を細めた。
「……私が元の世界に戻るってことは、こっちで出会ってきた全ての人と別れを告げなければならないってことでしょ?それがどれだけ辛いことなのか……アンタは本当に分かった上で言ってるの!?」
「それは……そうだけど。でも仕方のない……」
「仕方ないとか簡単に言わないでよ!」
「ちょ、麻衣。一回落ち着いてって……」
落ち着いてなどいられるわけがなかった。一度堰を切った感情を止めることは出来なかった。
「ねえ、優里奈?……私が今、どれだけの人たちに支えられて、愛されているか、それを想像してみた上でアンタは私に元の世界に戻れって言ってるの?……家族がいて、WISHのメンバーがいて、スタッフさんがいて、仕事で関わる沢山の人がいて、私を推してくれている沢山のファンの人がいて……その人たち全員ともう二度と会えないってことでしょ? 」
「分かるけど、麻衣。それは仕方のない……」
「5期生の皆はまだまだサポートが必要だろうし、舞奈もまだどこか不安定な気がするし、希さんにもまだ卒業してから一度もきちんとお礼にいけていないし、社長には返しても返しきれない恩がある……それに、私は藍の成長を間近で見られることを本当に楽しみにしていた!今後のWISHを見ることを本当に楽しみにしていたのよ! 」
優里奈に感情をぶつけたって何の意味もないことは分かっていた。
それでも吐き出しておかないわけにはいかなかった。
吐き出しておかなければ、この大事な気持ちがあったことすら無かったものにされてしまうような気がした。
「…………」
優里奈はもう返事をしなかった。多分私の感情を無理に抑えつけても意味のないことだと分かっていたのだと思う。
「それを、アンタは……元の世界に戻るとか簡単に言わないでよ!……ならいっそ、何も言わずいきなり麻衣としての記憶を奪ってくれれば良かった!藍の魂をこっちに戻して私の魂を弾き飛ばすことも出来たんでしょ?」
「……そうね、それも不可能ではなかったわ。でもそうすると、アンタの魂が危険だわ。魂の入れ替えを何度も行うことにはリスクが伴うわ……」
「良いわよ、別に!何も知らないうちに魂ごと消えてしまえたのなら、いっそその方がどれだけ楽だったことか!」
「……麻衣」
「麻衣さん……」
ヒステリーを起こした私を2人はオロオロと見ていた。
分かっている。自分でもどうしようもないことを言っているのは分かっている。
……でも素晴らしすぎたのだ。小田嶋麻衣としての世界は。世界がこんなにも色彩に満ち、愛に溢れたものだということに気付いてしまったのだ。
それを自分の意志で手放さなければいけないなんて……そんなこと出来そうもなかった。それなら眠っている間にでも強引に事を進めてもらった方が良かった。
「でも……じゃあ、その出会った素晴らしい人たちに、一言の別れも告げずに去って行った方が良かったってこと?アンタが言っているのはそういうことよ? 」
優里奈の反撃が来た。
「…………」
すぐには反論の糸口が見えなかった。
……いや違う。優里奈の言っていることの方がどう考えても正しいことは分かっていた。そんな不義理な自分を私は許せるだろうか?
「ねえ、麻衣……今はまだ受け入れるのに時間が掛かるかもしれない。でも、そんな半端な別れ方をしてしまったらきっと後悔が残るわよ。お世話になった人たち一人一人に……もちろん全ての事情を話すことは出来ないけれど……別れを告げることが正しい別れの在り方なんじゃないの?」
「……分かってる!分かってるわよ! 」
……やっぱり優里奈は天使というよりも悪魔の方が近い存在なのではないだろうか?こんなにキツくて正しいことを正面から言うような存在が天使であるはずがない。
「それに……アンタは松島寛太として生きてきた世界のことを、あまりに
「……は?それはないでしょ? 」
激情に駆られていた俺もこの一言で急に冷めた。
元の世界のことはしっかりと覚えているが、別に誰の顔も浮かんでは来なかった。
優里奈が悪魔ならもう少し巧いウソを吐くはずだから、やっぱり彼女は悪魔ではないのかもれない。そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます