69話 懐かしい再会②

「ごめん優里奈……私、本当はね……」


 高校の時、あるいは大学に進学してからでも、自分が本当の小田嶋麻衣ではなく松島寛太である……ということを打ち明ければ良かったと本気で思った。彼女があの頃助けてくれなかったら小田嶋麻衣としての生活はすぐに破綻していたはずだ。

 だけど彼女は無条件に助けてくれた。彼女にとって小田嶋麻衣という人間が親友だったからというだけでだ。

 それに対して本当の正体を隠したまま彼女の厚意に甘えっぱなしだった自分は、あまりに不誠実だったのではないだろうか?たとえ信じてもらえずとも、たとえ絶交されようとも、きちんと自分の正体を彼女に告げるべきだったのではないだろうか?

 今さらかもしれないが、本当の自分の正体を彼女に告げよう!……と決意した出鼻をくじくように優里奈はクスクス笑い出した。


「いや……私はアンタの正体とっくに知ってたけどねwww」


「……………は?」


 意地悪な顔もまるであの頃のままだった。


「ま、どんな親友相手でも『私は本当の小田嶋麻衣じゃないの!』……なんて言い出せるはずないでしょ?別に気にしなくて良いのよ」


「……は?え?……私が本当の麻衣じゃないってことに気付いてたってこと?……いつから⁉いつから気付いてたのよ!!!……藍に聞いたってこと?」


 チラリと藍の顔を見たが、藍は首を横に振るだけだった。

 それはそうだろう。藍の(小田嶋麻衣としての)記憶が戻ったのは今さっきの出来事だったのだ。そんな時間的猶予はなかったはずだ。

 そもそも、優里奈の口ぶりと意地悪な笑みはそんな生易しい事態ではないことを予想させた。


「ねえ、麻衣?私がアンタのあのぎこちないJKっぷりを見て何とも思わないと思った?急に態度がよそよそしくなった親友に対して何の違和感も持たないと思った?あの状況で何も気づかない人間のことを果たして親友と呼んで良いものかしらね?」


「……え、ウソ。……マジで?ウソでしょ?」


 顔面からみるみる血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 あの頃の親友関係は何だったの?ウソだったってこと?


「まあ麻衣、落ち着いて。大丈夫だから、ね。優里奈はそんなアンタの違和感に気付きながらも、アンタを助けることを生き甲斐に高校・大学と一緒に付いて回った。……なんていう私の優しさって神クラスじゃない?むしろ天使みたいって思わない?」


「は?何急に?……天使っていうか、その意地悪な顔は悪魔みたいなんですけど……」


 私が思わずした返事にも優里奈はニヤニヤとしているだけだった。


「いや小悪魔でも悪魔でもなくて天使なのよ、私は」


「は?本当のことを話すって言ってたじゃないのよ!ふざけてないで……」


 反射的に反発の声を上げていたが、その時一つの場面が浮かんできた。

 松島寛太として死にかけていた時に会った、あの天使ちゃんだ。

 

「え?……優里奈は、私を麻衣として転生させた、あの天使ってこと? 」


 目の前が真っ暗になりそうだった。

 私の問いに優里奈のニヤニヤがようやく収まった。


「いいえ、あの天使は私の上の立場の天使……まあ上司みたいなものと思ってもらって構わないわよ。私はもう少し身分の低い天使ということになるかしらね」


 ということは……優里奈も天使なのは間違いないということのようだ。

 私の青春時代を支えてくれた親友は、人間じゃなかったってこと?

 呆然としていると、軽くため息を吐きながら優里奈が説明を始めた。


「ま、なるべく分かりやすく説明するとね……アンタの転生に関しては幾つか問題があったの。まずは男性恐怖症の件ね。これは完全に転生の際のこちら側の設定ミスね。あれで女性アイドルになろうってのはかなり致命的よね。そのアフターフォローも含めて私が地上に送り込まれてきたのよ。ケータイの履歴や近しい人たちの記憶の操作は結構大変だったわよ……」


 衝撃的な事実だったが、すでに私は意外と冷静に事態を受け止め始めていた。

 まあ冴えないサラリーマンが小田嶋麻衣として転生したという意味の分からなさを考えれば、それくらいはアリかもしれない……という気持ちだった。


「もう一つは、こっちの方がより重要だったんだけれど……元の小田嶋麻衣の魂、つまりそこにいる藍の魂が実は死んでいなかったのよ」


「は……?」


「転生をさせるためには幾つか条件があってね、転生先に選ばれるのは死後数時間以内の肉体と決まっているのよ。死にそうになっていた小田嶋麻衣の魂に関しては天界側で少し前から関知していて、アンタの転生の際の『WISHのために人生を捧げる』っていう願いも考慮して麻衣の身体が選ばれたのだけれど、それによって元々の麻衣……つまり藍のことだけど……の魂が弾き出されてしまったのよね。天界にやってきた藍の魂を調べてみたら『まだ本当は死んでないじゃないか! 』ということで大問題になってね。……まあともかく2人の魂を救済しなければいけないということで私は送り込まれたのよ」


「……え、ちょっと待って。じゃあ優里奈は何の目的で地上に来たの?私と藍の魂を救済するっていうのはどういうことなの?」


 他にも色々と疑問が出てきそうだったが、まずはそれを尋ねた。


「まあ簡単に言うとね、2人がこの世界で長い間共存することは難しいってことよ。一度元の身体を離れた魂は……しかも定着して時期の浅い魂は簡単に弾き出される。藍の魂が麻衣の身体に呼応していたのは、アンタも感じていたでしょ?」


  藍を見る度に起こっていた胸の高まりはそういった意味だったのか……。


「……長い間ってどれくらいなのよ?」


 もう藍と初めて出会ってから3か月以上が経っているはずだった。

 その間頻繁に顔を合わせていて何ともなかったのだから、それなりの年月は大丈夫なのだろう、という希望的観測を含めて私は尋ねた。


「半年以上は危険ね。どちらかの魂が飛び出すか……はたまたどんな事態が起こるかは正直私にも分からないわ」


「……嘘よ!そもそも何でこのタイミングで藍はこっちの世界に戻って来たのよ?もっと早いタイミングで戻って来れば……私がWISHに入る前だったら、こんなに事態が面倒になることもなかったんじゃないの!? 」


 そこまで危機的な状況ではない!このままの形で藍と活動していきたい!……そんな希望的観測にすがりたくて、私は声を荒げたのだと思う。


「たしかにもっと早いタイミングで藍を戻せば傷は浅かった。でも天界も結構お役所仕事でね。問題をたらい回しにしているうちに発覚が遅れたというのが一因ね。……ま、そもそも天界と地上では時間の感覚がだいぶ違うからね、そこはあまり責められても仕方ないわよ。それに、藍の身体を用意するのにも時間が必要だった」


「……」


 言っていることは正直ってあまり理解出来なかったが、冷静さを崩さない優里奈の反論に何も言い返すことが出来なかった。


「それに一番の要因はアンタを転生させた条件よ。『WISHのために人生を捧げる』という目的をある程度達成させないと、アンタの魂を引き離すことは難しかったのよ。……でももう今のアンタはその条件をかなり満たしている。そうでしょ? 」


 確かに振り返ってみると、WISHに対して自分をそれなりに捧げてきた、という達成感があった。……いや、だが……


「じゃ、じゃあ……そもそも藍をここに送り込んできて、オーディションを受けさせたのは何故よ?優里奈が私のところに来てそれを説明すれば良かったんじゃないの?」


「もし私がいきなり見ず知らずの女の子を連れてきて『この子が本当の小田嶋麻衣だから、身体を返してあげて』なんて言って……それをアンタ受け入れられた?」


「……」


 確かにいくら親友の話とは言え、いきなりそれを受け入れるのは難しかったかもしれない。たとえそれを理解したとしても『分かりました、お返しします』とはすぐにならないだろう。


「それに……WISHに入るというのは、この子の願いでもあったのよ」


 優里奈の藍を見つめる眼差しは母親のように優しいものだった。

 藍は軽く頷くと話し始めた。


「……実は私も元々アイドルに憧れていたんです。それでWISHっていうアイドルが出来るって聞いてオーディションを受けようと思っていたんですけど……学校の人にそれがバレて『あなたなんかがアイドル?ムリでしょ?』って散々馬鹿にされてイジメられて……それで学校にも行けなくなっていた時期だったんです」


「え、え?何で?何でムリなんて言われたの?」


 17歳当時の小田嶋麻衣といえば誰が見ても振り返る美少女。アイドルになるために生まれてきたような存在だったはずだが。


「私は……今の麻衣さんみたいな美人さんじゃ全然なかったですよ……。そりゃあ似ている部分も少しはありますけど。だから麻衣さんが元の自分だって言われるとドキドキしちゃいます……」


 どういうこと?と思って優里奈を見た。


「そりゃあ……『WISHのために人生を捧げる』っていう人間のために、多少は小田嶋麻衣もアイドル仕様に仕上げたわよ」


 ……そうか。このルックスもやっぱり神様?天使?に与えられたものだったのか?


「……そんなわけでアンタの近くに藍を送り込んできっかけを探っていたのよ。ま、いきなり強引にアンタの魂を弾き飛ばしてそこに藍の魂を戻すことも出来なくはなかったかもしれないけど、それはお互いのために良くないだろうしね」


 え、そんなこと出来たの?無茶苦茶怖いこと言ってません?優里奈さん?


「でも藍の記憶を全部戻して転生させるほどの能力は私にはなかったし、いきなりそれをすると藍の負担も大きかっただろうしね。ただキスがきっかけになってお互いの魂が共鳴することは予想出来たのよ。麻衣はけっこう他の女の子ともイチャイチャしていたから、近くに送り込んでおけばそのうち藍ともキスぐらいするだろう。それで藍の記憶が戻ってからどうするか考えよう……っていう見切り発車かしらね、こちらの目論見としては」


「ちょちょちょ、優里奈さん?人を誰彼構わずキスするような軽い女みたいに言わないでくれる?」


 私のツッコミも優里奈は無視して、軽く咳ばらいをした。


「とにかく大事なのはこれからどうするかよ。……一番ベストなのは麻衣、アンタが松島寛太として元の世界に戻ることだわ」 



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