68話 懐かしい再会

「やっほ~、麻衣!久しぶり!元気だった?」


「……久しぶりね、優里奈」


 タクシーに乗って辿り着いたのは都内やや外れ、郊外のマンションの一室だった。

 そこに優里奈がいた。

 神崎優里奈。私の高校・大学生活における唯一の友人と言っても良い存在だった、彼女である。

 大学を卒業してからもしばらく連絡は取っていたが、お互い多忙のためこうして実際に顔を合わせるのは卒業して以来となる。


「あなた……本当にあの神崎優里奈よね?」


 私は思わず優里奈にそう尋ねていたが、それは彼女の見た目が変わり果てていたためではない。むしろ逆だ。大学生当時とあまりに変わりがなかったからだ。

 

「あら、ヒドイ。ずっと一緒に過ごしてきた親友のことを忘れちゃったの?」


 少しイタズラっぽく微笑んだ勝気な表情もまるで昔のままだった。

 優里奈は大学を卒業した後、有名な一流企業に入社したと聞いている。

 もちろん大学を22歳で卒業した私たちは現在25歳の歳だから、3年やそこらで大きな見た目の変化がないのは普通かもしれない。だが大学生から社会人になるというのは大きな変化なのだ。身体や顔は変わらなくとも言葉や態度や表情の端々にそうした変化が表れるのが普通なのだ。

 優里奈にはそれがウソみたいに感じられなかった。表情も身体も肌の質感も香水の香りもまるであの頃のままだった。


「……姉さん、ただいま」


 私の後ろから、ひょっこりと藍が顔を出し優里奈に声を掛けた。


「あら、藍。その顔は……色々知ってしまった顔ね?」


 優里奈は優しく微笑んだ。電話越しに藍から薄々事情は聞いていたはずだが、やはり実際に顔を見て何か悟る部分があったのだろう。


「ねえ、優里奈……藍とあなたはどういう関係なの?全部きちんと説明してくれないかしら? 」


 未だ余裕の表情を崩さない優里奈に私は流石に苛立っていた。

 どう考えても優里奈が重要なカギを握っているはずだ。何か秘密を知っているに違いないのだ!


「……そんなところで立ち話を長く続けるつもり?大きな声を出して他のお宅にも迷惑になるといけないから、上がれば?」


 優里奈に言われて、ようやく私たちが未だ玄関口で立話をしていることに気付いた。

 少しぶっきらぼうな言い方も、まるであの頃のままだった。






「久しぶりの再会を祝して乾杯といきたいところだけど……そういう雰囲気でもなさそうね。お茶で良いかしら?」


「……ありがとう。お構いなく」


 予想通りというか、部屋に入る前から薄々気付いていたのだが、上げられたのは高級マンションと言って差し支えない、広さと華美さを併せ持った立派な部屋だった。だが部屋の中には必要最低限の実用的な家具しかなく、洗練された生活というよりもどこか殺風景な印象の方が強かった。


「はい、どうぞ」


 そう言って優里奈が差し出してきたのは紅茶だ。有名ブランドの高級茶葉で恐らく数千円は下らないはずのものだ。香りだけでもその違いが際立つ。だけど、さっき藍と2人で飲んだ自販機のカップのお茶の方が何倍も美味しそうに思えた。


「ねえ、優里奈……あなたと藍はどういう関係なの?いい加減知っていることを教えてくれないかな?」


 それぞれが一口紅茶に口を付けたところで、私は溜まり兼ねて優里奈に尋ねた。


「そう、仕方ないわね。私が答えられる範囲のことは答えると約束するわ。……で、麻衣は今のところどう考えているの?」


 質問に質問で返されるのは幾分腹立たしかったが、話を整理するにはその方が分かりやすいのだろう。……そうか、さっき自分が藍にやったことをそのまま返されているのだ。

 ともかく私は優里奈に言われるまま、出来るだけ自分の考えを正確に述べてみることにした。だがそれだけに何から話し始めるのが良いのか少し迷った。


「そう、藍が……ここにいる彼女、小平藍がオーディションで私の前に現れた時、私には衝撃が走ったわ。……何と言うか言葉で表すのは難しいのだけど、肌感覚というか生理的な感覚として、彼女は自分にとって特別な存在だって分かったのよ。それは、そうであることを疑う余地がないくらい強い感覚だった……」


「ずっと抱えていた男性恐怖症の逆バージョンみたいな感覚かしらね?」


 少し微笑みながら言った優里奈の一言に、懐かしい高校生時代の映像がフラッシュバックしてくる。……だが今はその懐かしさに浸る時間ではないだろう。


「そう……それよりももっと強い感覚だった。だから《彼女こそ本当の小田嶋麻衣だ》と私は一発で確信したのよ。引かれあう魂のようなものを自分の鼓動の高まりから感じたわ」


「え、そうだったんですか?私は特別だったってこと?……その割には5期生全員に優しかった印象ですけどね……」


 藍がヤキモチを焼くように呟いた。この場面で彼女のこんな一面が見られるとは思っていなかった。……はっきり言って可愛い。


「それは……ほら、大人としてというかさ……。一応先輩メンバーの立場として藍だけをあからさまに特別扱いするわけにはいかないでしょ?」


 私もそれにながら応える。


「……ま、それは良いとして。あなたが言う通り、藍こそが本物の小田嶋麻衣だとするならば、そういうあなたは何者なのかしら?」


 優里奈が割って入り話を本筋に引き戻した。


「それは……」


 私は返答に詰まった。

 唯一の親友であった彼女に対しても、自分の正体を一度も明かしていなかったのだ。


「ごめん……あのね、優里奈、実は私は……」


 何でもっと早く、あの頃に優里奈に対して秘密を打ち明けなかったのだろう?

 優里奈があの頃の唯一の味方だった。もっと早く自分の秘密を……自分が本当の小田嶋麻衣でなく松島寛太という冴えないサラリーマンが転生してきた存在なのだと打ち明けなかったのだろう?優里奈だったらきっと笑わずにきちんと話を聞いていくれたに違いない。その方がもっと正しい青春を送れたのではないだろうか?

 そんな思考が頭の中を駆け巡った。


 ……いや違う!もしそれを私が打ち明けて、そしてそれを優里奈が理解した上で優しく生活すべての面でサポートしてくれたとして……そうなったとしたら、私はWISHに社員として入ることを選んだだろうか?マネージャーを経た後メンバーに転向することを承諾しただろうか?

 もちろんどうなったか本当のところは分からない。

 だけど……今の状況はあの時の無数の選択の上に成り立っていることは間違いないのだ。バタフライエフェクト。全ては偶然で必然なのだ。


 そう。そうなっていたら、きっと藍には出会えなかった。

 俺は正体を明かすことなく小田嶋麻衣としての輝かしい人生を歩めたかもしれない。だけど、その輝かしい人生を歩むはずだった本当の小田嶋麻衣……今隣で神妙な顔で私と優里奈を交互に見つめている彼女、藍は……どうなってしまっていたのだろう?「WISHのセンターに立つ!」という強い衝動を抱えていても、きっと私と出会わなければオーディションに合格することもなかっただろう。

 唯一の記憶であり使命である「WISHのセンターに立つ」という願いが永遠に叶えられない少女……藍がもしそんな人生を歩んでいたかもしれないと想像すると、あまりの怖さに鳥肌が立った。


 だから、私の選択はきっと正しかったのだ。

 もちろん、本当の本当に正しかったのかなんて確かめようもないけれど……偶然にせよ幸運にせよ、今こうして全ての運命の歯車がカチッとハマったのだ!全ては正しかった!そう思う他なかった。




「ま……私はアンタの正体とっくに知ってたけどねwww」


 言葉の意味が分からず顔を上げると、そこには、くくく、と意地の悪い笑みを浮かべた優里奈の顔があった。


「…………は?」


 今の悩んだ時間と真剣な想いを100倍にして返せ!と言いたくなるくらい憎たらしい笑みだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る