65話 舞奈の反応
社長がその場を去り発表の場はお開きになった。
残されたメンバーたちにはしばらく重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
いつもなら彩里を中心に先輩メンバーたちが率先してコミュニケーションを取るのだが、先輩たちもそれどころではない状態だったようで重苦しい雰囲気そのままに彼女たちもそれぞれの仕事に戻っていった。
私自身もどう周囲に声を掛ければ良いのか分からなかった。社長の思惑を多少は聞かされていたが、それをそのままメンバーに伝えて良いものか迷っていたのだ。
「舞奈!」
しばらくそのまま呆然としていると、舞奈も立ち上がりこの場を後にしようとしていた。
それを追いかけ廊下に出た所で追い付いた。
「何ですか、麻衣さん?私この後も仕事なんですけど……」
舞奈はさも面倒くさそうに振り向いたが、その口ぶりとは裏腹に決して本心では嫌がっていないことは分かっていた。
「……その、ありがとうね」
「……何がですか?全然意味が分かんないんですけど?」
「うん、ごめん。でも、とにかく、ありがとうね……」
私は上手く説明することが出来ずそう言うことしか出来なかった。
……多分さっきの舞奈の行動は全部正しかったのだ。
グループの方針の大転換に対してメンバーがきちんと反対意見を述べること、それからその後に自分の立場を理解して逆にその意見を飲み込むことも……矛盾しているように聞こえるかもしれないけどあの場では全部正しかったのだと思う。
社長も舞奈に対して厳しい言い方をしたが、舞奈のWISHへの愛とプライドの変わらなさを感じ、きっと内心は嬉しかったはずだ。
そんな気持ちが伝わったかは定かではないが、私の表情を見た舞奈は軽くため息を吐いた。
「……ま、あんな曲が大ヒットするとは思えませんけどね。……私も選抜のフロントに立つ以上は全力でやりますよ。今度のシングルでWISHのランキング1位の連続記録が途絶えてもメンバーの責任じゃありませんからね。そうなったら社長たちはどう責任を取ってくれるか楽しみですね、まったく……」
「そうだね。ま、その時は私も社長に一緒に文句を言いに行くよ」
私もそれに合わせて軽く笑った。
「それに、麻衣さんともまた近くで踊れますからね。あ、別にそれが嬉しいっていうわけじゃ全然ないですけど……5期生の若い子たちばかりじゃなくて麻衣さんみたいなおばさんがそばにいると、私のフレッシュさがまだまだ目立ちますからね!」
「こら、誰がおばさんよ!」
お決まりのツンデレに対して、お決まりの怒ったフリをして、少しの沈黙が訪れた。
多分やっぱり舞奈は不安だったんだと思う。この曲が売れなかったとしても大人たちの責任でメンバーの責任ではない……そう言いながらも、それでもきっと責任を感じてしまうのが、彼女なのだと思う。
それにやはりどうしたって世間からの批判の矢面に立つのはメンバーたちだ。
批判の矛先を運営側に向けるのはコアなオタクたちだけだ。……もちろん濃いオタクたちが団結した際の運営への攻撃は、矛というよりもミサイルのようなものになる場合も時としてあるが。
ただそれでも「曲があんまり良くない」「衣装が可愛くない」といった彼女たち自身ではどうしようもないことも、最初に耳に入るのはやはりメンバーたちなのだ。そんな理不尽を時には受け入れながらも彼女たちはアイドル活動を続けているのだ。
ふと私は重大なことを思い出した。
「……あ、そう言えば舞奈。あの子、小平藍ちゃんのこと『気に入らない』って前言ってなかった?……大丈夫?上手くやっていけそう?」
5期生との顔合わせの後に、舞奈が藍を指してそう言っていたことを思い出してしまったのだ。
「ああ……そんなことも言ってたかもしれませんね。ま、でもこの間の5期生のお披露目ライブを観てあの子の印象は変わりましたよ」
「え、舞奈……観てたの!?」
流石に私は驚いた。
舞奈は私以上に選抜メンバーとしての活動が忙しいのだ。後輩メンバーたちのお披露目ライブを観る時間などとてもないはずだ。
「そりゃあ、私にとっても大事な後輩たちですしね。それにこれからのWISHを担う子たちなんだから気にはなりますよ。あの子、小平藍は確かに変わった子だけどすごく面白い存在だと思いますよ。……そうか。彼女をセンターに据えるために今回の曲は書かれたんですね?そう言われると理解出来る気がします」
忙しい合間を縫っての観覧は舞奈のWISH愛がそれだけ強いことの表れだろう。そして舞奈も藍の独特な存在感も認めていたのだ。これほどホッとしたことはない。
「ま、でも普通のアイドルファンが求めている曲ではないでしょ。この曲でコケたらまた次のシングルは嫌でも王道の曲が戻ってきますよ。そうしたらまた私がセンターに立つしかないでしょうね。……あ、麻衣さん私本当にそろそろ出ないといけないので」
舞奈はそう言うと後ろ手に手を振りながら自分の仕事に戻っていった。
最後はまたツンの風味を出してきたが、舞奈も藍のことを認めているのは間違いない。この曲がどれだけヒットするかはもちろん予想のしようがないが、少なくともメンバー間では円滑な活動が出来そうだ、という予感はとても嬉しいものだった。
「……あ、藍……」
舞奈が去っていった後、今度は藍が廊下を通り過ぎていった。
呼び止めた私の声にも気付いていないようだった。
(……大丈夫かな?)
藍は変わった面もあるが、ボーっと自分の世界に入り込んでいるような子ではない。運動神経と比例するように反応は鋭敏だ。
つまり、いつも通りの彼女の様子とは言えなさそうだということだ。気になった私は慌てて後を追いかけた。
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