61話  和解と成長

 その後は何かにつけて、藍と行動を共にすることが多くなった。

 ほとんどは、私が空いている時間に5期生のレッスンに顔を出すという形のものだったが、時には選抜で活動している私に藍が見学と称して付いてくることもあった。

 もちろん社長の許可を取ってのことである。

 当然藍だけを特別扱いしては、他の5期生が嫉妬して余計関係が悪化することが想像出来たので、他の5期生たちも諸事情が許す限り選抜メンバーの活動の見学を許可した。

 こんなことは異例ではあったが、選抜の方でも5期生たちのフレッシュさが良い刺激になっているようだった。若い選抜メンバーの中には後輩たちをより身近に感じることで、自分のポジションに対する危機感を覚えた者もいたようである。


 藍は徐々に常識的な振る舞いが出来るようになっていった。

 元々物覚えは悪く無いようで、様々な場面での対応を学んでいった。

 ……それはそうだ。そうであることを私は知っていた。だって彼女は私なのだ。藍も少なくとも私と同程度の頭脳を持ち、運動神経を持っていることは間違いなさそうだった。

 藍によく言って聞かせたのは「アイドルは常に見られる職業だからね。いつも誰かが自分のことを見ていると思って行動しなさい」ということだった。これは誰かから言われたことではないが、私自身が希にマネージャーとして付いている時にその振る舞いを見て学んだことだった。

 常に明るく笑っていること。何も楽しいことが無さそうに思えても、微笑みを意識して保っておくことで自然と気持ちも上向いてくるものだ。

 それに、たとえ気持ちが上向きにならなくてもWISHには常に日本で一番と言っても良いくらいの可愛くて魅力的なメンバーが揃っているのだ。「彼女たちと会うのだから自然と気持ちも上向きにならない?」と私は自分の気持ちを述べたのだが、藍にはその感覚はイマイチ理解出来ないようだった。

 しかし藍は理解出来ないままニコリと微笑んで見せた。笑顔でいれば自然と気持ちも上向く、という教えを早速実践したということだ。この辺りの適応の早さには驚かされた。


 しかし次に修正しようと試みた言葉遣いは中々直らないままだった。

 藍はある程度の頭脳を持っており、適応能力があることもすでに証明されたわけだが……どういう理由なのか独特なカタコトのような言葉遣いはそのままだった。

 彼女がどこでどう育ち、どのようにして日本語を覚えていったのか……その辺りの過去とも関連しているのかもしれない。

 だが、これも一つの個性であり、アイドル活動をしていく上では武器になり得るものだ。純日本人らしいルックスの彼女がどこかトンチンカンな日本語を使うのは、はっきり言って可愛かったしインパクトもあるだろう……と判断し、この点に関してはあまり無理して直す必要もなさそうだった。

 とりあえず、「挨拶だけはきちんとしなさい。あなたは誤解されやすいのだから、とにかく悪意がないことはこちらからきちんと伝えなさい!」ということは口を酸っぱくして伝えた。




「きゃっ!」


 急に後ろから目を塞がれて、真っ暗になって思わず女の子のような声が出た。

 咄嗟の時でさえ女子らしい反応が出るほどに私も小田嶋麻衣としての振る舞いが染み付いていたのだ……と、どこか誇らしい気持ちもあったがそれはもちろん誰にも言えない気持ちだった。


「……さて、誰でしょうか?」


 ……だ~れだ、と可愛く言われたならメンバーの誰かと迷いそうなものだが、この不愛想な言い方と言葉遣いでは1人しか思い当たらなかった。


「藍ね。……まったくもう、どこでそんなこと覚えたのよ……え、ちょっと!」


 後ろから回された腕を優しく振り解こうとしたところで、腕を絡め上げられ無防備な状態になる。

 

「油断し過ぎですよ、麻衣さん。私が男の子だったらその唇もらっちゃってますよ。ふふふ」


 顔をゼロ距離まで近付けて藍がキザっぽい台詞を言うものだから、私も自分の顔がみるみる紅潮してゆくのが自分でも分かった。

 私と藍のやりとりを見て他の選抜メンバーたちがわーきゃー言っている様子が伝わって来た。恐らく藍は誰かに仕込まれて仕掛けてきたのだろう。


「まったく……こんな行動の何が面白いのか、私には理解が追い付きませんよ。麻衣さんも何故そんなに恥ずかしがる様子を示しているのですか?女性同士で生殖行動は出来ないと私は聞いていますが?」


 無垢ゆえのイタズラ心、と思って油断していたら不意にギョッとするような一言を藍は追加してきた。でもむしろ変わらないその様子に私は少しホッとした。




 まるで子供のような藍だったが、ダンスや歌といったパフォーマンスになると人が変わったように真剣な表情を見せた。それは彼女の大きな魅力だし強みだった。

 彼女のこの一面があるから他のメンバーたちも一目置いていたし、ファンから見てもそのギャップは魅力的に映っただろう。

 やはり舞台でのパフォーマンスこそがアイドルの本質だし、ここの部分だけでもブレることなく貫けば、その他のポンコツ具合もむしろフリに見せることが出来るのだ。

「そこだけは是非とも続けなさい」というような上から目線のアドバイスを送ったこともあったが、そんなアドバイスになど耳を貸している暇もないと言わんばかりに、練習中の彼女は真剣だった。

 やはりその部分のこだわりが、彼女のセンターへの欲求を支えているのは間違いなさそうだった。




 ある日の5期生たちとのレッスン後のことだった。

 その日私は選抜の仕事で彼女たちのレッスンを見ることは出来なかったのだが、どうやらまた藍と琴音を中心とした5期生グループとが対立しているようだった。

 前回の教訓を経て対立はそれほど決定的なものとはならなかったようだが、それでも不穏な雰囲気を残したままレッスンを終えてしまったようだ。

 私がスタジオの様子を見に行った時に琴音からそう言われた。藍はレッスンの時間が終わると真っ先に出て行ってしまったそうだ。


「ねえ、いい加減麻衣さんの方から、藍ちゃんにガツンと言ってくれませんか?私たちがいくら言っても変わらないんですよ!」


 と言われたのだが、藍は私の言うこともそうそう簡単に聞くわけではないことも分かっていた。

 しかし、なんとか両者を和解させなければならないことは確かで、どうすべきか悩んでいたところ一つの案が閃いた。それは直感だった。何の根拠もない。ただ間違いなく藍ならそうするであろうと確信したのだった。

 琴音にその案を耳打ちして待ち合わせの時間を決めてその場は別れた。

 琴音は私の言ったことをほとんど信じていないようだったが、それも無理のないことだろう。


 琴音と私とが待ち合わせたのは深夜のスタジオだった。

 深夜0時。5期生ちゃんたちのお披露目ライブもかなり近づいて来ており、明日も全体レッスンの予定だった。琴音も眠そうだった。


「む~、本当にこんな時間に来るんですか?絶対意味ないですよ、麻衣さん……」


 琴音はぶー垂れていたが、私には確信があった。藍がここに来るという確信である。この確信は私にしか分からないもの直感的なものだろう。

 だがすでに1時間近く待っても誰も深夜のスタジオには顔を見せなかった。流石の私も見誤ったか……と思ったその時、入口で物音がした。

 藍だった!


 私と琴音は藍に見つからないように死角に移動する。

 だが藍は周囲の様子など何の興味もない様子で、一目散にスタジオに入ると音源を自分でセットしレッスンを開始した。


「……すごい」


 隣で見る琴音から思わず感嘆の声が漏れる。

 それほど藍の1人での練習はキレがあった。何か全ての鬱憤をそこに叩き込んでいるかのような激しいものだった。


「……藍ちゃん、私たちに合わせてレベルを落としていたんですね……正直言ってここまでとは思っていませんでした。悔しいですけど、負けました。5期生のセンターは藍ちゃんに譲りたいと思います……」


「え、2人はセンターを賭けて争ってたの!?」


 いつの間にかそんな争いが始まっていたとは思いもしなかった。それが2人を中心とした対立の原因だったのだろうか。


「……いえ、誰もそんなことは言っていませんし、そもそも私たちが口を出す権利のあることでもないと思います。でも、私は自分が5期生のセンターに立つつもりでやってきました。けど、あんなパフォーマンスを見せられたら、藍ちゃんの方が相応しいに決まっています……」


 まあ事あるごとに最初に突っかかってくる(客観的に見ればほとんどのトラブルの原因は藍の方にあるが)のが琴音だったことを考えると、彼女の原動力がライバル心にあったことも理解出来る気はした。


 こうして琴音が藍を認めたことを機に、藍は5期生の輪の中に徐々に溶け込んでいった。もちろんその後も藍の人間性に起因するトラブルは何度も起きたが、藍の中心にあるWISHへの強い想いが理解された以上、5期生たちも彼女を応援したいという気持ちがいつしか強くなっていたのだった。



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