62話 5期生お披露目

 いよいよ彼女たちが初めてステージに立つ日が訪れた。

 今までは握手会に付随したミニライブでのお披露目だったり、大きなコンサートの1コーナーを用いてお披露目……といったケースが多かったが、WISHの人気と規模がここまで大きくなってしまっている以上、5期生たちへの注目度も高まり、きちんとしたお披露目の場を設けないわけにはいかなかった。




「大丈夫よ、今までずっと頑張って来たじゃない! あなたたちなら出来るわよ! 」


 出番前の彼女たちに声を掛けたが、どうやら緊張であまり耳に入っていないようだった。彼女たちはそれぞれ芸能関係の経験のある子たちも多く、場慣れしているはずなので少し意外だった。やはりWISHの舞台がそれだけ大きく特別なものであるということなのだろう。

 藍の表情を見てみると、いつもと変わらぬ何を考えているのか分からないような表情だった。


(……いや、藍も緊張している。というか気合が入っている!)


 私は直感的にそう思った。表情から、手足の些細な動きから……この舞台に立つことに対する意気込みが伝わって来た。私も彼女とこれだけ長く接しているとその機微が分かるようになってきた。

 まあ流石の藍でも緊張するのは当然だろう。あれだけはっきりと「センターに立つ」ということを加入当初から明言していたのだ。紆余曲折を経て周囲から努力が認められ、そして5期生の中だけとはいえ実際にセンターの座を獲得したのだ。意気込まない方がおかしい。




「皆さん!初めまして、WISH5期生のお披露目ライブにお越しくださいましてありがとうございます!皆さんにとっても良い思い出のライブとなれるように頑張りますので、よろしくお願いします!」


 1曲目のイントロで客を煽ったのは琴音だった。

 緊張していた出番前の様子とは変わり、水を得た魚のように生き生きとした表情をしていた。やはり彼女は天性のアイドルなのだろう。ステージに立てた喜びを抑えきれないかのようだ。

 それに応えるように客席のボルテージも一気に上がる。客席側も待ちに待った……というファンが多かったようだ。


 5期生への注目がこれだけ集まるのは、WISHの人気と認知度がそれだけ高まっていることの表れであるが、さらに幾つかの要因に分けて考えられる。 

 まず一つは純粋に魅力的なメンバーが揃っているということだ。

 私だけでなく多くの大人たちが感じていたことだろうが、最終オーディションに残った子たちだけでもう1グループが出来てしまいそうなほど、どの子も粒ぞろいだった。

 もちろんルックスが良い子を運営側が必ずしも選ぶわけでもないし、人気が出るわけでもないのだが、やはり合格者の顔ぶれは全体的にレベルが高かった。ファンたちもそのレベルの高さに驚いていたし、メディアからの注目も高かった。

 

 また5期生たちは久しぶりの新加入メンバーたちなのである。先輩である4期生たちが加入してから1年以上の期間が空いての後輩なのである。ファンは新しい風にそれだけ飢えていたわけだ。

 そしてその期間に続々と増えていた新規ファンたちにとって、新メンバーである彼女たちにより感情移入しやすい状況なのだ。元から人気のあるメンバーには既に古参のオタクが付いているのに対し、まっさらな彼女たちに対してはオタクたちも皆平等なスタートを切ることが出来るからだ。

 またそれ以外の古参オタクたちも当然5期生の加入には興味深々だ。WISHの未来がどうなるか……大袈裟な言い方かもしれないが、そんなことを考えているオタクは想像以上に多い。誰か特定の推しメンを持たない『箱推し』と呼ばれる人たちは、そうした捉え方でWISHを見ている人が多いようだ。


 そんな様々な要因から5期生のお披露目ライブは、大いに注目を集めていたのである。




(……うん、良い!どう見て良いライブだ!)


 5期生たちの世話役をしてきた私は、彼女たちの晴れ舞台を舞台袖から、時にはモニターを通じて穴が開くほど見ていた。

 どの子も本番になると出番前のガチガチの緊張から解放されたように、生き生きとした表情をしていた。ステージに立てる喜びを存分に感じているようだった。


 今回は短い準備期間ということもあり6曲だけの披露となる。

 それまでの曲では交替で様々なメンバーがセンターを務めていたのだが、いよいよラストの曲となり藍がセンターに立った。

 曲は『それでも、桜は咲いている』だ。

 私がマネージャーからメンバーに転身した際にも披露した曲であり、WISHのメジャーデビューシングルでもある。少し懐かしい雰囲気のアイドルソングで、WISHにとっては象徴的な1曲で節目のコンサートなどでは必ず披露される曲だ。

 この曲のセンターが藍なのだ。他の楽曲とは少し意味合いが違う。歴代のセンター経験者はどこかで必ずこの曲のセンターに立っていた。つまり藍も将来のセンター候補の一人として(暗黙の了解のうちにではあるが)認められたということだ。

 もちろんこれは私一人のゴリ押しではない。振り付けのMAKINO先生を始めとしたスタッフ、そして何より共に活動する他の5期生たちの後押しがあったから、藍のセンターは実現したのだ。


(色々あったな……)


『それでも、桜は咲いている』のイントロが流れた瞬間、私の脳内には色々な光景がフラッシュバックしてきた。やはり特徴的なイントロにはそれだけの威力がある。

 最初まだ松島寛太だった頃に街頭スクリーンでMVを見た時のこと、小田嶋麻衣になって生で初めてメンバーのパフォーマンスを見た時のこと、自分が演者側として舞台に立つために何度も何度も練習した時のこと、そして藍が深夜一人この曲を練習している様子……様々な光景が一気に浮かんできた。

 楽曲は時に個人的な思い出と結びついているものだ。


(ああ、藍がアイドルをしている!)


 センターに立つ彼女はアイドルそのものだった。

 私が彼女を傍で見るようになってから、仕草や表情を一つ一つ頑張って作り上げてきたのだった。まだまだ他のメンバーに比べてぎこちなさは残るが、最初の彼女を知っている身からすれば、その成長っぷりは泣いてしまいそうになるほどだった。


(いや、そう感じているのは……私だけじゃない!)


 客席の盛り上がり方を肌で感じ、私はそう判断した。

 5期生たちの露出はまだ少なく彼女たちのパーソナリティは、あまり知られていないと思っていたが、一部のオタクに藍の異質さはとっくに見抜かれていたようだ。少ない情報の中から読み取る能力はオタクならではといった所だろうか。


(まあ、ズルいっていうか……他の子はちょっと可哀相かもね)


 最初からアイドルとしてレベルが高い他のメンバーよりも、スタート地点の低い藍の方がギャップが大きく時に魅力的に映ってしまうというのはアイドルにとって難しいところだ。

 もちろん客観的に見れば、アイドルらしさにはまだまだ大きな差がある。藍が誰からも認められるアイドルとなるにはしばらく掛かるだろう。

 しかし可愛い以外の表情をさせた時の藍の存在感は抜群だった。誰もが認めるアイドルとなるのは難しいかもしれないが、一部のファンからは強烈に好かれる……そんな存在になるのはもうすぐなのではないだろうか?

 ぼんやりとそんな感想を私は持った。



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