49話 初めての握手会②

「初めまして、小田嶋麻衣です。ありがとうございます!」


 今までは若い男子が続いていたが、今度は30代後半くらいの男性だった。

 一癖ありそうな雰囲気というか……その、何と言うか、悪い意味でステレオタイプでオタクらしいオタクの方というかですね……あまり身だしなみにも頓着されていない方と言いますかね……。

 いや、見た目うんぬんよりも、手を握ったままこちらをじっと見つめて何も話さないのが不気味でしてね……。

 緊張のあまり、じんわりと自分が汗ばんでくるのが分かった。

 ……だけど、ここで負けたらダメだ!どう対応するのが正しいのだろうか?と一瞬迷った時、不意に希の顔が浮かんだ。希になり切ったつもりでニコリと微笑む。


「今日は私に会いにわざわざ来てくれたんですか?生の私はどうですか?」


 普段の私なら恥ずかしくて死んでも言わないだろうが、不思議とこの場ではそれがごく自然な振る舞いに思えた。


「ふ~ん、流石じゃん。……何か色物が入ったと聞いて見に来たんけど、想像以上じゃん。推すよ」


 まだ若干の時間が残っていたにも関わらず、ニヤリと笑みを残してその人は去って行ってしまった。

 一か八かの対応だったが……どうやら良い方向に転んでくれたようだった。

 男性用の制汗剤の微かな香りが残った。見た目はあまり頓着していなさそうな人だったが、実はかなり気を遣ってこの場に臨んでおられたようだ。

 アイドルも人間なのでお互い気持ち良く接することが出来た方が楽しい時間を共有できると思いますね、ええ。




「こんにちは、初めまし……」

「わー、麻衣さんだ!わ、ヤバい、ヤバい!」


 次に来てくれたのは、若い女子だった。私と同年代くらいだろうか?

 久しぶりの華やぎに少しホッとした。


「あの!私、元々希ちゃんのオタクだったんです!」


 確かに彼女の首には『黒木希くろきのぞみ』とプリントされた公式タオルがぶら下げられていた。


「希ちゃんの卒業が発表された時はすっごく悲しくって……もう私もオタク卒業かなって思ってたんですけど……でも麻衣ちゃんが加入するって知った時はすごく嬉しくって……希ちゃんの握手に並んでる時から麻衣ちゃんのことはすっごくキレイな人がスタッフさんでいるなって思って、で…………」


「はい、お時間で~す」

「あ、あの、ありがとうね!良かったらまた来てね!」


 一方的に喋る彼女に何とか感謝の気持ちを伝える。

 彼女は剥がされながらも、大きく手を振ってそれに応えてくれた。




「こんにちは、初めまして。今日は来てくれてありがとうね!」


 次に来たのも女の子だった。

 この頃には隣で握手をしている彩里のレーンを横目で見て、次に来る人を確認しておく余裕が出てきた。

 さっきの子よりも少し若い、高校生くらいの女子だった。


「……あの!私、アイドルになりたくって……出来ればWISHに入りたいんです!」

 

 ……いや、そんなこといきなり言われてもなぁ。

 目の前の彼女は地味な雰囲気だけど、端正な顔立ちをしているし女の子らしい華奢なスタイルで、まあWISHの中に混じってもそれほど違和感はないような気はする。

 ……いや、でもそれだけでやっていけるわけではないし、そもそも私に何か決める権限があるわけではないしなぁ……元マネージャーだから何か口利きが出来るとでも思われているのだろうか?

 ……う~ん、何て答えれば良いのだろうか?


「え、可愛いから絶対なれると思う!今度ぜひオーディション受けてみてよ!」


 ……口が勝手に動いていた。

 彼女は私の言葉に感激した様子で、そのまま出ていってしまった。

 う~む、大丈夫だろうか?本当に彼女がオーディションを受けて「小田嶋麻衣さんのお墨付きをもらったんです!」とか言い出さないだろうか?

 ……いや、でもあの短時間で他に返事のしようがなくないですか?




「こんにちは、初めまして!小田嶋麻衣です、今日は来てくれてありがとうございます!」


 だが反省する時間もないまま次の人がもう来ていた。

 ふと気になってその向こうを見ると……列はずっとずっと続いており、終わりが見えないほどだった。




「……づがれだぁ……」

 

 ようやく30分間の昼休憩になった。

 

「大丈夫、麻衣ちゃん?声がもうおじいちゃんみたいになってるけど」


 隣にいた彩里さいりが笑って訊いてきた。

 気合を入れて臨みすぎたせいか、午前中のうちに声がれてきてしまった。


「……いや、みんなホントすごいね。前に舞奈にすごい偉そうなアドバイスをしていたかもしれない気がして、土下座して謝りたくなってきたわ……こんな状態でずっと笑顔の対応なんてムリムリ!」


「ふふ、そんなことないでしょ。麻衣ちゃんは麻衣ちゃんらしくとっても素敵な握手をしてると思うわよ」


「……ね?思ったんだけど私のレーンに来る人たち、個性がバラバラ過ぎない?」


 今までも握手会の様子はずっと見てきたのだが、いきなりこんなに濃い話ばかりになっているレーンは見たことがなかった。


「そうね、っていうか麻衣ちゃんのレーンに来るってことは私のレーンにも来てるってことなんだけどね。……確かにいきなり濃い人が多かったかもね。でもね『オタクは推しに似る』って言うじゃない?」


「あ~……って、私に似てるってこと!?」


『オタクは推しに似る』という言葉は聞いたことがあった。

 熱いメンバーのオタクは熱いし、おっとりしたメンバーのオタクはおっとりしているなど……これは経験的に不思議なくらい当たっていた。

 なんだったらレーンのオタクだけを見て、誰推しのレーンか当てられそうなくらいだ。やはり無意識のうちに、似た雰囲気や考え方の人間に惹かれていく……というのが人間の習性なのかもしれない。

 例えば彩里のオタクの人は、穏やかで周囲の人たちにとても気を配っている人たちだ……というのが伝わって来る。雰囲気だけで彩里推しだと分かるのだ。


 ……いや、だとしたら私のレーンに来たあの様々な人はどう説明すれば良いのだろうか?


「まあ、麻衣ちゃんは今日が初めてだからね。まだお試しで来ている人も多いと思うよ。これから麻衣推しの人たちが形成されてくるんじゃない?」


「まあ、そうだよね……。とりあえず一回はどんなもんか見てやろうじゃないか、って気持ちで来る人も多いよね……」


 私がオタクなら、良くも悪くも話題になりそうな新加入のメンバーを一回は見ておこう……何ならちょっと反感を持ってても、話題のネタになりそうなものを見つけるために来てみようと思うかもしれない。


「え、でも麻衣ちゃんの対応はスゴイと思うよ。他のメンバーだったら『わかんな~い』って言ってぶりっ子ポーズをして逃げるところもきちんと答えててさ……きっとまた来たいって沢山の人が思ってくれてると思うよ」


「……そうかなぁ」


 彩里は誰のことも否定しない。前向きでポジティブなことを言わないから、100%は信用し切れなかった。



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