6話 決めた……やっぱ無理!

「あの!小田嶋麻衣さんだよね?俺、三笠高校の木村っていうんだけど……いきなりゴメン!でも俺……ずっと小田嶋さんのこと見てて、もし良かったら友達からで良いんで……付き合って下さい!」


 俺はあまりの急展開にまるで他人事のようにしか思えなかったが、どうやら生まれて初めての告白をされたようだ。


 木村と名乗った彼のことを見る。

 身長は高く、恐らく運動部であろう引き締まった身体。顔はキリっとしたイケメンで清潔感があるしどう見てもモテるタイプだろう。そんな彼が、不安そうな表情で真剣にこちらを見つめ反応を待っていた。

 何年生かは分からないけれど、高校生なのだから小田嶋麻衣とは同世代だ。だけど30年の人生を経験してきた俺から見ると、彼の表情はとても青く幼い。そんな彼の真剣な表情に、とてもキュンキュンとさせられた。

 ……え?あ、や、男が好きになったとかそういうことじゃなくて、単純に若さへの憧れみたいな意味だよ!やだな!


 ふと俺はここが商店街のアーケードの中であることを思い出した。


「ちょっ……こんな所で、困る……」


 イケメン高校生が美少女JKに突然の大胆な告白!というのは道行く人々にとってインパクトがありすぎる。みんな気を遣って距離を空けてはいたが、明らかに通り過ぎる誰もがこちらに注目していたし、遠巻きに足を止め俺の反応を今か今かと待ち構えている視線も感じた。当然同じ高校のJKたちも数多くこの道を下校しているわけだから、彼女たちに見られて噂になる可能性も高い。


「ご、ごめん!そうだね。……もし良かったら、どこか場所を変えてゆっくり話せないかな?」


 彼は慌てて頭を下げた。

 俺の反応に脈が少しはあると感じたのもあるかもしれない。こっちにまったくその気がないのならばはっきりと断るだろうし、突然の告白など無視しても構わないだろう。まあ彼も相当自信があったのだろう。


「ねえあなた、木村君だっけ?いきなり告白しておいて麻衣のことロクに調べもしなかったの?」


 俺が彼に反応を返そうと思っている間に割って入ったのは、隣にいた優里奈だった。


「……どういうことかな?俺は今、小田嶋さんに話してるんだけど」


 イケメンは突然割り込んできた優里奈に戸惑ったようだった。それでも怒りの表情を見せない彼は立派だと思う。


「ちょ、優里奈……」

「大丈夫だから、麻衣」


 優里奈は無表情のまま応えた。

 ……いや、大丈夫ってどういう意味?

 流石にここで彼の告白受け入れて付き合うという気持ちはなかったが(俺が男と付き合うなんてどう考えてもムリだ!)、誠実そうな彼にはきちんとした対応をすべきではないだろか。告白を断るにしても通行人の注目を集めまくっているこの場で……というのはあまりに可哀想な気がした。


「ごめん、小田嶋さんの返事が聞きたいんだけど」


 彼が立ちはだかる優里奈をスッとかわし、俺の前に立った。


「あ、や、え?…………」


 彼との距離が1メートルほどに近づいた時、突然身体に衝撃が走った。

 背中から頭に悪寒が上がってきて、全身に鳥肌が立った。足に力が入らなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。

 そしてそんな反応が現れた自分に驚きパニックになってしまった。何の感情もないのに目からは涙が溢れ、呼吸は自然と荒くなった。 


「え、ごめん!大丈夫?」


 彼も突然の事態に驚き慌てたはずだろうが、それでも周囲に向かって自分の無罪を アピールするよりも先に相手のことを気遣えるのは大したものだと思う。……コイツ、性格までイケメンかよ。


「近づかないで!」


 背中をさすらんばかりに近づいてきたイケメンを、押しのけたのは優里奈だった。


「ねえ、木村君……。あなた本当に麻衣のこと知らないで告白したの?この子は男性恐怖症なのよ!」


 え、そうなの!?

 驚いたのはイケメンよりも、未だパニック症状の収まらない俺自身の方だった。




「もう!……大丈夫なの?」

 

 俺と優里奈はカフェに入っていた。優里奈と2人で入ろうとしていた目の前のカフェは俺が倒れたことによって軽い騒動になっていたので、気まずさを感じ別のカフェを選んだ。


「……うん、ごめんね」


「まったくもう……何でムリなんてしたの?もしかしてアイツのことは多少良いなと思ったの?麻衣の男性恐怖症はそんな簡単に治らないと思うよ」


 男性恐怖症なのか……。

 たしかに自分の意志でコントロール出来るような代物ではなさそうだった。元の俺の記憶では男性と関わっていたことの方が圧倒的に多い。だから俺自身としては男と接している方が安心するし、むしろJKばかりに囲まれていた学校のでの時間の方が圧倒的に緊張して落ち着かなかったのだが、そんなことは関係ないようだ。

 頭とは別に身体が圧倒的な拒否反応を示していた。悪寒、吐き気、鳥肌……木村と名乗ったイケメンが足早ながら申し訳なさそうに去った途端、俺に表れたすべての症状も嘘みたいに去っていった。


「うん。まあ、そうだね。ちょっとは良いかなぁ……って思ってたかも」

 

 何気なく言った俺の一言に優里奈は目をまん丸に見開いた。

 今日一日をともにして俺も彼女のことが少しは分かってきた。この反応は彼女にしてはかなり大きいリアクションだ。


「……驚いた。麻衣がそんなこと言うなんて。……ねえ、なんか今日のアンタはいつもと違うんだけど無理してない?なんかやたら明るいし、よくしゃべるし、大丈夫?」


「え、全然大丈夫だよ!やだなあ!」


 別人なのがバレたのかと思い過剰に元気ぶった返事を思わずしてしまった。

 ……え?っていうか今まで状況も飲み込めず不審に思われてはいけないと思い、ビクビクしながら過ごしてきたのだが、それが「やたら明るいし、よくしゃべる」のか?……どんだけ大人しかったんだよ!元の小田嶋麻衣ちゃんはよ!超陰キャの美少女か……まあ、悪くはないか。

 っていうことはあれか、夕食の際に母親がずーっと一方的に話していたのに全然不審がられなかったのは、元々の性格がそういう風だったってことか……。


「あ、あのね……」


 優里奈の表情が、不審を通り越して心配で泣きそうになっているのを見て、俺はムリヤリにでも明るく振舞った。


「ちょっと自分を変えていこうかなぁ、なんて思って……あのね、こんなの見つけたんだよ!」


 俺はWISHのメンバー募集の記事を優里奈に見せた。

 一読すると、優里奈は軽くため息をついた。


「……麻衣、アイドルになりたいの?そりゃあアンタのルックスなら向いていると思うわよ?……でもムリでしょ。アイドルって男のファンの人がほとんどなわけでしょ?そういう人たちと楽しくお話ししたり握手したりなんて出来るの?また今日みたいになるに決まってるじゃない」


 ……そうだった。アイドルと言えば握手会が大きなイベントだった。

 イケメンの高校生相手ですらあんなに拒否反応が出るんだから、脂ぎったおじさんたちには視線だけでノックアウトされそうな気がする。まして半径1メートル以内に入られることを想像しただけで、ちょっと、すいません……って感じだった。




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