7話 方針転換
優里奈と別れ家に帰ってきた。
うーん、神様。アンタとんでもないマイナススキルをくれたもんだな……。ルックスのパラメーターだけマックスにしておけばアイドルは楽勝だとでも思っていたのだろうか?女性アイドルが男性恐怖症はどう考えても無理ゲーだろ。
いや、どうなんだろうか?もしかしたら徐々に慣れていって男性恐怖症は改善されるのだろうか?あるいは握手会などという制度はいつか完全に廃止されるのではないだろうか?……だが握手のような直接の接触がなかったとしても、スタッフや振り付けの先生などの男性とは接しなければならないだろうし、人気アイドルになっていけば男性芸能人との共演ということもあるだろう。「女子校出身で男の人と接するのが苦手なんです~」というキャラ付け自体は良いだろうが、ガチで病的な拒否反応が出てしまうのは放送事故だ。オタクもちょっと応援するのを躊躇うだろう。
(でも……やるしかないよなぁ)
俺の頭には天使ちゃんに向かって切羽詰まって「WISHのために自分を捧げたかったです!」と言った時の自分の光景がフラッシュバックしていた。
あの願いが受け入れられて俺は小田嶋麻衣という美少女に転生することが出来たのだ。その願いから外れた生き方をしてしまっては、恐らく人生が終わってしまうのだろう。
改善の可能性はありそうな気がした。
きっと元の彼女の拒否反応は心の問題だった可能性が高い。今の自分には松島寛太という男だった記憶も確かに存在しているのだ。俺の意志によって男と接することを少しずつ慣らしていけば、改善の可能性はあるのではないだろうか?
だが何度もポジティブに考えてみようとしたが、今日の拒否反応の激しさを思い出すとムリだろうな……という気が出てきてしまう。
(ん、待てよ……)
「WISHのために自分を捧げたかったです!」という俺の言葉が再び脳内に響いた。捧げるって言っても……色々な方法があるんじゃないか?
うん、そうだ……。
今まではこの圧倒的な美少女っぷりに気を取られて、俺自身がアイドルになるということしか頭になかったが、アイドルグループには当然色々な人が関わっているはずだ。WISHという国民的なグループになればなおさらその数は多いだろう。何も表舞台に立つ人間だけが働いているわけはないのだ。巨大なアイドルグループになればその何倍もの数の裏方として働く人間が必要だ。メイクさん、スタイリストさん、マネージャーさん、レコ―ド会社の社員……そういった人たちも皆WISHのために身を粉にして働いているには違いないのだ!そういう仕事に就けば良いのだ!それなら松島寛太としての仕事の経験も生きてくるだろう。自分が前に出るのではなく、誰かをサポートする方が俺には性に合っている。
俺は自分の天才的ひらめきが怖かった。……いや、もちろん天使ちゃんや神様に「全然そういうことじゃないよ!もう自分で言ったことも守れないなら、この人生も終わりね!」って言われることも怖かったが。
サポートする職種としては色々なものが考えられたが、やはり所属する芸能事務所の社員になるというのが一番無難な気がした。ヘアメイクやスタイリストなどはWISHの専属というわけではないだろうし、俺にその適性があるかは未知数だった。芸能事務所の社員ならば営業職に近い仕事もあり、松島寛太としての経験が生かせる可能性は高いのではないか、と考えたのだ。
次の日俺は唯一の親友である優里奈に昨日思い付いた人生プランを相談した。
「ふーん、アンタそんなにそのグループのことが好きなの?まだメンバーも決まってないのに?……まあ本当に目指すんなら良いと思うけどさ、レコード会社とか芸能事務所なんて一流企業なんじゃない?そんな所入れるの?」
その言葉に俺はハッとしてオーディションの情報を再度確認した。
滝本篤という大プロデューサーを冠している影響なのか、主催には最大手のメジャーレコード会社と有名な芸能プロダクションとが連名で協力している旨が書いてあった。
「まあアンタのルックスなら有利かもしれないけどさ……下心満載のおじさん社長のセクハラ紛いの面接を受けて倒れでもしちゃったら、流石に厳しいんじゃないの?」
優里奈の言葉に急に不安になった。
たしかに芸能プロの社長なんて、海千山千の一筋縄ではいかないおじさんばかりだろう。枕営業なんていう噂もよく聞くし特に男性恐怖症の俺にとって怖い業界なのは確かだ。
でも……俺にはそれしか道はないのだ。WISHのために捧げなければ、俺の人生は終わってしまうのだ。
「まあでも、やってみなきゃ分かんないか。……JKの私たちが経験してないことをあれこれ想像してもしょうがないよね。出来るだけのことをやってみれば良いんじゃない?」
「優里奈……」
彼女の優しい言葉に俺は泣きそうになった。
「でもさ、本当に目指すんなら大学も良い所を目指さなきゃいけないんじゃない?」
優里奈はさらに現実的なアドバイスもくれた。
確かにそうだ。今回のWISHを主催しているレコード会社も芸能事務所もどちらも有名企業だし、業界が業界だけに就職したいという人間も多いだろう。もちろん学歴が全てではないだろうが、確実に就職するためには学歴もあった方が安心だ。
「たしかにそうかも……。勉強がんばらなくっちゃだね。慶光大学くらいは出といた方が良いかな」
俺が何となく思い付いた一流大学の名前を上げたら、優里奈は噴き出してしまった。
「アンタ、自分の偏差値分かってんの?今からでも結構大変だと思うよ」
「……え?マジで?」
高2の冬からでも結構大変なんだ……。
松島寛太としての人生ではとっくに解放されたと思っていた受験勉強を、またもう一度やらなければならないと考えると憂鬱で仕方なかった。
ったく、神様!その辺のルートもしっかり整備しとけよ!……と八つ当たりしたい気分だったが、まあ仕方ない。やるしかないのだ。
「ま、アンタが慶光行くんなら……仕方ないから優里奈も一緒に行こっかな」
「……え!マジで!」
優里奈はポツリと呟いたけれど、それはとても心強い言葉だった。……マジで嬉しかった。
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